6:お父様との対峙

 麦の相場の跳ね上がりには隣のマシラム領が関与しているのは明確だ。

 農業で栄えたかの領地は、機能的で大規模な集積所があり、システムも効率的で、毎年の気温や雨の頻度などのデータから収穫量を計算して集積ノルマなども割り出しているのだとか。そのため、農家がこっそり私用で農作物を保管しておくなんてことも非常に難しい状態だった。


 そのような厳格な管理体制があるのなら、確かにそこへうちの農作物だってマシラム領で管理してもらえれば領主としては安心できる。お父様もきっとそんなことを考えてマシラム様と契約を交わしたのでしょう。


 でもお二人の関係がもし拗れたとしたら?

 マシラム様のお父様に対するなんらかの報復として、うちの領だけ相場を操作したのだとすれば?


 ……それを今から確かめなければならない。

 そしてもしそれが本来の原因ならば……。


 お父様には、例え非が無かろうとも……マシラム様に謝罪していただいて、この事態を収束させてもらわなければならない!


 じゃないとパンが買えないじゃない!

 子供たちをパシれないじゃない!


 私は、私の優越感のために、全力でこの問題に取り組みますわ!

 たとえ相手がお父様であろうと!

 絶対に引き下がるつもりはありません!




 ――とは、自身を鼓舞してみたものの、やっぱりその……あれですわね。


 私は屋敷の前で、木陰に隠れて座り込む。

 お父様が怖いわけじゃない。マイペースでおっとりした優しい性格で、いつも私を気にかけてくださるお父様を、私は心の底から尊敬している。

 だからこそ、仲の拗れた相手に頭を下げて下さいだなんて、言いづらいにも程がありますわ……。



「ふぅ……カントやみんなだって、頑張ったんですもの。私も親がどうのこうの言ってられませんわね」


 ようし、腹は決まりましたわ。

 いざ屋敷へ突入っ!

 玄関のドアを開けると、そこには丁度お父様が!


「おや、カリンちゃんおかえり。今日も天気が良くて気持ちいいねぇ。はっはっは!」


 白髪まじりのオールバックに、実年齢よりも老けて見える口髭がトレードマークのお父様。

 個人的には髭は剃ってほしいのだけど、本人はむしろお気に入りみたいなので黙っている。あと、白髪もキチンと黒く染めて欲しい。


「ご、ごきげんよう、お父様……」


 さあ言うのです! カリン! 言え!

 麦の値上がりで民はパンを食べれない。どうかマシラム様に頭を下げて値を下げさせて下さいと!


 ………………で、出ないっ! 声がっ!

 めちゃくちゃ言いづらいっ!


「おや、どうしたのかなカリンちゃん?」


「い、いえ! なんでも、ありませんわ。あは、ははは……」


「ふーむ。そうかい?」


 うう……。いえ、このままじゃダメだ。


 例えお父様を傷付けることになろうとも、私は、私の流儀を曲げてはならない!

 私が目指すあの方だって、絶対にこのようなことで心を乱すようなマネはしませんわ! むしろ肉親の苦悩すら嘲笑うことでしょう! ……私だって、そうならなくては!


「あのっ! お父様お話が……」


「あ、そうだカリンちゃん。久しぶりに剣の稽古でもつけたげようか? 僕ね、最近運動不足ですっかり鈍ってしまってね。せっかくだからカリンちゃんも一緒に体を動かさないかい?」


 私の決意は、お父様のマイペースな提案にいとも容易く遮された。




「……是非お供しますわ。お父様」


 気分転換っ!

 そうこれは気分転換ですわ!

 少し体を動かして、気持ちを一旦リセットしましょう。それがいいわ。


 という逃げ道が出来たので、すぐにそちらへ行ってしまう私の意志薄弱さが恨めしいわね……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る