第18話

 橘の決意のこもった瞳に、青年は口元を緩ませた。


「……へぇ」


 すると、青年のまとう威圧感が少し弱まった。


「そっか、ごめん。僕も、さっきの言葉は取り消そう。君の覚悟に敬意をひょうして、そこの彼女には手を出さない」

「…………」


 それを聞いて、菖蒲あやめに一瞬だけ視線をくべる。青年の言葉を信じるわけではないが、彼女の実力では、青年の相手にならない。菖蒲が傷つかずに済むのであれば、それで良い。


「……この酸性雨」


 ぴく、と橘の指が反応する。青年は空を一度あおいで、橘に視線を合わせた。


「これ、君が降らせてるんだよね?」

「………………」


 橘は答えない。だが、これはまぎれもなく彼の能力だった。水の中に、少しだけ毒性のある成分を混ぜてある。雨が体に当たる度、皮膚から毒を体に注入し、動けなくする。


 ーーーーその、はずなのに。


 青年をよく見ると、雨が体に当たっていない。正確に言えば、体に当たる数ミリ手前で雨がはじかれているのだ。


「ーーーー」


 橘の瞳が鋭く光る。腰ベルトに隠し持っていた短剣を投げるが、それも体に当たる前に何かしらに弾かれる。


 ーーーーこれは……。


 防御の能力なのだろうか。いや、だがもし、本当に、橘の攻撃が 全く通用しないのだとしたら……。

 橘のあせりを感じたのか、青年は彼に視線を戻す。そしてさとすように、ゆっくりと語りかけてきた。



「ーーーー雨の量には気をつけないとダメだよ。でないと、僕達を止める前に、君がこの森を壊してしまいそうだから」


 橘は目線だけを動かして周りを見渡した。酸性雨を浴びた草花が、けてくさり始めている。サァ…っと、雨が止んだ。


「ーーーーさあ、おいで」

「………………っ」


 攻撃が全く通じない相手に、汗が頬を伝う。青年を睨む橘に、彼は余裕の笑みを返したーーーー。



 * * *



 一方その頃、紫苑しおん達は、王城の門前をくぐり、敷地の中へ足を踏み入れる。城へ入る扉に手をかけて、飛燕ひえんはそのまま紫苑を見た。


「紫苑。お前は出来るだけヤイトの側に居な」

「………………」

「ーーーー大丈夫。この森に住む住人は、絶対に護るから」


 そう言って微笑む彼に、紫苑は頷いた。

 紫苑とヤイトの役割りは、飛燕がレイドの気を引いてる間に、手錠の鍵を回収する事だ。

 飛燕の頭に流れる電流のような痛みはきっと、いまだに続いているだろう。それでも紫苑に対しては笑顔を見せる。そんな彼に、紫苑も決意が固まった。


「……行こう」

「うん」


 ギィッ、と扉を開ける。中はさすが城と言うべきか、とても広い空間が広がっていた。天井には大きなシャンデリアが飾られ、両脇には2階へ上がるための階段が設置されている。

 レイドを探す、……その手間てまは必要なかった。彼は1階の大広間の真ん中で、両手で杖を握り締め、瞳を閉じていた。扉の開く音を聞いて、彼はすぅっと瞼を上げ、視界に飛燕をとらえる。


「…………あぁ。思ったより早かったですね」


 飛燕はそんな彼に挑発的な笑みを返した。


「こんなんで俺を足止め出来ると思わない事だな。お前と俺の実力差考えろっつーの」

「…………そんな事分かってます」


 ス……と彼の表情が消える。


「ですが、私にはこれしか道がない。この森も、能力者も、全て滅ぼす。そして、全部壊して、終わらせます」

「………………」


 ーーーー刹那。

 ゴゴゴ、という地響きと共に地面がれ、土が鋭くとが天井てんじょうに向かって勢い良く突き出す。飛燕はそれをねじ曲げた。

 飛燕を避けるように割れたそれは、天井に突き刺さってパラパラとくだける。


「…………お前……」


 飛燕は眉を寄せる。


「俺を誰だと思ってんだ。俺に大地の攻撃は効かねぇぞ」


 ドスのいた声がピリピリと空気を震わせる。

 植物の神である飛燕は、この森そのものと言っても過言ではない。花や木々の全てが、飛燕を護る。

 その圧力を受けても、レイドは動じなかった。


「そうでしょうね。……ですが、今の貴方は、違うはずです」

「!っ、」


 ーーーー次の瞬間。飛燕の脳に凄まじい電流が流れる。衝撃でグラッと傾いた体に、今度は容赦ようしゃなく土の刃が襲った。飛燕は無理矢理に体を曲げ、それを避けようとしたが、ザッ……と、避けきれなかった部分が頬をかすめる。


「…………ちっ」


 ツー、と頬に血がつたう。それを鎖のついた手で拭うと、フッ、と笑った。


「確かに、これは厄介やっかいだな」

「私は貴方をあなどってはいない。だからこそ、最初から全力で潰します」

「…………そうか」


 レイドの覚悟に、飛燕は瞳を揺らした。


「……お前らの、俺へのうらみは理解してるつもりだ。でも、俺にも、……すべき事があるから」


 飛燕は紫苑に目を向ける。

 彼女に気付かれないようにそのままそっと目をせ、再びレイドに視線をくれた。


「お前に、俺は殺せない。ーーーーこの森かられ」

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