3:誘導尋問

 しばらくして、落ち着きを取り戻したおばさまが語りだす。

 どうも麦の相場がいきなり倍以上に跳ね上がったことが原因らしかった。


 高い麦でパンを作るならば当然、パンも値上げをしなければならなくなる。しかしワックマン領の民は貧乏な人ばかりなので、それをしてしまうと今度はパンが売れなくなってしまうのだ。

 パンが売れなきゃ商売にならない。


 そこで一旦店を休業させ、また麦の価格が戻ったら再開しようと思っていたらしいのだが……。


「なるほどね。麦は高いまま、相場が固定されてしまったわけね」


「そうなんです……もう、どうしたらいいのか……!」


 ……これは由々しき事態ね。

 不作でもないのに麦の価値が二倍以上にもなるなんて、明らかにおかしい。

 とんな原因があるのか……他にも話を聞いてみる必要があるわね。


「わかったわ。お邪魔したわね」


「いえ……何もおもてなし出来ずに、申し訳ありません。あまつさえ弱音まで吐き出してしまって……」


「ふん、別に気にしてないわ。それじゃあね。……体調には気をつけなさい」


「カリンお嬢様……! ありがとうございますっ! ううっ!」


 ま、また泣き出してしまった。

 まだ聞きたい事はあったけど、精神的に参ってる相手からこれ以上情報を探るのは難しいわね。

 そそくさとその場から退散して、今度は別の人物に話をつけるべく私は駆けた。





 ――と、いうわけで。

 いつもの子供たちの溜まり場にやってきた。


「みんな、集まりなさい! はい、集合! しゅーごー!!」


 手をパンパン鳴らしてみんなを集める。素直な子たちはどんな用事かも知らないというのにわらわらとやってきた。うんうん、感心感心。

 彼らには、次の質問を投げかける。


「麦農家の子、手を挙げなさい」


「はーい」「はい!」「うちもでーす」「はいはーい」「僕は八百屋だよ!」


 

 ちらほらと手が上がる。


「じゃ、今手を挙げた子以外はもうあっち行っていいわよ。八百屋の子もね」


 麦農家以外の子たちは首をかしげて不思議そうに元の場所へ帰って行った。それでも文句のひとつも出ない。日頃から私の威厳を噛み締めている証拠だ。ふふん。


 で、残ったのが六人ね。

 うん、それじゃあ……行きますか!


「これからあなたたちの親のところまで案内して貰うわ。いいわね!」


「え……えええええ!?」


 驚愕に目を白黒させる農家の子たち。あろうことに、中には……。


「い、いやだよ! いくらカリン様のお願いだってそれだけは聞けないよ!」


 な、なんですってぇ!?


 わ、私がいったい誰のためにこんなに奔走してると思っているのかしら!?

 もう二度とパンが食べられなくなってもいいと言うの!? それじゃああなたたちは、八百屋の細く萎びた甘芋をポリポリ食べてるだけで満足だというわけね!?


 まあ私は自分の愉悦のために絶対にパン屋さんを開店させますけどね!?

 そのためには何がなんでも……この子たちに協力させてやるんですから!!

 ……その為には、私に逆らったことはひとまず置いておいて、なぜ親に会うのが嫌なのかをキチンと聞いてあげないといけないわね……。

 頭ごなしに叱ったんじゃ話は平行線だわ。

 冷静に、冷静に……。


「なぜ嫌なの? 親に会うだけじゃない?」


「え、だ、だって……今畑に行ったら、絶対に手伝わされるもん! 畑仕事ってすっごく大変なんだよ! 俺、死んじゃうよ!」


 一人が言うと、それに便乗して他の子たちも「その通りだー!」「筋肉痛で動けなくなるよー!」だなんて同調する。

 ああなんだ、単に働くのが嫌なだけか……。


 それだけのことで、私の計画を妨げようとしたのね?

 ふーん?


「あっそ。ならいいわ。もう頼まない」


「え……」


「私はまたみんなと一緒にパンを食べたいから、こうして情報を集めようとしているのに……あなたたちは自分のことばっかり。自分が少しでも辛い思いをするくらいなら、もうみんなでパンなんか食べなくてもいいっていうことよね?」


「そ、それは……その……」


 麦農家の子たちはみるみる青くなって、今にも泣きそうになっていた。何かを言い淀んで、でもそれは声にならずにパクパクするだけ。そしてまた目が潤む。


 ……別に追い込むつもりじゃなかったんだけれど、つい強い口調になってしまったせいで、この子たちは私が怒っているものだと勘違いしたのかもしれない。


 それでどうにか私の機嫌を治したくて、でもなんて言ったらいいのか分からない。そんな様子だった。

 ……しょうがないわね。

 助け舟を出してあげましょう。


「あなたたち、もしまたみんなでパンを食べることができたら、それってすごく幸せなことだと思わない?」


「…………思う、よ……ぐずっ」


「そうよね。私もそう思うわ。そして自分がたった一日だけ、お父様とお母様のお仕事をちょっと手伝うだけででそれが実現できたとしたら……やってみようと思わない?」


「……お、思うっ! またみんなで、パンを食べたい……っ!」


「う、うん……! 私も、お仕事手伝うよ! カリン様と一緒に畑に行くよ!」


「俺も! 俺も、がんばる! ごめんなさいカリン様! ワガママ言ってごめんなさい! うああん!」


 ……私、なんか聞いたことがあるわ。

 私が言わせたい言葉を、さも自分の意思で言っているかのように錯覚させる話術ってたしか……。


 誘導尋問?


 しかも話を聞いたからって麦の相場を元に戻せる方法が見つかるかなんて分からないことだし……。


 ま、まあとにかく、これで現場から直接声を聞くことができるようになった。

 とにかく今はどんな犠牲を払ってもパン屋さん再開の方法を導き出すこと。

 それが先決なのだっ!

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