不器用

田土マア

不器用

「ねぇ、田代さん。 また洗い場にゴミ落ちてたよ。 しっかり拾ってゴミ箱に捨ててね」


 目も合わせずに冷たいと思えるくらい無表情なトーンで山岡さんは伝える。そのセリフを置いていくと山岡さんは自分の持ち場に戻っていく。田代はこの先輩怖い。と思うようになっていく。田代は仲がいい先輩に相談するが、先輩は田代に

「山岡はいつもあんな感じだよ。 まぁ、そんなに気にしなくていいと思うよ」とそっとアドバイスするだけだった。


 しかし、田代の目には他の先輩たちと仲良さそうに話す山岡さんの姿が映り込む。何故自分にだけ冷たい態度をとるのか田代には理解が出来なかった。いつもは無表情というくらいムスッとしていて、言葉は鋭いナイフのようにサックリしている。田代の同期の勝本には山岡さんの態度が違うことも見て取れた。


 勝本に田代は嫌われているんじゃないだろうか、何か気に触ることをしたのか聞いたが、勝本も首を傾げるだけで

「僕には山岡さん優しいよ? 田代がなんかしたんじゃない?」と特に気にしていない様子だった。

 田代はこの飲食店のアルバイトの居心地が良いようで、どこか心地の悪いマーブル模様のようにぐちゃぐちゃになった気持ちを抱える。


 ある日、先輩が田代の事をどう思っているのか山岡さんに聞いた。

「田代くん? 期待の新人だと思ってるよ? たまに抜けるところがあるけどね」と笑って話す。また先輩は山岡さんに言葉を重ねた。

「田代くん少し気にしてたよ。 何か山岡に悪いことしたんじゃないかって」

 山岡さんは目を丸くさせた。

「うそっ! そんなつもりはなかったんだけどな。だって田代くん今期の新人の子たちの中で誰よりも仕事できるし、私のお気に入りではあるんだけどなぁ。」


 山岡さんは田代には期待をしているからズバズバ物事を言ってしまうらしい。それが空回りして気持ちのすれ違いが起きていることを山岡さんは気づいていなかった。


「田代くん、ちょっといい?」

 田代を呼び止めた声は一人の先輩だった。

「山岡は田代くんのこと気に入ってるみたいだよ」と笑顔で言うが、田代にはなんの事かさっぱりのようだった。あんな態度を取られてお気に入り?田代の頭はハテナがいくつも浮かんだ。

「あいつさ、不器用なんだよ。 田代くんに期待してるみたいで、あんな物言いになったちゃったみたいなんだ。 だから別に嫌いだとか気に食わないってとこじゃないみたいだからさ。 あいつのこと許してやってくれないかな?」

 田代には何を言っているのか理解が出来なかったがいわゆるツンデレで不器用な山岡さんのことを少し好きになった気持ちになる。


 事務所で休憩をしていた山岡さんに田代は近づいていく。イヤホンをして音楽を聴きながら読書をしている山岡さんに田代の声は届いていないように見えた。しかし山岡さんは実は田代の声が聞こえていた。

「山岡さん、ごめんなさい。 なんか勘違いしてました。 山岡さんのこと何も知らないのにただ怖いだとか、避けてしまってすみませんでした。」


その言葉をうっすらと耳に入れた山岡さんは本を読んでいるふりをしながら内心は嬉しい気持ちで溢れたこと、田代を立派なアルバイターにしてみせると山岡さんは心に誓った。

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不器用 田土マア @TadutiMaa

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