第4話 本日限りの快感
「はい。仕方なく持ってきましたよ。じゃあ早速いきますね」
鞭を手にして部屋に戻ってきたウルティアは、すぐに達道に向けてその鞭をふるう。
鞭の先端が達道の右腕に直撃すると、バチンッ! という鈍くも甲高くも聞こえる独特な音が響きわたった。
「んんっ! かい、かんっ…………っていまは喜んでいる場合じゃなかった」
ぶんぶんと首を振った達道は、赤と青が混じった直線状の傷をサシャに見せたあと、上から左手をかざし。
「【ヒール】」
リペアのときと同じく傷が淡い白の光に包まて――サシャがまばたきする間に、傷ひとつないきめ細やかな肌へと戻っていた。
「うわぁ。本当に治りました!」
感嘆の声を上げたサシャは、達道の腕をいろんな角度から凝視している。
「ね。だから遠慮なんていらないんだよ」
「はい! ありがとうございます! これで心置きなく達道さんを殴れます!」
一礼してから顔を上げたサシャは、満面の笑みでパンチンググローブをはめ直している。
「うん! その笑顔を待っていたよ。いま心に宿っている気持ちをいつまでも大切にしてぜひうちの常連に」
「だからそんな気持ちを大切にしないでください!」
その後、ぷんすかと頬を膨らませたウルティアが部屋の外に出ていき、サシャと達道は二人きりなる。
できるだけ人の目をなくして心の解放を躊躇しないように、という達道の配慮である。
また、当事者以外の第三者がいると【ハートシェアリング】がうまく発動しない可能性があるので、殴られるときは二人きりが望ましいのだ。
「さぁ、改めて俺の顔でも肩でもお腹でも、好きなところを思い切りバコーンしちゃって!
「では、どおおりゃああああああ!」
サシャが思い切り達道の顔をぶん殴る。
達道は衝撃で吹っ飛ばされ、椅子を巻き込みながら床に転がった。
「ナ、ナイスパンチ」
思った以上の衝撃に、達道の細胞がぞくりと歓喜の悲鳴を上げる。
「さぁ! もっと! もっと欲望を解放するんだ!」
鼻血を垂らしながらサムズアップし、さらなるパンチを求めると。
「はい! 今日はとことん楽しみますからぁ!」
高揚感に包まれて足枷が外れたサシャは、これまでの鬱憤を晴らすかのごとく達道を殴って殴って殴りつづけた。
ついでにテーブルの上の料理をぶちまけたり、棍棒でベッドを真っ二つに破壊したりと、己の欲望に忠実に従いつづけた。
「どうもありがとうございます! おかげですごくすっきりしました!」
ノックアウトされて、床の上で大の字になっている達道に向けて、深々と頭を下げるサシャ。
サシャの頬が上気したままなのを見て、達道は、この子はいずれSM会の大物になるぞぉ、と将来が楽しみでたまらなくなった。
「でも、本当に無料でいいんですか? こんな、なんていうかめちゃくちゃストレス発散させてもらったわけですし」
「いいんだよ。俺にとってこれはご褒美。むしろ毎日のようにきてもらって構わないよ。サシャさんには才能があるからね!」
「褒められてる……と受け取っていいのかどうかはわかりませんが、とにかく本当にありがとうございました。貧乏なのでお金がかかることはどうしても躊躇してしまいますが、ここは無料なので好きなときに好きなだけ変態の達道、略して変達道さんを殴ってストレス発散できますもんね」
「ううあっ……こんな年下のかわいい女の子に変達道なんてバカにされるなんて…………なんて快感なんだぁ。至高! まさに至高のひとときっ! もしよかったら明日もきてくれないか? 予約していくかい? サシャさんならいつでもオッケーだよ!」
達道は鼻息荒くサシャの目の前まで歩み寄って、その小さな手を取る。
「あ、その…………」
それまで目を燦燦と輝かせていたサシャは、申しわけなさそうに目を逸らしながらぼそりと。
「私個人としては、ぜひともお願いしたいというか、本当に素敵なお店を見つけたと思っているのですが……その、明日は、というかまあ、今日が最後というか……、私はもう、その……ここにくることはできないと思うので」
「えっ? どうして?」
驚愕の事実に、絶望する達道。
「それは……本当にごめんなさい! でも、もう私が自分で決めたことなんです。だから、今日こうしてこの『殴られ屋』を見つけることができて、これまで隠してきた自分の欲望を解放できて、本当に幸せでした」
そう言って笑ったサシャの顔には、なんとも言えない哀愁が漂っていた。
「そうか。サシャさんは将来有望だと思ったんだけど、そういうことならしょうがないね。サシャさんの今後に希望が満ちあふれていることを願っているよ。今日は本当にありがとう」
達道は優しく微笑みかける。
サシャは達道とウルティアに見送られ、『殴られ屋』をあとにした。
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