第19話

 紫苑しおんは部屋に入ってすぐに右に向かって走り、壁際かべぎわにある柱のかげに身をひそめていた。龍になったヤイトを無意識に抱き締め、そっと飛燕ひえん達の様子をうかがう。

 不安そうに彼等を見つめる紫苑の頬に、ヤイトは自分の体をそっと寄せた。


『ーーーー大丈夫か?』


 龍の姿のヤイトの声は、紫苑の脳に直接届く。


「……うん。…………さっきまでは、大丈夫、だったんだけど……」

『………………』


 紫苑の手が小刻みに震えている。ヤイトはそれを肌で感じて、そっと目を閉じた。

 ……一瞬の閃光せんこう。次の瞬間、ヤイトは人の姿へと変わっていた。紫苑の前に向き合った状態で膝を曲げ、彼女に視線を合わせる。震える手をおのれのそれで包み込み、大丈夫だと、言外にげた。


「…………紫苑。何が不安?」

「…………私、飛燕の巫女だって、言われて、その時の記憶も、戻ってはきたけど……。でも、巫女としての力をどうやって出していたのか、思い出せないの」

「ーーーー……あぁ。そんな事か」


 するとヤイトは優しく笑った。


「紫苑が能力の使い方を知らないのは、当然だよ」

「え……?」

「今までの紫苑は、あちらの世界でずっと、無意識にしろとしての能力を使っている状態だったんだから」


 紫苑は最初から、飛燕の声が聴こえていた。それは、神をその身に降ろす依り代としての役割りを無意識に行っていたということ。紫苑が特に能力を発動した訳ではない。

 それに、このハロゲンの森に来てからは、紫苑が能力を使わずとも、飛燕は自由に己の体を動かせる。それは、この森全体が彼の神域しんいきであるからだ。

 紫苑は、ここでは能力を使う必要がない。かといって、能力が失われた訳ではない。だが、力が使えない。それは、つまりーーーー。


「紫苑が依り代としての能力を使えないのは、紫苑のせいじゃない。飛燕の力がふうじられてるから、飛燕と繋がってる紫苑も能力が使えないってだけ」

「…………それって……」


 紫苑の言いたい事を理解して、ヤイトは頷く。


「レイドがその鍵を持ってる。あいつが封じてる飛燕の力を解放すれば、紫苑の能力も戻ってくるよ」

「…………でも、」


 おそらく飛燕の手鎖てじょうの鍵は、レイドの握っている杖の中にある。それをうばうには、彼に近付かなくてはならない。

 紫苑の不安を感じてか、ヤイトは再び、安心させるように一つ頷いた。


「ーーーー大丈夫。飛燕があいつの気を引いてるから、俺が杖を破壊する。俺は、紫苑の為に存在してるから、どんな時も、紫苑の力になるよ」








「殺せない……?」


 飛燕の言葉を受けて、ぴくり、とレイドが反応する。怒りのオーラがあふれ出した。


「上から物を言うのも大概たいがいにしてください!!大体、私達がこんなに苦しんでいるのだって、全部、全部!!貴方の責任なのに……っ!!」

「……だからって、あんな奴らの言うこと聞いて何になるんだ。あいつらは、お前のことも殺そうとしてんだぞ!そんな奴らの言いなりになって、お前、それで良いのかよ!」

「……仕方ないじゃないですか!私にはもう、それしか、あの世界で生きる方法が無かったんだから……。貴方にだけは、そんなこと言われたくない……っ!!」



 レイドの能力が爆発する。雷が四方から撃ち放たれ、城の中を駆け巡る。

 あちこちの壁が破壊され、ぱらぱらと破片が落ちる。


「貴方さえいなければ、私達はあんなにさげすまれる事も、しいたげられる事も無かった……!!貴方が、巫女を求めたのがそもそもの始まりなんですよ?!」

「……………っ、……分かってる……」

「いや、分かってない!!分かってたら、彼女を今も側に置いておくなんてありえない!!」

「ーーーーーー」


 巫女、とは自分の事だろう、と紫苑は思う。彼女は飛燕から、この世界に能力者が産まれたのは、力のある赤子ーー紫苑に巫女としての能力を与えようとして失敗したから、とだけ聞いている。


 ーーーーでも、ずっと疑問に思ってた事がある。

 ……語りがれている始まりの赤子は、"2人"。

 紫苑は巫女の力を与える為に連れてこられたのだとして、もう一人は……どうして、その場にいたのだろう……?



「…………分かってる。でも、……まだ、紫苑の力を失う訳にはいかない……」

「ーーーー話になりません。それでは、"彼"は納得しませんよ」

「………………」

「彼だけじゃない。私も、貴方の意見は聞き入れられない。本来の目的をげさせて頂きます」


 そう言ってレイドは、手に持っている杖を横向きに持ち変え、頭上へと振りかざしたーーーー。

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