回想というとありきたり過ぎる気もするし追憶と名付けてみる章

■回想■


「お前何してんだ!」


 ゴウヅカが俺にそう怒鳴った。まあ怒鳴られても仕方がない。奴には怒鳴る権利がある。俺は何と言っても、誰もいない教室で、ちょうどゴウヅカの彼女の下着の匂いを嗅いでいたから。いわゆる現行犯ってやつだ。すっげーいい匂いだった。クリーニング屋の匂いにピンク色のキスミントガムを足したような香りだ。


 ゴウヅカ別名ゴウは、俺が高校一年の時からの友人だった。そりゃそうだ、俺みたいな屑にだって友人がいる。聖人君主みたいな、本当によく出来た友人。きっと、俺の見た目が普通っぽい所も、ゴウが俺に心を許してしまった原因じゃないかって思う。人は見た目が大切だ。でも、って俺は思う。見た目で判別される程度の屑はアマチュアじゃなかろうか。俺はごく普通の高校生だった。髪は染めてないし、制服も乱れてないし、上履きの踵も踏んで歩いてないし、ガムも噛まないし、成績だってごく普通だ。だがその実やってる事は、友人の彼女の制服、下着の匂いを嗅いじゃうくらい、内面はどうしようもなくド屑のド変態野郎だったのだ。だってさ、普通そういう事ってしないだろう? 万が一したいと思ったって、自制するよな? よりによって友人の彼女だぜ。いやでも、ホントにあれは良い匂いだった。


 俺にだって彼女みたいなのは居た。幼馴染のヲタク女だ。髪の毛は天パ、背も声も胸だって小さい。色気のケの字もないヲタク女で、俺もオタク気質だからよくゲームや映画、音楽の話で盛り上がっていた。

 名前はコガ。席が近くて、漫画や小説を貸し借りして、みたいなそういう友達だった。彼女ではない。だって、本当に色気のケの字もないのだ。マンゲさえ生えて無いかも知れなかった。コガは大人しくて小さいオタクの女子ってだけで、俺のことを責めたりも貶めたりもしなかった。ただ単に、何でか知らないが昔から俺に懐いていただけだ。同じクラスの同じカースト女どもとつるんでいた。ああいうモテない女どもはパンチラに対して警戒心が薄いから絶好のカモだった。自己評価が低くて、まさか男達が自分達に興味を持つとは思わないのだろう。あるいは二次元にしか興味がないのかも知れない。でも実際は、足が二本生えていて、その隙間から何某かチラッとすれば、そこに仏像が建立されていようが、明治通り沿いのタピオカ屋が映えていようが関係はなかった。DNAレベルで目がいっちまうだけなのだ。

 コガはまぁ、そういう感じだから、俺の周りのロリ好きを公言する痛いヲタク、そうだよ、眼鏡の奴らに何人かファンがいて、「クボッキー、コガちゃんと仲良しで本当に羨ましいよぉ」ってネットリ言われたりした。一瞬そいつらの正気を疑ったが、悪い気はしなかった。俺の好みでは無いってだけで、コガにもちゃんと異性の気を引くだけのフェロモンが存在しているのだ。ここだけの話、一緒に帰った時に偶然通り雨に遭遇して、びっしょりと濡れたスクールブラウスにスポーツブラが透けていたのはさすがにエロかった。制服ってのは謎の力を働かせんだね。おかげで、スポーツブラは今でも立派な性癖のひとつだ。


 話を戻すけど、何で俺が友人ゴウヅカ別名ゴウの彼女のやつを匂ってたかって話だ。


 ゴウの彼女は、いわゆる黒髪をたなびかせる美少女だった。苗字もなんと「ヒジリ」っていった。 見た目パーフェクトな上に、苗字まで「聖なる」の聖でヒジリだ。天はヒジリに何物与えてんだよって話だ。勉強もしっかり成績抜群、スタイルもスレンダーなモデル体型、部活は陸上で県大会出場つって、お前はときメモから出てきた新キャラですかって。


 俺とゴウは最初は仲良くつるんでたんだけど、高校二年生になってクラス替えで入ってきたヒジリと付き合いだしてから、関係が少し変わってしまった。俺は写真部、ゴウはサッカー部、ヒジリは陸上部。毛色ってレベルじゃなくて全然違うんだ。何がって、生き方の方向性が。ゴウは俺とだけつるむには勿体ない男だったと思う。それは薄々感じていた事だった。実際、ゴウは進学コースの賢い奴らとも仲良くし始めていたし、それはそれでホッとしていた。あいつは俺と一緒に居ても、何も得るものはないからな。だがヒジリと付き合ったことで、あいつはヒジリ一辺倒になっちまった。俺だけじゃなく、周囲の人間とも付き合いが減ったようだった。それでいいのかゴウ君、と思わないでもなかったが、まあ余計なお世話だな、と思って何も言わなかった。少なくとも、初めて付き合う女子に対して失礼な態度ではないから。

 ゴウ夫妻と一度だけ一緒に帰った時があった。その出来事が俺にヒジリの印象を強烈に焼き付ける事となった。


「これ俺の友達のクボ」

「あ、どもクボッキーでーす」


 とか、そういう軽い自己紹介をスクールバスの中で交わした。寒いけど、下ネタとか狙って、いざって時はこっちが泥かぶるつもりでちゃんと「クボッキー」って名乗った。ヒジリ、まさかの無言、色っぽいですよ。あれ、こいつ工藤静香だったのかなって思って。もう一回


「あ、クボッキーです。クリトリスの『ク』に『勃起』でクボッキー」


 って、ド滑りした下ネタを解説付きでマジな顔をして繰り返しちゃったよね。思わず「ク・リ・ト・リ・ス」って空中に指で書いちゃう所だったわ。かわいそうだろ? 生きていく為だけに必死な貧民が、いわば全てを与えられた富国強兵みたいな女に持ち出しで放った渾身の下ネタですよ。っていうか俺のあだ名がそもそもひどい。でもって、ヒジリは大きな瞳を何度か瞬かせて相変わらずノーリアクションですよ。さすがの俺だって、リアクションなしじゃどうも出来ない。投げたボール、どこいったの。クリトリスが悪かったのか? いや、お前にもクリトリスはあるし、俺も勃起とかするだろ。健康な高校生なんだから。スカしてんじゃねーぞボケ。ブス。嘘。かわいい。綺麗。美人。

 何とかその場はゴウが取りなしてくれたけど、印象は最悪だった。一方的に俺が悪い感。北朝鮮も真っ青。数少ない友人の彼女と相性最悪。なんなんだこの女。ちょっと綺麗なだけでさ。ガードが堅くてちっともパンツとか見せないし。ちゃんと自分のパンツの価値知ってんだね。俺、そういう女、嫌い。


 その後もヒジリの俺に対する塩対応は変わらなかった。一緒にバスに乗って中間テストやらテレビのお笑いだとかクラスの噂話とか、そういう面白話をゴウと繰り広げたっていうのに、素知らぬ顔して座っていた。ちょっとくらい加われよ、お前その取り澄ました顔なんですか、京都人なんですか、塩ラーメンですかって思った。え、くだらない話はお嫌いですか? 気を使って何か別のお話をいたしましょうかって。俺たちが言い出すのを待ってるのかなって。っていうか、何で俺がそんなに気を使わなきゃいけないのか謎。モアイ像レベルの謎。

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