第7話 七月二十一日、午前七時三十五分。
やはり、僕は変態(HENTAI⭐︎)だったのだろうか。
いや、人間はすべからく変態性を帯びているものだ。
「……だから、ほら、上の下着の着用方法を知っていたって問題じゃあないんだな」
流石にノー下着でセーラー服着用センシティブが過激でコンプライアンスが爆発なので上下の下着を着用したものの、見よう見まねで収まり良く着用できてしまった事実が変態疑惑の再燃の起因となったわけだ。さて、だったらセーラー服は、っと。
「…………あれ、セーラー服も、スカートも、スカーフまでも上手に着れちゃった」
事件か事故かで言えば事故であって欲しいのだけれど、事件な気がしてならない。
しかし、ほら、現代社会は個人主義かつ自由主義を標榜しているわけで。男の子を自称する人間だって訳あって上下の下着の着用方法並びにセーラー服の着用方法を趣味的に熟知していたって不思議ではないし、罪刑法定主義の建前上、男の子の女の子用下着の着用を禁じる法はないのだから法律的にはセーフなわけで。法律的にセーフなら全然セーフなわけで。全然セーフなら全然変態じゃないわけで。
つまり、世の中、知らんでいいことも沢山あるもんなんです。
……そうだ、そんな瑣末ごとなど隅にでも追いやっておいて。
「……とりあえず、僕のやるべきことは初登校に際して情報をまとめるぐらいはやっておくべきやろうな」
文机から丸ペンに白紙のルーズリーフを拝借する。
ひとまず錯綜状態にある現状のだから、情報整理をしよう。
『現状置かれている状況』
現状:①記憶喪失;自己に関する情報のみが抜け落ちている状態。一般常識等は人並みにはあるものだと思われ。
②性自認;女性の身体でありながら、男性を自認する精神。そこに食い違いがある。トランスジェンダー?
③人格の齟齬;上記の齟齬以上に、『僕』と『岸辺織葉』の人格的齟齬がある(気がする)(たぶん)。
行動:①『岸辺織葉』調査:情報収集手段が多いため優先。
②『僕』調査:逆の理由で後回し。
手段:ひとまず、西大津高等学校へ登校すべきなのかな。
『『岸辺織葉』に関する基礎情報』
名前:『岸辺織葉』
所属:『西大津高等学校』『三年一組』
性格:勉強量から見て真面目で努力家。
(訂正:真面目→クソ真面目、努力家→変態努力家)
追記:①おそらく一人暮らし(高校生で?)。
②大学受験を控えている(意欲高?)。
我ながら恐ろしく簡素な箇条書きな訳だが、まぁ、わかりゃあいいのですよ。
「……しっかし、はてなマーク乱発とは、まだまだ調査不足やなー」
そのための登校なのだが、『岸辺織葉』の情報は積極的に収集していけそうな分野なのだから頑張る他にない。それに『岸辺織葉』の理解はひいては『僕』の理解、または諸現象の原因究明も捗る一因になり得る可能性さえ秘めているのだから避ける道理もない。
だったら、蔑ろにする理由など毛頭もないだろう。
「……にしても、高校生が一人暮らしとは。なんだかなー」
一介の高校生という身分階級の人間が何ら事情無しに一人暮らしとは中々に考え難い。
見たところ金銭的に裕福な家庭のようにも思えない。しかし、目覚めてから僕は一人。
「……生活費のヤリクリとか、どないしてんねやろ」
未成年が一人ぼっちで金もないんじゃ野垂れ死ぬしか。
とはいえ、一人暮らしではない可能性も十二分に考えられる。例えば先ほど布団を片す際に押し入れを開けたのだが、もう一つの布団があった。来客用の布団だったのかもしれないが、世帯状況なんて隠匿するもんじゃない。だったらそのうちにわかりそうなもんだ。
「…………にしても、、、」
箇条書きのメモは未完成もいいところだ。
「……はてさて、すると、ホンマに『僕』は何者なんやろな」
西大津高等学校の校章・制服を忘れかけていたことから、『僕』にとっての自己の情報に西大津高等学校が組み込まれていたと考えるのは論理的と言えようか。それとも、早計と笑われようか。
仮にオカルト抜きの話で、『僕』が『岸辺織葉』であっとして。
さすれば、『岸辺織葉』の帰還は一体何を意味するのだろうか。
「……例えば、ストレス過多。クソ真面目の変態努力家の岸辺織葉ちゃんは日本人一億人にとっては割り切れる事象をウダウダ悩み続けた結果のペルソナ。すなわち、別人格の生成による逃避を試みた。……なーんて、ね」
仮の仮の話、性自認がストレスの主原因ともなれば全てが一貫する。
どうして僕の性自認が男であるのかの理由。
やけに僕が女の子の服装作法に詳しい理由。
全部全部忘却の彼方へ送ってしまった理由。
それら全て、『僕』が性自認に違和にストレスフルな女の子であったから、で、一貫する。
「……はははー。それで、とーっても都合のいい人格である僕が爆誕っというわけかなー?」
――――――あー、ふざけやがって。
――――――そんなもん、
――――――自殺の巻き添えじゃないか。
ただ、憶測に憶測を載っけただけに過ぎない仮説だ。もっと深い理由があったのかもしれない。僕なんぞでは与り知らぬ暗闇があったのかもしれない。百人中、百人が、「それは仕方がない」と宥めるお涙エピソードがあるかもしれない。
だけど、んなもん僕からすれば、どうでもいいのだ。
「……だって、君の帰還は直結して僕の死じゃないか」
僕はこれから『岸辺織葉』の調査を実行する。
その間、僕は様々な『岸辺織葉』を知ることだろう。彼女に同情するかもしれないし、彼女の生い立ちを見て手を差し伸べたくなるかもしれない。なんだったら『岸辺織葉』を好きになるかもしれない。
ただ、しかし、ゆめゆめ忘れちゃならんのだ。
「……どうせ生きてるんなら、死ぬまでちゃんと生きてやろう」
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