第5話 ハートシェアリングという奇跡
サシャが帰っていったあと、達道とウルティアはサシャが好きなようにぐちゃぐちゃにした部屋の中を見渡していた。
二人の顔に笑顔はない。
死んでしまった人が生前使っていた部屋を見ているときのような、寂しげな表情を浮かべている。
「達道さん。どうでしたか?」
「どうもこうも、悩みが深いのは明白だったじゃん。これまで隠していたドS性癖を解放させて、しかも『殴られ屋』なんて怪しい店に入って人を殴るくらいなんだから」
「そうですね。……これからどうします?」
「どうって、そりゃ悩みを知ったからには、解決するに決まってるさ。俺を殴ってくれた恩もある。そもそも、俺のドM心を満たしつつ誰かの悩みに寄り添うために、この『殴られ屋』を開いたんだから」
達道が笑みを浮かべると、ウルティアは呆れたように頭を垂れた。
「殴られたことを恩に感じるって、普通に考えたらおかしいですけどね」
「すまんな。普通じゃないドMで」
「ほんとそうですよ」
「いや、待ってくれ。ドMは殴られて喜ぶのが普通だから、普通じゃないドMは殴られても喜ばない、つまりただの人間……ってことは俺が普通じゃないドMというのは間違ってるんじゃないだろうか! だって俺は普通のドMだからっ!」
「いまはそんな屁理屈どうだっていいです! 結論がなぜか正しそうに聞こえるのが余計にムカきますし、バカもほどほどにしてください!」
「バカをほどほどにする前に、俺はとりあえずウルティアからバカと連呼されたいと思っています」
「もう! 達道さんのバ……っ」
ウルティアは達道の誘導どおり、思わずバカと言いかけてしまった。
「バ……? なにかな?」
期待を込めた目でウルティアを見る達道。
頬が上気しており、呼吸も荒い。
「だから、達道さんの……達道さんの……」
そんな達道を見て、このままバカと言ってしまうのは達道に負けた気がして気に入らないと思うウルティア。
ただ、心の奥からふつふつと湧き上がる怒りのようなものは吐き出したくて、達道にぶつけておきたくて、別の言葉を口にする。
「こ、この鈍感男っ! ……って」
言ったあとで、含みのある言葉だったかもしれないと恥ずかしくなったが、こうなったらもう勢いに任せようと開き直る。
「でも、……私は」
もじもじと身をよじらせつつ、ちらちらと達道を見やり。
「達道さんの困っている人を見捨てられない、そういうお人好しなところが、嫌いじゃないというか、むしろ結構好きな方というか……」
「…………俺はド直球な罵倒を望んでいますが?」
「もう! 達道さんのそういうところですよ! そういう欲望にストレートなところだって嫌いじゃありませんが、直接言われるとそれはそれで気持ち悪いのでやめてください。この超ド変態バカ男っ!」
最終的に達道の要求を呑んでしまうあたり、私の方がお人好しなんじゃないか、このドM男を甘やかしすぎなんじゃないか、と思うウルティアであった。
歓喜の表情で身悶えする達道を見て、ウルティアはこの人と一緒にいることを選んだ過去の自分の判断を疑わずにはいられなくなった。
「はうっ! やっぱりウルティアの罵倒は素晴らしいぃ! もっと、もっとほしいぃ」
「こ、これ以上はあげませんからねっ!」
そっぽを向いたウルティアの顔は羞恥で真っ赤に染まっている。
「というより、はやく【リペア】と【ヒール】をかけてください。いつまでも部屋がぐちゃぐちゃ、隣にいる人があざだらけでは落ち着きませんから」
ウルティアの指示通り、達道は部屋に【リペア】、自分に【ヒール】をかける。
壊れていた家具や床にぶちまけられていた料理、割れた皿、塗料のついたカーテンに至るまで、部屋の中にあるすべてのものが、サシャがやってくる前と同じ状態に戻った。
達道の体の傷もなくなった。
「ふぅ、これでよしと」
「でも、本当にすごくて、おかしな力ですよね」
部屋の中を見渡しながらウルティアがつづける。
「日本? という世界から転生してきて、その際に神さまから『ドMの神髄』なんてバカみたいなスキルをもらったと言われたときは、この人正気っ? って疑いましたけど、殴られるだけで相手の悩みを読み取れるんですから、ドMの変達道さんにはぴったりのスキルですよね」
「ああ、本当に神さまには感謝感激雨あられだよ。しかもこうしてさらなる快感を……」
達道は部屋の中央まで歩いていって、両手を上に掲げる。
「【ハートシェアリング】!」
そう唱えると、部屋の中にあるものが白く光りはじめ、光の粒子のようなものが漂いはじめる。
その光の粒子が達道の周りに集まり、体の中に入っていく。
「んっ、ああぁ……すごいぃ」
また興奮しはじめる達道。
それもそのはず。
達道が発動させた【ハートシェアリング】は、事前に触れていたものが受けた痛みや屈辱、苦しみ等を共有できる技だ。
つまり達道はいま、ベッドや机が破壊されるときに受けた痛みや、料理や皿が床に落ちたときや踏みつけられたときに受けた屈辱を追体験しているのである。
そして、それらの苦痛を与えた人間が、苦痛に込めた思いも一緒に感じることができる。
「ほ、本当に素晴らしいぃ。この快感、奇跡だぁ」
ふらふらとよろけはじめた達道の体をウルティアが支える。
「痛みを喜べる達道さんの存在の方が奇跡なんですけどね」
「ありがとうウルティア。……さて、明日にはサシャさんがひどい目にあってしまう。準備はすべて整ったし……報いは必ず受けてもらわないとな」
「そうですね。悪は必ず成敗しましょう」
「できれば彼らにもドMの喜びを感じ取ってほしいけどな」
「達道さんみたいなドMが他にもいるわけないじゃないですか。達道さんは特別な存在なんですよ」
「それ、もしかして俺のこと褒めてる?」
「バカにしてるに決まってるじゃないですか。どう読み取ったら褒めてると勘違いできるんですか?」
達道とウルティアはけなしけなされ合いつつ、お互いに目を見合わせる。
そのときの二人の顔に笑顔はなく、秘密の特命を受けたスパイのように険しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます