キラキラの青春が悪いって訳じゃない、単に羨ましいと言えないだけなんだ


 そんな感じで、俺とヒジリの間にはとてもじゃ無いけど相容れぬ深い深い溝が横たわっていた訳だけれど、案外そう言うのって「好き」と同じくらいに気になってるってサインだったりする。我々は高校生で、人は人、他所はヨソ、みたいに大人な割り切りなんて出来やしなかった。視界に入る度に何故か俺から目を逸らしてしまう。滅多にない事だが、ヒジリが誰かと一緒に笑ったりしていると不安になる。何故だ。あのバスで帰った夜、ムカついた報復で試しにヒジリでシコったからか(中々よかった)


 席で始業のチャイムを待っていると、コガが

「こりゃこりゃクボウジ、クボウジ〜、あんま女子ばっかり見てるとエロエロガッパの称号を欲しいままにするがですぞぉ〜」

 などと、オタク丸出しの話し方で馴れ馴れしく話掛けてきた。オタクの人名の後にウジを付ける率は異常。ケンイチウジの影響力超デカい。


「いやマジな話、最近ヒジリばっかり見てるくね?」

 俺に真面目にコッソリと話すコガは結構口調がギャルい。見た目はオタク女子の癖に、結構そういう所があった。

「恋しちゃってんの? ヒジリん、マジ性格あれだぜ、変だし、ゴウの彼女っしょ? やめとけよー」

「好きじゃなくてムカついてんだと思う。なんかイケ好かねえっつーかさ」

「あー、それ。そういう戦略だから」

「戦略?」

「そうやって相手に気を向けてもらう女子の『戦略』。なんかさ、放って置けなくなっちゃうでしょ? そうやって餌に寄ってきた心優しい男や女の子をバク!」

 短い両手でアクション付けちゃって、コガはノリノリだ。

「なるほどなぁ……」

 それならゴウのような良い奴がホイホイ付いて行っちゃうのにも合点が行く。ゴウはそういう、人間と馴染めない不思議コミュ障ちゃんにはもったいぶらず、喜んで手を差し伸べるような純粋なイイ奴なのだ。それがさらに美人と来たらまあイチコロなのかも知れない。


「気を付けた方がいいナリよキテレッツァ……女子は基本肉食……己の利己に最大限パラメーター振りしたはマジモンの凶器の鋭さでサカリがついた野郎どもの喉を搔き切るナリ……」

 処刑を命じるテロリストの司令官みたいに自分の首元を搔き切る仕草をして舌を出し、やっぱりコガはノリノリだった。

「おまえ、結構色々知ってるんだな。……何か、女子っぽいぞ」

「女子だわ!」

 コガが大声を上げた。


 なるほどな、って事で、それで俺はヒジリと一線を画す取っ掛かりが出来た。俺がヒジリが気になるのは恋ではなく、気を惹かれるように仕組まれているからだ、というロジックによって。そう思えば、視界の片隅にヒジリが入る時の胸のヒリつきやムカつきも理解出来た。それと同時に、あんな綺麗な顔をして、運動も勉強も出来る女子でも、人と接するのには色々と苦労してるのだなあと、何となく気の毒に思った。だって、いちいち気を惹かなくったって、周囲の人間が放っておかないだろう。何が故にそんなに構って欲しいのか。


 ◼︎


 そうやってヒジリとの関係に一方的にケリを付けた俺だったが、どうやらこれが恋かも知れん、と気付いたのは全クラス合同体育祭の練習の時だった。始めに言っておくと、俺は体育が嫌いだ。投げたり走ったり屈伸したりするのは人生において最大限の無駄だと思っている。女子のブルマーやジャージブルマー姿しか存在価値がない。そこら辺はありがとう体育。お世話になっております。というような事を陰の者同士で話をしながら、主に体育祭の練習を鑑賞会として参加していた。仕切るのはもちろん、我らが学級委員長にして、熱血正統派高校生代表ゴウだ。奴が教師のお言葉を聞いて我々に

「リレー!」

 って号令を掛ければ我々は羊のように移動し並ぶ。

「50メートル走! 順番!」

 つっても同様だ。誰も歯向かったりしない。それをするには暑すぎるし、何もかもが面倒で億劫なのだ。


 そんな風にしてダラダラと午後イチからの体育祭の練習で、同級生どもと暇を持て余したインド人みたいに地べたに座って400メートル走を鑑賞していた。女子が走る姿は大変趣深い。ガンタンクみたいな体型の女子がフウフウ息を切らしつつ諸々バルンバルンさせて走る姿も良しであるし、妙に気合が入ってブルマーをキリリと上げ過ぎ女子もまたいい塩梅にてございますし、コガがバトンを持ってチマチマと懸命に走る姿もまた周囲のメガネを掛けたオタクどものガッツポーズを誘ったし、そう悪いもんじゃない。鑑賞会として。

 そして、風だ、と思ったらヒジリだった。どこかよそ見をしていたか、隣の誰かと駄弁っていたかは忘れたが、風が通ったと思ったらそれがヒジリだったのだ。綺麗な両手のスイングと足の運びで、いかにも姿勢正しく陸上部然とした堂々とした走りを見せ、あっという間に背中を遠くへ小さくしていった。周囲もざわついた。

「何だあれ……めちゃくちゃ早くないか」

「オッパイ小さいから風の抵抗がないんだろうな」

「しかしあのキュッとしたケツも大変良しとするでござる」

「ありがたやー、ありがたやー」

「そうであろう?」

 同意を求められた俺は、首を傾げた。どうかな? そうでもなくね?、という風に。

 でも俺は、本当はヒジリに釘付けだった。目に鮮やかに焼き付いたのは「青春ッ!」てタイトルが付きそうな青い空をバックに、キラキラとした粉末状の何かを全身にキラキラとまといながら一心不乱に走るヒジリの姿だった。なんだよあの粉末キラキラ。青春粉?


 ◼︎


「五百円返せクボ氏〜、さもなくば死刑ナリ〜」

 夕方の四時限と五時限目の間の休憩時間に、いつもの変な口調のコガが俺が借りた昼飯代の取り立てにやって来た。俺は数日前にその金でコロッケ焼きそばとアクエリアスを買ったのだ。俺は先の社会科の時間にぐっすりと熟睡し、未だ夢心地のままだった。

「寝てた……何だろう、すごい朝勃ち……」

「いや本当にどうかと思いますなぁ。人として生きる価値、尊厳、希望その他諸々がクボウジからは一切合切損なわれておりますなぁ」

 嫌な顔をしてコガが言った。

「おら、五百円出せえコラァ、デュクシ! デュクシ!」

 俺に肩パンを決めるコガ。デュクシ、を口で言うのは基本だ。

「NEYO」

「外人ラッパーみたいに言うやん? ところで……」

 周囲から視線が向けられていない事を確認してから、ずいっとコガが机に顎を付けている俺に小さな顔を寄せてきた。チューかな、と思って俺も口をチュー型にして向けてみたが、パーで首をチョップされた。うむ。


「風が……乱れておる……」

 クボが妙な事を言い出した。

「そうだな、千年に一度の冥王星軌道のブレが原因なんだろう」

 俺は適当に合わせてもう一度寝ようと目を閉じた。

「違う。マジな話、最近、クラスの風紀が乱れておるのじゃ」

「風紀だけに風か。安易な上にキャラが定まらないねぇコガ君は」

 チッ、とコガが舌打ちした。

「旧アーチェリー部の部室で、時々クラスの男女がアレをやってるらしい」

「アレって何だよ。ジェンガか?」

「アレって、ソレとか、ナニとか、いわゆる、コレ、的な」

 コガがアワアワした。

「セックスか」

「言葉を選べよ。話し相手はこのわたしだぞ」

コガが一気に真顔と真声で真テンションに持っていった。

「マジかよ、見に行こうぜ」

「イヤよ。エッチなのはいけないと思います」

「……乙女か」

 チッ、チッ、と二回コガが舌打ちして言った。

「何でいちいちあんたにこれを教えるかって言うとね」

 コガが声を一層小さくした。歯磨き粉の匂いが耳をくすぐる。

「その二人が、ゴウヅカとヒジリって噂なのよ」

「まじか」


 俺の目は一気に覚醒した。俺の知ってるゴウは不用意に学校でヤるような奴ではない。何かの間違いじゃねーかって思った。


「漫研の親しい子がこっそり教えてくれたの。特徴的に間違いない。背が高くて美男美女っつったらあの二人しかいないし。もしこれが本当の事で、バレて大事おおごとにでもなったら、あんたの数少ないまともな友人が停学か退学になっちゃうでしょ。だから教えたの。あたしはああいうキラキラ系の人達苦手だから、あんたがどうにかしなさいよ」

「どうにかってお前……どすんだよ」

「自分で考えなさいな。あと、とっとと明日550円返しなさいよ」

「……あ、朝立ち元に戻った」

 と俺が自分の股間を見ながら言うと、

「やっぱ明日一万円な」

 と捨て台詞を吐いて自分の席へ戻っていった。



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