第4話

 回廊。

 私たちはそう呼んでいる。この超巨大な建造物、建造物のような空間。彼女、アサミが収容されているホールもそのうちの一つで、いつも彼女の為のスープを受け取る厨房もまた同じだ。自分もここに招かれてからそこそこの期間が経ち、普段から利用している場所に限っては幾分か慣れることも出来てきた。

 正直ここを外から俯瞰することができるのだとしたらどんな形をしているのだろうか。私たちから見える回廊の内壁は殆どの場合、人間が歴史上建造してきた建築物や、自分は知らなくとも世界のどこかには存在するだろう内壁材で構成されている。それが時にはランダムに、時には一定の人為的法則性を感じさせながら繋がり続けている。空間は区分けされ続けており、その境界には明確な扉らしき構造が表現されている。だからこそ私たち居住者からすれば、この場所は洞窟に迷い込んだというより、大きな美術館か学校、はたまた大聖堂の中をさ迷っているような気分にさせられる。誰も間取りを完璧には覚えていないし、覚えきれないと言った方が妥当かもしれない。皆自分の使う所だけ覚えて、もし他の場所に用がある時はその辺りを知っている人に連れていって貰う。そうしてひとまずのコミュニティが成り立っている。

 そしてここの最大の特徴を上げるなら、それは空間の殆どの部分、メインストラクチャーが果てしなく長い廊下であるという事だ。様々な様式の長い長い廊下が何度も折れ曲がり分岐し切り替わりながらひたすら展開していく。その廊下に付属するように部屋が生まれ、我々はそれを利用している。故に「回廊」。最初に誰が呼び出したか分からないが、ここに来た人たちの耳には大抵これがしっくり来るようで、そのうちの一人が私自身だった。

 「「回廊は生きている。」」

 誰もがここに着いてからそれ程の時間も経たずに理解することだ。回廊は常に伸び続け、新たな部屋を生み出しながら変化し続けている。どこがどう伸びるかは正直な所誰にも分かっていない。ただしばらく住み続けているうちに、自分たちの生活圏内ではもう展開する気配の無い場所をいくつか見つけ、言わば「休回廊」とでも言うべき場所にひとまずの小さな安寧を築いた・・・。

 『で、明日行く所の"つきあたりの住人"、家主様については本当になにもわかってないの?ドアの窓に影が映ったり、音や香りがしたり、前にはそんなこともあったでしょ?』

 「本当に何もわかってない。とんだ居留守野郎さ!今も交代制で観測班が双眼鏡握りしめながら報告を続けてくれている。明日は彼らにも何か差し入れしてやりたいんだがな・・・。・・・!これもアップルパイの口実にしよう!」

 『上手くいくといいわね。でもあの回廊は角度も凄いし、中々利用するのは難しそうよね・・・。』

 「ただ今回は少し居住区に近すぎる。放っておく訳には行かないのも実際なのさ。」

 伸び続ける回廊には家主がいる。これも最早周知の事実となったが、彼らの存在の本質についてはまだ殆ど分かっていない。少なくとも私たち人類からしたら超常の者たちであり、その所在はほぼ伸びる回廊の最奥つきあたりに出現する扉の奥の部屋だ。彼らの意図は分からない、ただ今までも彼らに危害を加えられた仲間は多く、結果的に死んでいった者も沢山いる。この目で見た事実だったし、自分が回廊に来る以前を知る人々からも口伝で伝わる長い歴史のようだった。

 『じゃあ、明日のアサミと私の仕事はなんなの?あなた達がどう思っているかは知らないけれど、アサミは普通の女の子よ。大人が総がかりでやってもどうにもならない事を押し付けたって何にもできやしないわ。』

 「明日、君たちに『してほしい事はコミュニケーションだ。』だそうだ。」

 『いつもの言伝ね。』

 「・・・すまんな。そこで俺はこう考えた!まずはアサミにロープを結び付けて出来る限り廊下の端に降ろす。今うちの調達したロープならまだ届くと見込んでる。だから最終目標は『扉のノック』だ。俺の見立てでは奴らにも人間らしい作法みたいなのはあるっぽい。ならノックにも応じる可能性は十分にある!それがアサミみたいな女の子なら尚更だろう。多分。」

 『私が言いたいのはアサミに』

 「俺も一緒に降りる。」

 『・・・守れるの?』

 「アップルパイを食わせてやりたい。」

 『・・・正直、私はあなたのことが分かり切っていません。でもここでは「安全」ばかり求めていても何も進まない。それを理解しているからあなたに協力しているの。』

 「少しでも良くしよう、俺たちのここでの生活を。仲間意識だとか家族だとかは俺も正直どうでもいい。ただ俺はアサミにもう一度"外"の楽しさを知ってほしいと今は思っている。少なくとも彼女が多少なりと唯一心を開いてくれているだろう、俺という男のエゴだ。」

 『協力しましょう。現状の私たちに舞い降りた唯一の建設的選択であり、そこにあなたという人物に対してのクレジットがあるからこそ成立している事を今一度確認して下さい。契約しましょう。』

 「契約の成立を感謝する。」

 さぁ、今日の残されたタスクが一つ終わった。明日は多分大変な1日になる。できることなら早めに寝たい・・・。

 「おーい!湯舟の中で寝てないか!?」

 「フガッ!?!?」

 危なかった。

 「寝るならベッドで寝なさい。風邪引いたらアップルパイは」

 「わかってる・・・」

 眠たそうな声が返ってきて、今日もそろそろ暮れなのだと実感してくる。回廊は全体的に窓が少ない。どうやら時間と差し込む"日差し"は連動しているようだけれど、やはり時間感覚はどうしても狂いがちだ。ずっと部屋に籠ってるのに朝に目が覚めて(遅いけど)夜には眠くなる彼女の体質が少し羨ましい。

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