暴虐ダークエルフに感謝します
腐敗まんゴイヤ事件から三日後のことだ。
「邪魔するよ」
朝食の真っ最中だった食堂に突然背の高い女性が入って来た。子どもの一人が叫んだ。
「わあ、ダークエルフだあ!」
王国にはエルフの領地が二つある。東の森と西の森だ。ダークエルフは西の森に住んでいる。
同じエルフ族だがその性質は東と西でまったく違う。ダークエルフの肌は褐色で肉を好んで食べ、戦闘を好み、魔法の術にも秀でていた。むしろ魔族に近い種族なのではないかとウワサする者もいるくらいだ。
「あの、あなたはどなたですか。何の御用ですか」
この訪問は院長先生さえも知らなかったようだ。傍若無人にも程がある。
「あたしはふんにょーらぼの者さ。メルドってのはどいつだ」
自分の名前を呼ばれて尻の穴が縮みあがった。正直に名乗り出てひどい目に遭わされたらどうしよう、そんな不安が頭の中に渦巻いた。しかし黙っていても事態は収拾しない。勇気を出して立ち上がった。
「ボクです。ボクがメルドです」
「そうかい、あんたかい」
ダークエルフはにやりと笑うと食卓に叩きつけるように小さなガラスケースを置いた。中には黄褐色の細長いモノが入っている。
「何ですか、これ」
「あたしのウンコだ。今朝出したばかりでまだほかほかだよ」
「うわああー!」
食堂は悲鳴に包まれた。よりにもよって朝食が並んでいる食卓にウンコを置くとは、無礼千万極まりない。
「皆さん、外に出てください」
子どもたちを食堂から出すシスター。中にはボクとダークエルフと院長先生だけが残った。
「メルド、あんた細菌が見えるんだろう」
「細菌? 何のことですか」
「ちっ、まだ説明してないのかい。三日前、あんたが腐った果実に見た輝点さ。あれは細菌って呼ばれている微生物なんだよ。細菌視認能力を持つ人族は滅多にいない。あんたみたいな子どもとなれば尚更だ。だから今日はその能力が本物かどうか確かめに来たのさ」
院長先生を見た。小さく頷いている。ダークエルフの言葉はウソではないようだ。
「わかりました。それでどうすればいいんですか」
「このウンコの細菌を視認するんだ。そしてどんな輝点が見えたかあたしに教えな」
「やってみます」
ガラスケースの中のウンコに意識を集中する。目を大きく開けてウンコを見つめる。しかし輝点は見えてこない。
「輝点は見えません。このウンコに細菌はいないようです」
「はあ? バカなこと言うんじゃないよ。細菌のいないウンコなんかあるわけないだろ。もっとよく見てみな」
もう一度ウンコを凝視する。同じだ。何も見えてこない。そこにあるのはただのウンコだ。
「やっぱり見えません」
「あんた、何をふざけてんだい。ちょっと床に四つん這いになりな」
「えっ、どうして」
「さっさとおしっ!」
言われるままに四つん這いになると尻に激痛が走った。振り返るとダークエルフが鞭を振るっている。
「な、何をするんですか。痛い!」
「あんたが真面目にやらないからさ。尻の穴が緩んでいるから見えないんだよ。もっと尻穴に力を入れな。尻穴を締め付けな。そら、そら!」
「痛い痛い、やめてください」
鞭の音が食堂に響く。ダークエルフの片足がボクの頭を踏んづけているので起き上がることもできない。されるがままのボクの顔の前にウンコの入ったガラスケースが置かれた。
「さあよく見るんだ。またふざけたりしたら許さないよ」
尻の穴に力を入れる。歯を食いしばり大きく目を見開き食い入るようにウンコを見る。だが結果は同じだった。何も見えてこない。
「ダメです。ウンコしか見えません」
「ちっ、そんなことだろうと思ったよ」
頭が自由になった。ダークエルフが足をどけてくれたのだ。
「とんだ無駄足を踏まされちまった。おかしいと思ったんだ。細菌が見える人族の子がいる、そんなバカな話を信じちまうなんて。あたしもどうかしてたよ」
「いいえ。間違いなくこの子には見えたのです」
院長先生は毅然とした態度を崩さない。ダークエルフの機嫌がさらに悪くなる。
「だったらどうして見えないんだい。果実の細菌よりウンコの細菌のほうが遥かに視認しやすいのにさ」
「まだ能力をうまく使いこなせないのだと思います。もう少し様子を見てください」
