第10話 殴られ屋は今日も
「今日はこないよなぁ。さすがに」
店内のカウンターに突っ伏しながら、愚痴る一人の男がいる。
彼の名は
平均的な身長に平均的な体重の、どのクラスにも一人はいそうな普通の男である。
歳は二十五歳。
名前からわかる通り、日本からグラルディオラという異世界に転生した日本人である。
そして、生粋のドMである。
「『今日は』じゃなくて『今日も』でしょう。こんないかにも怪しい店に入る人なんていませんよ。バカなんですか?」
店の奥からピンクの髪をした女の子が、達道をけなしながら出てきた。
彼女の名前はウルティア・テステート。
昔、困っているところを達道に助けられてから、なんだかんだこうして行動を共にしている。
そして。
「ウルティアさん、掃除終わりました!」
額に浮かび上がった汗を腕で拭きながら、爽やかな笑顔を浮かべているのはサシャ・クリスタプルだ。
エプロン姿に箒という姿がとても愛らしい。
サシャはタガウス邸での一件のあと、暇なときはこうして『殴られ屋』で働いてくれることになった。
ニコルとカノンもときどきお手伝いにきてくれる。
サシャを助けにいく前に、達道たちは二人を助けていた。
そのときの華麗な――幼子の目にはそう映ってしまった――救出劇はニコルとカノンの脳裏に深く刻まれ、二人とも達道に憧れを抱いてしまったので、サシャとウルティアはことあるごとに。
「あんな変態みたいになってはいけません」
と二人に言い聞かせている。
そして、それを耳にした達道は。
「ああっ! その言葉もたまらんっ!」
と興奮しているので、まあその対応はすべて正しいのではないだろうか。
ちなみに、達道にやられたタガウスは、これまでに行ってきた様々な悪行が白日の下にさらされ、現在刑務所の中。
これまでに稼いだお金は、被害者やその親族たちに分配されることになり、彼は無一文に。
サシャもかなりの額の賠償金を手にしたため、彼女は晴れて貧乏から卒業することができた。
達道の紹介で宿屋の看板娘として住み込みで働けるようにもなり、衣食住に困ることはもうない。
…………え?
貯蓄も働くところも住むところもあるのに、なんでサシャは暇を見つけては『殴られ屋』の運営を手伝っているのか、だって?
そんなのは……ほら、まあ、説明するのは野暮というものだろう。
やっぱりいろいろと引き寄せ合うんじゃないかな。
磁石のS極とM極みた――S極とN極みたいにね。
「ありがとうございます、サシャさん。サシャさんは仕事が丁寧なのですごく助かります。どこかのでくの坊とは違って」
「んんっ! 不必要な場面で俺を罵倒してくれるなんて、やっぱりウルティアは素晴らしいよ!」
「そんなことはないです。お掃除ならいつも家でもやっていますし、慣れてますから」
まんざらでもなさそうに謙遜したサシャは、箒を壁に立てかけると。
「それで、次はなにをしたらいいですか」
「えっと……そうですねぇ。次はじゃあ棚の」
「もちろん次は俺を殴ってくれるんだよね? さぁ! はやく! 欲望のままに!」
指示を出そうとするウルティアの前に、達道が両手を広げて割って入る。
背後から聞こえるウルティアのため息も興奮のための素敵な調味料だし、なにより目の前でにっこりと笑うサシャの。
「私はウルティアさんに聞いているんです。変態はどこかにいってください!」
「うん! やっぱりサシャ様はサシャ様だぁ! もう最高っ!」
達道は熱くなった体を抱きしめて、その場に倒れてしまった。
「もう、達道さんは本当に達道さんですね! なんだか最近サシャさんの罵倒の方にばかり興奮している気がします! 私のだけだと満足できないって言うんですか?」
「……ごめん。ウルティア。興奮しててなんて言ったのか聞き取れなかった」
その言葉を聞いたウルティアはこめかみをピクリとさせ。
「本当にそういうところですからね! 達道さんは一生こうして這いつくばっていればいいんです!」
と足で思い切り顔を踏みつけた。
もちろん達道は、なんだか知らないけど最高! と昇天する。
「安心してください、ウルティアさん。私がこんな変態に憧れも好意も抱くわけがないですから」
「……サシャさん」
それを聞いたウルティアは安堵の笑みを浮かべながら、達道の顔をぐりぐりとする。
「このぐりぐりもサシャさんの追い打ちをかけるような罵倒も最高だっ!」
――とそんなことをやっているうちに。
「す、すみません」
店の扉がゆっくりと開き、扉の隙間からショートカットの赤い髪が特徴の女性が現れた。
彼女は床に這いつくばっている達道と、その顔を踏みつけているウルティア、そんな二人の隣で満面の笑みを浮かべているサシャを見て。
「……や、やっぱり私にはまだ早そうです! 失礼しました!」
「あっ! 待って俺の素敵な女王様ぁ!」
うん!
殴られ屋は今日も通常営業です!
殴られ屋、はじめました 田中ケケ @hanabiyama
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