第23話 七月二十二日、午前十時十一分。
我が校、西大津高等学校の本日の朝礼は、やはりと言うべきか血相を変えたものであった。
「…………はぁ、疲れた」
全校生徒を体育館に招集する事態と相なった事件の概要は、整列された生徒の前でマイクを握った生徒指導役を名乗る教諭によって簡略ではあるが説明があった。それによれば、昨日の夜の十一時ごろ、激しい物音が聞こえたとの情報があるらしい。
そして、事件の発覚は朝の五時半ごろ、学校関係者からの110番通報であったそうな。
「……ま、だから何か知っている者は生徒指導室まで、って言われてもなんよなぁ」
そうこうあって、清掃用ロッカーにあった箒で窓ガラスの破片を掃くこと、はや一時間。
片手のチリトリに限りがないようにも思える窓ガラスの破片を収めながら考えてしまう。
別に探偵を気取ろうってわけではないのだが、大惨事である規模感からか、それとも別の要因からなのか、どうしたって気になって仕方がない。何故、こんなことが起こってしまったのか。何故、窓ガラスが破られてしまったのか。何故、窓ガラスなのか。
それらがわかれば、自ずと僕が窓ガラスに引っかかりを覚える理由ってのもわかるかもしれない。
……そもそも、これは愉快犯的犯行なのか。
……それとも、計画的犯行、または突発的な犯行。
「……ともかく、ここまで窓ガラスを叩き破るってのが理解不能や」
……もっとも、おめおめと生徒指導室に自首するような輩の犯行とだけは思えないわけだが。
「……はぁ、にしても、…………暇や」
廊下の掃き掃除を割り当てられた事それ自体はボヤくほどには苦ではなかった。むしろ授業を合法的にサボれるのだから得した気分まであったのだが、暇ってのは思考をいやに空回りさせる要因にしかならないみたいで、ずっとボヤッとした霧が脳裏から離れそうにない。
こんな場合、頭のいい岸辺さんであれば、どうするのだろう。
「……そうやな、あの人やったらまず、まとめてみるところから始めるかもしれんね」
――――――――――――
「……事件の概要からして、犯行時刻は夜の十一時頃」「……激しい物音があったとの情報から、その時刻の犯行と推察できる」
「……犯行内容は、校舎内の窓ガラスを全て叩き破るってのであってるんやろうか」
「……いや、窃盗目的、その他の目的であるならば、生徒指導役の教諭がそう明言するはずや」
「……しかし、それはなかった。すなわち、現状遭遇している被害としては、この破壊行為のみ」
「……であれば、単純に犯行の動機は破壊行為そのもの、となるんやろうか。衝動的な犯行とか」
「……いまいちスッキリとせんけど、動機なんてもん、その場限りかもしれん。それに、もっと何か根深いものだったりするのかも。どのみち、今の僕がそれを推察するってのは、文字にすりゃ邪推ってもんになりかねない。楽観的で、悲観的な、どうしようもなく荒れた思考から生み出される推察に過ぎないのだから。…………もっとも、今の僕が知りたいってのがここだからこそ、そんな推察になってしまうんやろうが」
「……そういえば僕はその時刻、何してたんやっけ?」
「……犯行時刻の昨晩十一時、僕は眠りこくっていた」
「……事件発覚の今朝六時前、僕はようやく起床した」
――――――――――――
「……あー、もー、僕の役立たず」
……なんて失敬な。そもそも僕が役に立った試しなどないだろう、いい加減にしろ。
……で、そんな腑抜け野郎がまとめてみたはいいけれども、進展らしい進展もなく終わった。当たり前だ。まったくと言っていいほど情報が足りていないのだから。それはきっと、青い帽子の警官たちが中庭に居座っている様子を見るに、誰も、何も、わかってはいないのだろう。
それも当然ちゃ当然なのだ。校舎の窓ガラスが全て破られているのだから。
それこそ、爆弾でも落とされない限り、人間に出来そうな芸当では、、、
「…………あれ、じゃあ、これって」
……どうやって、こうなったんだ。
「……いや、だって、おかしいやないか」
