8:始まりの足音

 あーそうだ。このまま死のう。

 干からびて死んでしまおう。


 ……無論、ただの現実逃避だ。

 だけども実際問題、どうしろというんだ。

 こんなところでのんきに寝ていようものなら干からびるよりも先にモンスターの餌食になる。


 よし。まずは隠れ場所を探そう。

 だがそんな意志とは裏腹に、体が思うように動いてくれない。


 なんだか体が重くて、空気が粘性を帯びてまとわり付いているような鬱陶しさを感じて、ちょっとした動作でもすぐに疲労してしまう。

 洞窟内特有のジメジメとした高湿気のせいもあるだろう。

 でも、それだけじゃない。


 あれ、俺、スーツ着てる――?


 女神の計らいだ。

 天国では全裸だったから服をくれるのはありがたいよ。


 でもな、戦闘主軸のこの異世界でこんなギチギチなビジネススーツはねえだろ!? ネクタイも首元までご丁寧にありがとよ! 

 おかげさまで重いし窮屈だし湿気で肌にくっついて可動域狭まるし!


 死ね!!!


 絶望に埋め尽くされる。

 女神に対する殺意のみが、無尽蔵に膨れ上がる。




 ピコーン。


 刹那――俺は激しく狼狽した。

 突然に、頭の中で軽快な音色が鳴り響いたのだ。

 心臓が今にも破裂しそうなほど、強く打ち付けている。


 ビ……ビビった。

 今モンスターに襲われたら、いや見つかった時点で最後。確実に殺される。というかショック死する。

 魔王よりも強いモンスターなんて形容し難い禍々しい容貌に違いないからな。見ただけで死ねる。


 そんな緊張感の中、薄暗く、無音の空間だった場所に、いきなりアホみたいな音色が流れればそりゃ誰だって跳ね上がる。

 恐らくこれも女神が与えし何かしらのユニークスキル。さて、何を知らせるためのアラームだ?


 例えば、接敵を知らせるだけの能力。モンスターが近付いているから注意せよってことだろうか?

 いや、それはないな。そんな【役に立つ】スキルを、あのクソ女神が与えるはずがない。


 ……試しに一応、動く影はないか探ってみる。本当に索敵スキルな可能性も微粒子レベルで存在するからな。

 しかしやっぱり、辺りに変化は見られない。

 少なくとも見える範囲には何もいない。


 なら――。


 ピコーン。


 辺りを見渡す。

 すると、ある一方向に視線を向けたことにより、再び軽快な音が脳内で響き渡った。


 なるほど、どんなスキルなのか理解できた。

 試しに視線を外して、再び先ほどの場所を見据える。結果は、やはりピコーンだ。

 よく目を凝らせば――否、意識を集中させることによって、その音の正体が明確になる。


 つまり、これは一種の【鑑定スキル】だ。


―――


名称:ささくれシメジ

【出血毒】


―――


 スキルによって識別されたものを見てみると、茶色っぽいトゲトゲしい傘のキノコが群生していた。

 毒キノコらしい。


 おお……これ、マジか? 【鑑定スキル】といえば、異世界において最も重宝するスキルじゃないか。必須と言っても過言じゃない。

 こんな有益過ぎるスキルを、あの女神が? ……あり得ない。


 俺自身を見てみる。反応なし。

 何かしらの条件があるのは明白だが、それがわからないな。

 何か不確定要素を孕んだランダム識別か?

 答えは出ない。


 ……やめだ。一旦保留。

 ノーヒントで考えたって分かるわけがない。


 一つだけ言えるのは、あの性悪女神が【絶対に役に立たないゴミスキル】と称するものであることは間違いないということだ。

 あまり期待するもんじゃない。

 

 それに、もう遊んでもいられないようだ。




 足音が、聞こえたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る