第11話 【待ち合わせは マクドナルドで 】


夜も更けた頃、上野公園前にあるマクドナルドの店内の下ろされたシャッターには、無数の怪しい影が写っていた。


今し方、一、二階の店内は、照明が消された。

三階だけが、明かりがついている。


「メンテナンスのバイトの人間はどうしたかな? 」


長老のアイアイがゴリラの方を向いて尋ねる。

すると、ゴリラは頷(うなず)きながら、非常口の方を指さした。


「なあに、キングコングのパンチ、炸裂! てなところです。あっちの部屋でのびてますよ」


ゴリラの隣に座っていたケープペンギンが、面白可笑しそうに手をパタつかせる。

このペンギンは、キングコングとゴリラの区別がつかない。

キングコングと言われたゴリラは、何か言いたそうな顔でペンギンの方を見る。


「手荒な真似はしなかったろうね」


長老が尋ねると、ゴリラはコクリとうなずいてみせる。

ゴリラの後ろでは、トラやライオンが置いてある椅子の足を次々に口にくわえて、部屋の隅に放り投げている。その度にものすごく大きな音がして、ケープペンギンの身体はビクッとなる。


今日はシロクマも来ている。

トラたちの隣では、シロクマがテーブルをつかんでは部屋の隅に積み上げていく。


やがて、三階の店内の中央には、広々としたスペースができた。

そこへアニマルランドの幹部連一堂が、順々に腰を下ろして車座になっていく。


長老のアイアイ、ゴリラ、トラ、ライオン、ケープペンギン、シロクマ、ジャイアントパンダ、それから今夜はカンガルーも来ている。


ふいに、どこからともなく白フクロウが飛んできて、ゴリラの肩にとまる。


「ふうっ。間に合ったですな。みなさんおそろいで」


白フクロウは一息つくと、ぐるりとみんなの顔を見回す。

そして、気がついたように言った。


「はて、今夜もリクガメのじいさんの姿が見えませんな」


その時、どこからともなく声が上がった。


「わしゃあ、ここにいるぞい! 」


白フクロウをはじめとしたみんなが、辺りを見回しても、リクガメの姿は見つからない。


「どっちを見ているのだ。ここだよ。ここ」


リクガメをいち早く見つけたのは、ケープペンギンだった。


「カンガルーのポッケにいるんだもんな、そんなところにいちゃあ、分かるわけないよ」


ペンギンはクチバシを高々と上げて、唾を飛ばす。


「しょうがないわい。まともに歩いてくると丸一日かかるんだからな。これが知恵というものじゃな。ま。そういうこと」


「知恵というよりは、もうろくしたんだろ。三年前までは幹部連の集まりには、一日前から歩いて来ていたのに。今では、若い衆にお守りしてもらってるというわけだ」


誰にでも厳しいトラは、リクガメにも辛口なことを言う。


「まあ、そういじめるな」


リクガメはカンガルーに助けられ、フクロの中から出してもらい、床の上に置かれた。


「参加することに意義があるのだから」


すかさずリクガメの言葉にケープペンギンが口をはさむ。


「よっ。お見事」


少し間を置いてから、ゆっくりと長老のアイアイが口を開く。


「そろそろ本題に入ってもいいかな? 」

皆がうなずく。


「この間、途中まで話したと思うが、お園の伝説の続きをまた話そう」


長老のアイアイは、ゆっくりとした口調で話しはじめた。



――時は明治時代、東北の漁村で暮らしていた海女の大島ゆいは、沈没船から桜色の小さな箱を持ち帰った。


当然、大島ゆいは、箱を開けて、中身を見た。

しかしながら、桜色の箱には、ゆいを喜ばすものは何も入っていなかった。

入っていたのは、黒い灰だけだ。それも箱の中にギッシリと。


ゆいは、箱の中を覗いた時、何だか気持ちが悪くなった。

変な臭いがしたらしく、何度も吐いた。

ゆいは、これは何かとんでもないものを拾ってしまったという予感を覚えた。


長い間、息の続く限界まで、海を潜り続けてきた海女の第六感が働いたとでも言うべきか。捨てようと思うが、自分が捨ててしまうと、何か自分の身に良くないことが起こるとも限らない。


ゆいは、どうしたものか考えているうちに思い浮かんで来たのは、誰か他の人に遠い所へ捨ててもらってはどうだろうか、ということだった。

ゆいは東京に住んでいる町役者で幼なじみでもあった市川紋之介にこの桜色の箱を託すことにした。


ちょうど良いことに、一週間後に、村を出て東京で働くという若者がいた。

ゆいは事情を話し、手紙を添えて、桜色の箱を市川紋之介に渡してくれるように頼んだ。


市川紋之介、彼ももとはこの村の出身で、お日さんのようにカラッとした迷信も何も信じない明るい男だ。彼なら大丈夫だろう。

きっとどこか都合の良いところに手際よく捨ててくれるに違いない。

ゆいは、桜色の箱を村の若者に託すと、ホッと胸をなで下ろした。



******



時は二ヶ月が過ぎ、箱は無事に東京の市川紋之介の手に渡った。


市川紋之介は、その時、上野のお園の近くに住んでいた。

ゆいの手紙を読むと、こう書かれていた。


《どうぞ、これをどこかそちらの土地で捨ててください。これは海の中の沈没船から拾ってしまったものです。一度海の中から拾ってしまったものを、わたくしが自分で捨てるのも何か不吉な気がして、あなた様にわたくしに代わって捨てていただけたらと思いました。どうぞご処分を迅速に行うようお願いいたします。お手を煩わせてしまい、ごめんなさい》


紋之介は、ゆいからの手紙を読み終わると、桜色の箱を手に取ってみた。

桜貝が箱の外側に何重にも織り重なっている。

それがゴツゴツと外側に凸面を作らずに平面に敷きつめられているところは、なんとも不思議だった。これはよっぽどの腕利きの職人がつくった箱なのではないだろうか。紋之介はしきりに箱を眺めては感心する。


やがて、箱を開けてみた。

本当だ、中身は灰だった。

少し嫌な感じの臭いがして、頭がふらついた。


なあに、ゆいは心配しすぎだぜ、と紋之介は思う。

これはずっと海の中に沈んでいたから、たんに箱の中身が腐って灰のようになっているだけだ。しょうがねえな、ひとっ走りお園に行って捨ててくるか。


紋之介は、さっそく箱を携えてお園に向かった。

夜のお園は薄暗く、けたたましい鳥の鳴き声が聞こえる。


紋之介は不忍池のほとりまでやって来ると、あたりを見回した。

どこか捨てるのにいいところはないだろうか。

ふと、目をとめた先に、大きな銀杏の木が見えた。


紋之介はその下まで歩いて行った。

ここでいいだろう。

箱を開けると、その下に撒きはじめた。

少し撒いただけで、思った以上に煙が上がる。


紋之介が煙にむせながら、ふと、上を見上げると、銀杏の葉が暗闇の中に異様に明るく浮かんでいるのが見える。


それはまるで月に照らされた雲のようだった。

紋之介は鼓動が早くなっていくのを感じた。

自分の心臓の音が耳のそばで聞こえるような気がした。


灰の煙がその雲の中へ、舞い上がり吸い込まれていく。

上を向いたまま、紋之介はそれを見ていた。血がざわめく。

まるでクライマックスに達した舞台の上にいる紋之介に、観客の胸の鼓動が、ざわめきながら波のように押し寄せてくる、あの時に感じる血のざわめきが、今、身内に起こっているようだった。


紋之介は、ふと我に返ると、ここにこの灰を撒いてはいけないような気がした。

何気なく後ろを振り向くと、不忍池のお池が見える。

耳のそばで、鼓動が大きく聞こえてくる。紋之介は、急ぎ足でお池に近づいていく。

鼓動の音がどんどん早くなる。

池の前にたどり着くと、思い切って紋之介は、箱を投げ捨てた。

水の中に落ちる音がしたので、桜色の箱は沈んでいったようだ。


投げ入れた時、わずかな灰が宙に舞った。

それはあわただしく煙を撒きながら、空へ吸い込まれるように上がっていった。


空では月がこうこうと照っていた。

灰は月明かりに照らされて、やがて、雲のように固まったまま、宙に浮かんだ。


明るい月色の雲だった。

その雲は一時間あまり、空に浮かび続けた。



明くる年のことだった。

上野公園の桜の木々がまったく咲かなくなった……


そこまで長老のアイアイが話し終えた時、非常口の鉄のドアがドンドンと鳴った。


「長老さま。人間の奴が起きたようです。いかがいたしましょう。いっそ俺の牙で、息の根をとめましょうか? 」


トラがアイアイに言う。


「さあ、大変だ。戦闘態勢に入るんだ。いちについて。ようい、どんで、僕は逃げよう」


ペンギンは、あわてふためきながら、わけの分からないことを口にする。

長老はペンギンをたしなめるように穏やかに言った。


「落ちつきなさい。ことは穏便にすませよう。どんな時も決してケンカ腰になってはいかん。ここは逃げるが勝ちといこうじゃないか。さあ、カンガルーはリクガメのじいさんをポケットにつめこむんじゃ。さあ、みんな一斉に外へ出よう」


長老の合図と共に、皆は急いで階段を駆け降りた。

長老が最後に階段を降りようと足をかけた時、階段のドアが開く音が聞こえた。

長老は足を忍ばせながら、一気に階段を駆け降りる。

長老がマクドナルドの店舗から出ようとした瞬間、非常ベルの音が鳴り響いた。


おそらく、メンテナンスのバイトの人間は、強盗が入ったと勘違いしたのだろう。

ドタバタと階段を降りてくる人間の足音がした。

それを聞いた動物たちは、急いで公園の中へ散っていった。



〈続く〉

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