人間が校舎の窓ガラス全部を破ろうってんだ。一人であれば軽く数時間はかかる。もしこれが複数人であったとしても、全部ともなれば相応の時間を要するだろう。それに、複数人じゃ物音だけしか情報が出ないってのも引っかかる。窓ガラスを叩き破ろうってんだ、必要な装備は自ずと野蛮なものとなってくるだろうが、それじゃ落とされる情報は『音』ではない。『物騒な集団』の目撃情報になるはずである。
それに、もう一つ。情報はこうであった。
「……激しい物音があった。……それだけ」
つまり、当該時刻、昨晩の十一時頃に物音があった、と。
しかし、一気に全ての窓ガラスを破らない限り、こう証言されるべきではないか。
「……激しい物音が、続いていた、のはず」
……まぁ、僕如きが思いつくのだから、警察がそれに気づかないはずもない。それに、この情報は生徒指導役の教諭の口から聞かされたもので、もっといえば、その生徒指導役の教諭も警察の何某からの情報であることも考えられる。又聞きの又聞きなわけだ。信憑性は薄いと言わざるを得ない。
所詮は素人の浅知恵だ。
そろそろ、やめにしよう。
「……にしても、これだけの窓ガラス、よく破れたもんやね」
どれだけ廊下の奥を見渡そうとも、破られた窓ガラスの破片と空虚な窓枠はどうやったって視界に入る。
それに被害は廊下のみならない。教室側も、階を跨ごうとも、被害に収集などついちゃいなかった。
……きっと、人間業ではこうはならんのだろう。
……だから、ふと、こんな風にも思ってしまう。
「……まさか、僕や岸辺さんみたいな超常現象が起こったんじゃないやろな」
だとすると、これはなかなかに歯痒い思いだ。これが諸現象の一つに留まるのか、または第三者の何者かの仕業なのか。もしも前者であれば超自然的な災害であり、後者であってもコレをしでかす輩である。どっちにしたって、不用意に接近しようものなら碌な目に合わないことだけは確かだ。
情報収集も兼ねてコンタクトを図ろうにも、手の出しようがない。
「……どうやら、この世界はオカシクなってしまったらしい」
それを改めて認識する程度にしか、この事件に価値を見出せなかった。
「……やけど、まぁ、この分やと文化祭は中止やろうなー」
「あれ、やっぱり文化祭中止はイヤなん??」
「……嫌かと聞かれれば、やっぱり寂しいってのもあるかもしれな――――――」
半分ほど言いかけたところで、バッと振り向く。
「――――――って、うっわ、びっくりした!久遠さん!?……あー、びっくりした、あー、びっくりした。なんっすか、急に話しかけないでもらっていいっすか、自分、驚いちゃうんで……っ!!」
えへへー、とまったく悪びれる様子もなく破顔する久遠さん。
背後に手を回し、下から覗き込むように僕の顔を窺っている。なんだ、こいつ、ちょっとあざとすぎやしませんかね、コラ。しかし、ちゃんと可愛いもんだから、ぐらり、と理性を持ってかれようとするわけだが。……あれ、あんた、なんで掃除用具持ってないん?持ち場は?掃除は?
「……でー、嫌なん?文化祭中止?」
「……まぁ、嫌っちゃ、嫌かなぁ?」
正直、文化祭のどの辺りが文化文化しているのかイマイチよくわからん程度には文化祭にわかな僕ではあるが、文明に生きるものとして、そして高校生として、この行事にそれなりの『価値』みたいなものがあるのだと思う。それに今年は三年生、つまり高校最後の文化祭らしいのだ。
思い入れなんてもんはない。そもそも、僕はここの生徒じゃない。
だけど、言葉にはしにくいけれども、寂しい気がしないでもない。
……だから、その、ぶっちゃけ嫌っちゃ嫌なのだ。
「へー、そっかー、ふーん??」
「……なんでそんなニマニマしているん?」
何が面白いのか、久遠さんは僕の返答に満足げな笑みを浮かべながら、
「実はねー、そうにはならんようにって、うちの担任含め『文化祭を楽しもー』って派閥が我が校のお偉いさんに直訴しているらしんやって。すごいねぇ、熱心やねぇ、感激やねぇ。……だからさ、たぶん文化祭は通常通り開催される手筈になると思うんよ」
「……それはまた、物好きというか、なんというか」
「そうやね、窓ガラスはこんなことなっちゃったけど、なんとかなるかもね!」
うちの担任、というと、昨日のあの担当教諭のことだろう。率直に言えばまだあの薄気味悪さは払拭しきれていないが、粋な図らいもするらしい。文化祭に前向きな行動や久遠さんの口振りからすると、一定の求心力はあったりするのだろう。
すると、やはり昨日のあの感覚は気のせいだったのか。
「あー、そう言えば、意外と被害らしい被害はなかったんやけどね、」
そう、久遠さんは教室の方を眺めながら、
「出店の占いに使う『水晶玉』が壊れちゃってたみたいで。あと他にも色々修繕や補修のことを考えると、ちょこっと材料が足りなくなったりするかもやねー、ってクラスのみんなから溜息が聞こえてきてたんよね」
「……それって、大丈夫な感じなん?」
「んー、大丈夫っちゃ、全然大丈夫やねんけどー」
何かを悩む所作のつもりか顎に指を当てながら、僕のことをジッと見つめる久遠さん。
ジッと見つめられるが、僕の方からジッと見返してやる度胸はなかった。わざわざ改めることもないのだろうが、彼女の端正な顔立ちに思わず変な気を起こしそうになってしまう認識が脳裏を掠める。破られた窓枠から吹き付ける微風にゆらりと流れる長い髪は、伸ばせば触れれる距離にあった。
「……あー、あのー、なんですか?」
小心者ゆえに、僕は耐えられなくなり彼女に話題を振った。
これ以上、彼女を意識しようものなら、僕は僕が血迷う未来が見える気がした。
具体的にどんなことをしてしまうのかはわからないが、きっと小っ恥ずかしいことな気がする。
「……よーし、決めた!!」
しかし、僕の懊悩など露とも知らないであろう久遠さんは、
「ちょーっと、待ってて!!」
いったい何を決心されたのだろう。まるでわからなけれども僕がそれを問い返そうにも、そそくさと教室の方へ戻ってしまった久遠さんの背中はもう届きそうになかった。元気いっぱい天真爛漫な姿は天使天使していて非常に良いのだけれども、なんで掃除用具を持とうともしないのだろう。
取り残されてしまった。はてさて、どうしたものか。
……とりあえず、掃き掃除の続きでもしようか。
なんて思っていたのも束の間、久遠さんが戻ってくる。やはり、掃除用具など持たずに手ぶらで。……手ぶら、なんだかちょっとエッチな単語ではないか。久遠さんは手ぶら。手ぶらの久遠さん。久遠さんが手ぶらで、手ぶらをしている久遠さん。なるほど、手ぶら、そういうことか。整った。
「ねぇ、この後さ、時間作ってよ」
「……あ、え、うん。ええけど。……え、なに、バックれのお誘い?」
くそしょうもない連想ゲームでエクスタシー充満中の僕に意図のわからない要求をしてくる久遠さん。
授業がないとは言え、仮にも今は平日の学業に勤しまなければならない時間帯。僕はおおよそ真面目な人種とは程遠いのだろうが、こうも公然とサボりを要求されると抵抗もあるわけでして。いや、まぁ、別にいいんですけどね。ただ僕じゃなくて他の人にも迷惑がかかるかもといいますか。
「えーっと、まー、ぶっちゃけそうやねんけど。……イヤやった?」
「……いや、嫌とか言ってないじゃないですか、絶対行きますよ?」
「なんでちょっと食い気味なん?……まぁ、いっか」
とはいえ、久遠さんにも思うところがあるのだろう。んんー、どうしよっかなー、、、などとぶつくさ呟いているようだったが、おそらくサボる言い訳でも探っているのだろう。とんだ不良娘だ。止めないけど。ややあって、よっし!!と、自分の中で納得の行った顔をする久遠さん。
「……ええっとな、織葉、」
甘っぽい声音。彼女の顔は徐々に熱っぽく、それでいて恥ずかしそうに控えめな目線になる。
……なんだ、これ。サボる常套句であればいくらでも提供するのだが、これはそういった類の話ではなさろうだ。むしろ、切羽詰まった、青色というか、春色というか、とにかく心臓が妙に跳ね上がり息の荒くなるような身体的障害を及ぼす感情を乱れを引き起こすような何かであるようだった。
これじゃあ、これじゃあ、まるで、、、
……久遠さんは、一呼吸置いて、こう囁く。
「デート、しよっか?」
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