5:隣の領地

 アレンドーおじさまは農家の方々のまとめ役を担っている。

 まあ、それでリーダーシップを発揮しようとしてカントをめちゃくちゃにこき使って、今ではすっかり反発されているらしいのだけれど。

 とにかく彼に話を聞いて、何か改善できることがあれば早急にやっていただかなければ。


 このままじゃパン屋さんが潰れてしまう。

 そうなれば……もう子供たちをパシらせることができやしない!

 なんとしてもそれだけは避けなければ!


「早速本題にはいりますわ。アレンドーおじさま、いま麦の相場が跳ね上がっているのはご存知かしら?」


「もちろんでさァ。それはオイラ共にとっても悩みの種でございますぜ」


 即答で帰ってくる答えは私に同調するものだった。

 あくまでも自分たちに非はなく、同じ被害者だと言っているのだ。

 さらに食らいつく。


「ワックマン領で採れる麦の量が減衰しているという話は聞きませんわ。それなのに相場が二倍にもなるなんて、どう考えても不自然ではなくて?」


「ごもっともだ。カリン様はさすが、聡明であられる……。ですが、これはワックマン領のみに限った話ではないのです。失礼ながら、オイラたちの麦がどこに集められるか、ご存知で?」


 ……首を振る。うちで収集した麦なのだから、てっきりうちの領内の倉庫かどこかに保管されているものとばかり思っていたのだけれど……どうもアレンドーおじさまのその口振りからして、こことは別の領地が関係しついるのはわかった。

 とすれば……。


「農業が盛んな、隣のマシラム領かしら?」


「おっ、その通りです。さすがでさぁ。……で、オイラたちが育てた麦は、まずそこへ集められるんですわ。うちの領内で保管されるぶんはなく、根こそぎです」


「そんなの……、いくらでも誤魔化せるでしょう? 領地を管理する側である私が言うのもなんですけど、自分たちの貯蔵分はちゃっかり保持しているのではなくて?」


 途端に、アレンドーおじさまはプッと吹き出し豪快に笑いだした。


「ぶはははははは! いやそうお思いますでしょうなァ! 素晴らしい洞察力だ!」


 そう言って隣のカントの背をバシバシ叩いていた。


「いっでぇ! あでっ! やめっコラクソ親父っ!」


 うわ、ホントに痛そうね。

 私の方に逃れてきたカントの背は赤いもみじの形がくっきりとついてしまっている。

 しかしアレンドーおじさまは、その後にふうとため息をついて肩を落としてしまった。


「……そんなもん、出来ることならやりたいのは山々なんですよ。ですがね、マシラム領の野郎らめ……! なぜかいつもオイラたちが収穫できるギリギリのラインで集積ノルマを課しやがるんです! おかげでこっちは、自分で育てたってェのに、他所から買わなきゃならねェ状態なんですよ! まったく意味が分からねェ!」


 アレンドーおじさまはギリッと歯をくいしばり目を血走らせていた。ホントに見た目もそうだけど、冬眠前の熊みたいな方ですわね。


 言っていることも納得出来ますし、この感情の変化は嘘なんかじゃないでしょう。

 それにしても、知らなかった。うちの作物は一旦マシラムに送られていただなんて……。

 あそこはマシラム子爵様の領地。爵位でいえばうちよりも上位の貴族の領ですわね。

 ……これもしかして、さてはお父様とマシラム様の間に何かありました?


「わかったわ、アレンドーおじさま。それでは私は他の方々にも話を聞きたいと思いますので、これで失礼しますわ。……お話のお礼に、どうぞカントはお好きなようにお使いくださいな。では」


「おう! カリン様、ありがとうございます! おらこいバカ息子ォ! 働け働けェ!」


「う、うわああ! カリン様、カリン様あああー!」


 ごめんねカント。でもこうなることは初めから分かっていたことじゃない。

 後は私に任せて、安心してお逝きなさい。


 それからも引き連れた子供たちの親に会いに行き、事情を確認した。だいたいみんなの言ってることは同じで、話の整合性はとれた。


 ……さあ、次は私の番ね。

 お父様にどういう訳か、キチンとお話しなくては。

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