第16話

「……いっ、て……」


 橘は、意識を取り戻して、きしむ体を何とか持ち上げる。ぱらぱらと土が髪の毛から落ち、地面に叩き落とされた影響か、体のあちこちが悲鳴を上げている。

 だが、一瞬で事態じたい把握はあくした橘が、バッ!と上体を起こし、一気に戦闘態勢をとった。横目で菖蒲あやめを確認すると、自分から十数メートル離れた所で、倒れていた。身動きしたのが見えたので、菖蒲もすぐに目を覚ますだろう。ーーーー今は。


「………………」


 橘の見据みすえた先に居るのは、飛燕の木の枝の上に片膝を立てて座る青年の姿。

 するどい視線を送る橘とは対照的に、青年はゆるりと橘を見る。


「……あぁ、ごめんね。まだ、これ、壊されると困るんだ」


 やわらかな口調とは裏腹うらはらに、青年の表情はフードで隠されていて、本当のところは読めない。

 だが、ちらりとのぞく髪色を見て、橘は警戒心を高めた。


「…………元祖の……」


 ……青年の髪の色は、とても綺麗な金色だった。フリージアから聞いていた、レイドの容姿ようしと同じ。

 能力者は、髪の色によって力の強さが測れ、純粋な色のほうが能力値は高い。さらに、地上に産まれた最初の能力者達は皆、純粋な金色の髪をしていて、能力値も更に高いとされている。

 遠くからでも分かる、自分と相手との力の差。橘は無意識にこぶしに力を込めた。


「………………」


 すると、青年が口角を少しだけ、上げた気がした。


「ーーーーあまり警戒しなくても大丈夫だよ。僕は、君を傷つけたい訳じゃない。僕はただ、あの子の能力が復活するのを、待っているだけだから」

「あの子……?」


 すると青年は、己の手をそっと樹のみきえた。


「レイドはこの森を滅ぼそうとしているけど、それでも"これ"は死なないでしょ?森が死んでも、核が残っている限り、"これ"はいつか復活する。確実にほうむる為には、あの子の巫女としての能力が必要なんだ。だから……思い出してもらわなくちゃ」


 彼の口振りからして、"これ"とは飛燕ひえん、"あの子"とは紫苑しおんの事を指しているのだろう。そして、この森を襲ったレイドという敵とは別人だ。

 そして確実に、そのレイドよりも、この青年のほうが遥かに強い。


「……紫苑が飛燕をおとしいれようとしてるとは考えられない。巫女としての能力を取り戻したとして、あんたの思い通りにはならないと思うよ」

「…………そうだね。でも、彼女に力を取り戻させる事が今の僕の目的だから。まだ、それでも構わないよ」


 それを聞いて、橘は自分の中に怒りの感情がふつふつとき上がるのを感じていた。紫苑とはまだ出会って1日2日くらいしか経っていないけれど、彼女は飛燕を傷付けるような事は絶対にしない。それは確信を持ってそう思えた。だからーーーー。


「……残念だけど、あんたの作戦は失敗する」


 ぽつ、ぽつ、と雨が降り始め、次第に強さを増していく。天候をも支配する橘の水をあやつる能力だ。

 青年はそれを見ても、なお余裕の笑みで応じた。


「そう。なら、そちらの子と2人でおいで。ーーーーでないと君、死ぬよ」


 ひしひしと伝わってくる威圧感。これは決して、おどしなどではない。

 だが、橘はそれを否定した。


「ーーーーいや。僕一人で」

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