第2話 殴られ屋は今日も絶賛営業中
「どうぞ、お水です」
「あ、ありがとうございます」
ウルティアが来店してくれた女の子――サシャ・クリスタプルの前にお水を置くと、サシャがぺこりと頭を下げた。
サシャはいま、殴られ屋内のカウンター席に座っている。
「それで、サシャさん」
カウンター内にいる達道はサシャの目の前に立つと。
「今日はどんなふうに罵倒してくれるのかな?」
「今日はどうなさいましたかの間違いでしょうが! 達道さんは接客の基本をまず学んでください!」
隣にきていたウルティアにお盆で頭を思い切り叩かれる。
「サシャさん、本当に気にしないでくださいね。こんな店をやってる男がまともなわけがないですから」
「は、はぁ」
「ウルティアは本当に辛辣だなぁ。それでサシャさん。今日はどういったご用件で?」
「なにいきなりまともぶってんですか!」
「そんな理不尽なっ!」
再度お盆で頭を叩かれる達道。
それを見たサシャは控えめに笑いながら「お二人は息ピッタリですね」と言ったあとで。
「えっと、無料で店主を殴り放題って看板に書いてあったんですけど、本当ですか?」
「もちろん! サシャさんの気がすむまで思う存分俺を殴ってくれていいからね! 罪悪感なんて抱く必要ないからね!」
「だから前のめりにならないでください」
ウルティアは、達道をたしなめつつ説明をつけ加える。
「この店にいらっしゃったということは、ストレスを発散させにきたのだと思います。ですが、無理にこの変態を殴る必要はありません。うちは『殴られ屋』と名乗っていますが、正確には『ストレス発散屋』です。だれしも人を殴るのは抵抗ありますし、逆にストレスになりかねませんから。こちらにいらしてください」
ウルティアがサシャを店の奥にある扉の前まで案内する。
「こちらの部屋には、ごくごく一般的なお部屋が再現されています」
ウルティアが扉を開け、サシャが部屋の中を覗く。
中にはベッドやテーブル食器棚といった家具一式が設置されてある。
テーブルの上には調理済みの料理が並び、ベッドの上にはぬいぐるみと洋服が置かれ、そして、なぜか床には斧と棍棒と真っ黒な塗料が置かれていた。
「すみません。一般的な部屋には置かれているはずがない、物騒な武器があるんですが」
「はい。こちらの斧や棍棒を使って、この部屋にあるものを好きなようにぶち壊すことができます。その塗料も欲望のままにどんどんぶちまけちゃってください!」
「え……でも」
ウルティアの説明に、サシャが戸惑いの表情を浮かべる。
「あ、本当に遠慮なく壊したりぶちまけたりしていいですからね。あそこにいる達道さんの魔法でどうせ元通りにできますから」
ウルティアが達道を指さすと、達道は自慢げに笑い。
「実は俺、こう見えて結構すごいやつだったりするから。例えば……ほら、これをこうして」
達道がカウンターの上に置かれていたペンをぽきっと折る。
折れたペンに手をかざし「【リペア】」と唱えると、ペンが淡く白い光に包まれ、折れる前の状態に戻った。
「ね? すごいでしょ。本当にくっついているか、触ってみてもいいよ」
達道がサシャに近づいてペンを手渡そうとすると。
「すみません。そんな自慢気にペンを渡されても困るんですけど。というより、ウルティアさんも達道さんもなにか勘違いしています。私が戸惑ったのは、いきなり部屋の紹介をされて、好きに壊していいよと言われたからです」
「いや、だから俺がこうしてリペアの魔法を見せて、どれだけ壊しても大丈夫、気を遣う必要はないって照明を」
「ここは殴られ屋なんですよね。私は物を壊しにきたのではなく、人を殴ってストレス発散しにきたんですが。私は人を殴りたくてたまらないんです! 普段はそれを隠して生きているんです!」
サシャが頬を赤らめながら言ったあと、ウルティアは愕然とした表情を浮かべ、達道は拳を天に突き上げ絶叫する。
「やったぞぉ! ウルティアの反対を押し切って店名を『殴られ屋』にしてよかった! そもそもこんな店名の店に入る人がドSじゃないわけがないんだぁ! ドS選別作戦は大成功だぁ!」
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