「口では何とでも言えるさ。どうせ腐った果実の話もウソだったんだろう。まんまとだまされたよ」
「ウソではありません。謝罪してください」
院長先生は明らかに怒っている。こんなに感情的になる院長先生を見るのは初めてだ。
「謝るのはウソを言ったあんたのほうだろう。ああ話にならないねえ。これ以上ここにいても時間のムダだ」
ダークエルフが出口に向かう。院長先生が腕をつかんだ。
「お待ちなさい。これだけの無礼を働いて謝罪もせずに帰るのですか。少なくともメルドには謝るべきです」
「うるさいねえ、お放し」
ダークエルフが院長先生を突き飛ばした。よろけて床に倒れる院長先生。ボクの中で何かが弾けた。尻穴が熱を帯び始めた。怒りが込み上げてきた。
「やめろ、院長先生に手を出すな!」
ボクの怒声を聞いて驚くダークエルフ。が、それはすぐ不敵な笑いに変わった。
「へえ、いい面構えをしているじゃないか。そうかい、あんたは自分じゃなく他人への暴力で本気になるタイプなんだね。それならこうだ!」
ダークエルフの鞭が院長先生の背中を打った。顔に唾を吐きかけた。もう我慢できない。ボクはダークエルフに突進した。が、それはあまりにも無謀だった。ひらりと体をかわされ、つんのめった背中に肘鉄を食らい、ボクの体はまたしても床に這いつくばってしまった。ダークエルフに頭を踏みつけられる。
「さあ、この女の顔を見な。あたしの唾を見な。何が見える。どんな色が見える」
ボクの前には院長先生の顔があった。右頬が濡れている。あれがダークエルフの唾なのだろう。悔しさに歯ぎしりしながら両眼に意識を集中する。尻穴が熱くなる。視界が変わる。
「あれは……」
見える。まんゴイヤと同じ小さな輝点が唾の中に見える。それは本当に不思議な光景だった。
「紫色の輝点が、見えます」
頭が自由になった。腕をつかまれて引き上げられた。院長先生も立ち上がっている。
「手荒な真似をして悪かったねメルド。あんたの能力はしっかり確認させてもらった。だがまだ不十分だ。仮採用になったら毎朝自分のウンコをしっかり観察しな。本採用試験までに確実に細菌が見えるようにしておくんだよ」
「まあ、それはつまり……」
「ああ、そうだよ。メルドはふんにょーらぼで働いてもらう。詳しいことは人事部のヤツらと話して決めておくれ。失礼するよ」
「やりましたね、メルド」
さっきまでの怒りはどこに行ったのか、院長先生は上機嫌だ。
「待ってください」
「なにさ」
「名前を教えてくれませんか」
苦笑いするダークエルフ。自分で自分の無作法に呆れているようだ。
「そういや、まだ言ってなかったね。アルピニイさ。らぼであんたと一緒に仕事することはないと思うけど、一応よろしく」
アルピニイさんが出ていくと、まるで台風が去ったように食堂は静かになった。床にはウンコの入ったガラスケースが落ちたままだった。
「もしあの果実が腐っていなかったら、アルピニイさんに能力を引き出せてもらえなかったら、今、ボクはここにはいなかっただろうなあ」
その後らぼとの話し合いの結果、一二才になる今年の四月かららぼで仮採用されることが決まった。
孤児院にいられるのは人族なら一五才まで。エルフ族なら百五十才まで。それまでに働き口を見つけて独り立ちしなくてはならない。何の取柄もないボクのままだったら、きっとロクな仕事は見つけられなかっただろう。
「さあ、お掃除に取り掛かるか」
便器の底を開けて糞を便槽に落とし、容器の尿を貯尿槽へ流す。桶の水に雑巾を浸し、よく絞って便器を拭く。心を込めて丁寧に磨く。
「ひとつ磨いて神のため、ふたつ磨いて我のため……」
脱糞後の便器掃除も大切な仕事のひとつだ。厠棟の個室で用を足したらぼ関係者は必ず拭き掃除を行わなくてはならない。部長も室長も所長も全員だ。清浄魔法を使える者も魔法を使ってはならず必ず雑巾で便器を磨くように義務付けられている。
「女神シリアナ様、今日も良き糞尿を恵んでいただきありがとうございます。この恵みを永遠に私にお与えください。あすほー!」
図太いウンコと勢いのあるオシッコを得られる幸福。この幸せがいつまでも続きますように!
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