第4話 別れ道

 フィオナの身体能力は、騎士を目指すのに十分な才能を持っていた。一つ難点があるとすれば、頑張ってトレーニングを積んでも筋肉が着きにくくいつまでも細いままな事くらいか。体格が伴わないために相手に侮られる事をフィオナは悔しく思っていたが、持久力も瞬発力も、リュカに負けないだけの実力をつけていた。

 ハドクリート伯爵家の双紫珠と呼ばれた二人は、その美しく流れる長い銀髪と深い紫の瞳という珍しい色と似た美貌の双子ということも相まって、他国にもその存在が広く知れ渡っていた。それも、男女の双子でありながら二人ともが騎士になり、神聖ルグドゥル国の王太子及び第二王子の警護に当たっているという事で、国王主催の舞踏会や夜会には二人を一目見ようと年頃の令息や令嬢が押し寄せた。警護の任務についているためにダンスに誘う事は出来ないが、凛々しく式典用の騎士服に身を包む二人を遠巻きに見るだけで気を失う令嬢が続出すると、休憩室の数を増やす程だった。

 あの高熱を出した、7歳になった夜から9年。リュカはレオナルド第二王子の主席護衛騎士に選ばれた。本来なら国王が護衛騎士に欲しいと言ったが、リュカの希望が通った結果だった。

 フィオナはエドワード王太子の次席護衛騎士となっていた。フィオナ自身はレオナルドの護衛騎士を希望していたが、こちらはエドワードの希望が通ったかたちだった。

 主席護衛騎士には、エドワード王太子と同い年で幼馴染であるウィリアム・キンバリーがなっていた。

 神聖力の有無は基本的に騎士になる上で影響は無かったが、主席護衛騎士には有事の際に護衛対象に治癒魔法がかけられるという事が必須である為、神聖力が考慮の対象になった。フィオナは9年前に神聖力を失った後、努力や訓練によって神聖力が蘇る事も無かった為、主席護衛騎士にはなれなかった。このこと事態は、仕方が無かったと思う。納得がいかないのは。

「何故私はレオナルド様の護衛騎士にはなれなかったの?」

 レオナルド第二王子を帝国へ送り出す人事が発表された夜の、国王主催の激励の夜会。

 半月後にはレオナルド第二王子は今日発表された人達を引き連れてリドルグラシア帝国へ旅立つ。その名簿には、リュカの名はあったが、フィオナの名は無かった。名簿は昨夜のうちに既に帝国へ向けて知らせを出されていた。

「納得がいかないわ」

 王子達を目で追いつつ、フィオナはリュカに話しかけた。リュカと一緒に頑張って来たし、レオナルドとは幼い時から、エドワード王太子よりも長い時間を共に過ごして来た。よほど気心が知れているというのに。

「仕方がないよ。レオナルド様も希望を出されていたが、エドワード様も希望を出されていて、最終的に国王陛下が決められたそうだ」

 モテモテだな。

 くすりと笑う兄に、笑い事では無いと嘆息する。

「このままでは、兄様はレオナルド様と一緒にリドルグラシア帝国に行く事になってしまうわ。私はエドワード様についていたらルグドゥルに残る事になるし」

「なら、騎士を辞めて私についてくるか。どうせ帝国に一度籍を移せば、二度とルグドゥルには帰れない。お前が来るなら、私の心配事も一つ減るのだが」

 たとえ、今はレオナルドの護衛騎士になれなくても、騎士を続けていたらいつかなれるかもしれない。諦めたく無かった。

「騎士はやめられないわ。ずっと憧れて、やっとなれたのだから。……兄様の心配事って何?」

「お前が馬鹿をやらずにちゃんと騎士としてやっていけるか」

「もうっ!」

 視線は王子達に注ぎながら、フィオナは隣に立つリュカの腕を肘で突いた。

「私も一緒に帝国へ行きたかったわ」

 フィオナが、王太子から視線を外してリュカの、今はかなり上になった濃い紫の瞳を見上げた。

 昔から、フィオナはレオナルドに仕えてリュカと一緒に帝国に行くのだと言っていた。

 レオナルドは必ず帝国に娶られる王子だ。彼に仕えれば、帝国に行く事は必至であり、帝国に一度籍を移せば神聖ルグドゥル国には二度と帰れない事も、神の誓約に絡んだ創国からの両国の決まりだった。

 フィオナの言葉に、リュカが静かに幾分低い位置にある濃い紫の瞳を静かに見下ろした。

「フィオナ。今は護衛中だ」

「わかってるわ」

 多くの貴族達に囲まれて挨拶を受けている王太子が、少し目を離した隙にいつの間にかフィオナを見つめていた。

「フィオナ」

隣からのリュカの声に、フィオナは振り向かずに次の言葉を待つ。

「全てが、お前の望む結果になりますように」

 意味がわからず、フィオナは思わず再度リュカを見上げた。

 リュカは、フィオナを優しく見つめていた。

「兄様?」

「フィオナ。お前を愛してる」

 何故今、そう言うのかがわからない。

「……リュカ?」

 職場で名前を呼ぶ事は無かったのに、急に訳の分からない危機感を感じて、フィオナはリュカの名を呼んだ。


「今までも、これからも。私はお前だけを愛しているよ」


 誰か、知らない人のような、知りすぎる程知っている人のような。自分と同じ深い紫のリュカの瞳が、自分では無い人を見つめているように。やっぱり、あり得ないほど深く自分を見つめてあるように、フィオナを見つめていた。


「ハドクリート卿。私はもう部屋へ帰る」


 突然背後から声をかけられて、フィオナを現実の世界へ引き戻されたような感覚が襲った。振り返ると、エドワード王太子がキンバリー卿を従えて此方へ歩いて来ていた。

「レオナルドは今夜の主役だ。まだ会場に残らねばならないだろうから、リュカはここに残るといい」

 アイスブルーの瞳に険しい光をのせる王太子に、リュカは静かに頷いた。

「畏まりました」

「明日からの帝国との打ち合わせもある。ウィリアム、フィオナ。ついて来い」

 短く返事をして、ウィリアムとフィオナはエドワードに従った。

「また明日」

 すれ違いざまに小さく囁いたリュカに、フィオナは消化不良に陥らせた兄に不愉快な顔を向け、リュカはそんな顔のフィオナに苦笑した。


 それが、フィオナがリュカを見た最後になった。

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