5:ようは顔と身体

 俺だってな、何も足元を見て悪徳商売のようなふっかけを行ってるわけじゃねえんだよ!

 俺の力で救える命があるなら喜んで力も貸すさ!


 南米の子供たちに送るワクチンが作れるなら募金箱に小銭を落とすし、道端でうずくまっている老人がいれば率先して介抱するって!

 異世界を救えというミッションは、神が出来ると判断して俺に託したのであれば、それはもう俺の手が届く範囲の正義なんだ!

 それをしないなんて、こんな俺でも良心は痛むんだよ!


 ただな、人の良心にかこつけて自分の都合のいいように操ろうなんてゲスに、誰が従うか!

 それはもう俺のスペックオーバーだから!


 悪いが……お前にじゃない。俺が救えなかった異世界人には悪いが、無謀に自分の命を弄ぶ真似は俺にはできん。

 

 ……すすり泣く声。

 女神はその小さな顔を手で押さえ、それでも涙を零さずにはいられないようだ。


 俺の気持ちが伝わっただろうか。

 改心してくれたなら、これ以上に嬉しいことはない。


 しばらくして、呼吸を落ち着かせた女神が顔を上げる。

 上気した頰を伝う涙の跡の妖艶な魅力に、場違いながらも固唾を飲んだ。


 聞こえてきたのは、歓喜の声である。


「うっううう! 素晴らしいです! 貴方様こそ真の勇者です! ああ、私、感動しました!」


 おもむろに手を握られると、絹のように滑らかな肌触りに身震いした。指と指を絡めて、もう抱き合うんじゃないかってくらい急接近する。


 これは、ズルい。卑怯だ。

 どれだけ強がっても、どれだけ見栄を張っても、どれだけ憤慨してみせても、結局男の子は美人のこれに弱い。


「これまで勇者様としてお声をかけてきた方々は、ポテンシャルこそ高くありましたが、貴方様のように他人を思いやる強い心をお持ちではありませんでした」


 そう真っ直ぐな目手心の在り方を褒められるなんて、背中がむず痒い。

 顔が火照る。近いんだよ。……口臭くないかな、俺。


 下心満載な俺とは裏腹に、無垢な笑顔を満面に浮かべた女神のテンションはとどまることを知らない。


 そして言うには、俺以前の勇者候補七名の心を覗いても自分の利益になることしか考えておらず、もし魔王を倒したとして、本当の意味での世界平和には繋がらないだろうと憂いていたらしい。


 もし候補者に選んでいた八人全員が同じような思考ならば、いっそ全員を勇者として、魔王討伐後は各々が国王として世界の均衡を保ってもらおうと考えていたようだ。


 しかし八番目の本命として置いていた俺の心が清らかな……自分で言うのも何だが、女神様のお墨付きなんだからここは自信を持って言わせてもらおう。

 他人を思いやれる清らかな心の持ち主である俺こそ、真の勇者として相応しいと判断してくれたようだった。


「試すような真似をしてしまい、申し訳ございません。ですが貴方様が持つ慈愛の心こそ、彼の世界には必要なのです。どうか、どうか力をお貸しください。勇者様……!」


 途端にしおらしく、三歩下がって頭を下げた女神。

 最弱のステータスだのゴミのようなユニークスキルだの、全ては心の奥底の感情を探るためのブラフだったわけか。


 馬鹿にしてやがる。

 それも俺が一番最後の候補者だって言うじゃないか。

 数ある中の八番目ならいい。

 だが八人選出中の八番目は全く意味合いが違うからな。

 つまりドンケツ。ビリ。最下位だ。


 俺なんて、居ればいい程度にしか思ってなかっただろうに。それがこの手のひら返しだ。


 ――それがいい。


 神ですら、なりふり構ってはいられないのだ。

 この女神も必死だ。こんなドベの俺にさえ媚を売らなければならないほど、向こうの世界を放ってはおけないのだ。


 俺はそんな健気な女性を、助けてやりたいと思ってしまったんだ。

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