2:問題発生
ある日の事。
いつものように子供たちにパンを買いに行かせていたのだけれど、笑顔でパシられていったはずの少年が、何やら肩を落としてとぼとぼと帰ってくるではないか。
その手にパンは姿も形もない。
「あら? どうしたのかしら?」
事情を聞けば、衝撃の答えが返ってきた。
「カリン様……パン屋が、閉まってるんだ……」
「なんですって?」
ふうん、体調でも崩したのかしら。まったくパン屋のおばさまも自分の立場をわきまえて、身体には気を付けて欲しいものだわ。
「仕方が無いわね。今日はパンはオアズケよ。……私も気分じゃなくなったし帰るわね。それ、好きに使っていいわよ」
「え、でも……いいの?」
パシられた少年が大事そうに握っている、パン代として渡したお金を指さしてそう言ってやると、しばらく躊躇した後に、パァっと明るい笑顔になった。
「カリン様、ありがとー!」
彼らに背を向けて颯爽と立ち去る私の、どれほど優雅な事かしら? フフフ。
でもこれじゃ、明日も心配ね。パン屋のおばさまの容態があまり酷いものじゃなければいいのだけれど……。
翌日。
やはりパン屋さんは営業していなかった。
その次の日。
まだパン屋さんは閉まっている。
それからさらに数日後。
店はいまだに固く閉ざされている。
私は一人、お店の前で腕を組む。なぜ営業しないのか……。それほどひどいご病気に?
まさか……孤独死?
そんな考えが頭をよぎったやいなや、すぐに店のドアを叩いた。
「ちょ、ちょっと! 開けなさい! おばさま! おばさまったら!」
「あら……カ、カリンお嬢様!? な、なぜこのような場所に、私に何かご用でしょうか!?」
少し心配になって声を荒げると、酷く焦った様子のおばさまが背後から現れた。
姿を見れば買い物の帰りのようではあるが……別段、病気を患っているようにも見えない。背筋はしゃきっと伸びているし、貧相な体つきではあるが肌色は健康そうだ。
……よかった。最悪の状況は免れたわね。
でもだとしたら、どうしてパンを作らなくなったの?
ひとまず立ち話もなんなので、中に入れてもらうことにした。
「せ、狭く汚い場所ですが……」
「ええ、まったくね」
いや、言う割に汚くはない。使っていないだけで、手入れは行き届いていた。
今にもパンを焼けるくらいには……。
「……じゃあ、教えてもらいましょうか。どうしてパンを作らなくなったのかをね」
本題を口にした途端、おばさまは口を押えて眉間に皺を寄せて、とても歯がゆそうな表情となった。……あら、思った以上に重大な話なようね……。
私も思わず、ごくりと固唾をのんだ。
「実は……材料が……ないんです……っ! ううっ! 麦がなければ、パンは作れませんっ!」
これまで堪えに堪えていた感情が決壊したようだった。おばさまは、ガクリと膝をついてすすり泣いてしまった。
材料がない? ……なぜ? 無いなら買えば……!
もしかしてお金が! ……いえそれはないわね。だってさっき会った時、お買い物の帰りだったもの。
「落ち着いて。おばさま! 一体どういうこと? だって麦は領内でも栽培してるじゃない!」
というか領民の三分の一くらいは麦農家だ。今日だって昨日だって、せっせと畑仕事に日夜汗を流している。私はそんな家庭の子供たちといつも一緒にいるからその情報にぬかりはない。
不作という話も聞かない。
麦がないなんて、どう考えてもおかしい!
でもこれだけはわかる。
このままじゃ――!
私はもう子供たちをパシらせて、優越感に浸れないじゃない!
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