第2話 赤城勇斗

「くそおおお!寝坊したぁぁぁぁ!」


 俺の名は赤城勇斗。高校一年生だ。

 赤みがかった髪を風に靡くまま車道を自電車で爆走している。

 一限目の現国の先生は遅刻は決して許さない。

 教室に入るのが一秒でも遅れれば問答無用で欠席扱いにされてしまう。

 単位の出席日数に致命傷を負わされてしまうのだ!


「うおおおおおおお!」


 シャカシャカシャカシャカ!

 自電車のチェーンは唸りを上げ、高速回転するタイヤはアスファルトで削れるのすら物ともせずに回り続ける。

 信号をギリギリ黄色で突っ切ると学校は目の前だ!


「まだ間に合うううう!おらあああああ!」


 乳酸でパンパンの太ももにラストスパートだと気合を入れてペダルを踏み込む!


 その時───

 『キュィィィィィィン』


 強烈な耳鳴りが俺を襲った。


「チッッッ!空気を読めよクソがあああ!」


 鋭い瞳を更に吊り上げた俺は校内に自電車を滑り込ませ、華麗なドリフトで駐輪場へ。

 周囲に人が居ないのを確認した俺は、制服の上着に手を突っ込み今流行りのOCGのカードデッキを取り出した。


 デッキから二枚のカードを取り出すとデッキに取り付けられているリーダーにカードをスライドさせた。


【アクティベイト】

【チェンジ・オーガ】


 すると俺の体は球状の赤い光に包まれる。

 制服が虚空へと消えると腕が、脚が、胸が隆起する。まるで筋肉の鎧を纏うかのように膨張し、頭からはメキメキと一本の角が生えていく。

 そして腕や脚、胸にはそれぞれ輝く防具が装着される。


「でぃああああ!」


 気合一閃。俺を包む赤い光が爆散する。


「ふぅぅぅ………直ぐに片付けてやる」


 おとぎ話や異世界ファンタジーに出てくるような鬼へと変貌した俺は太陽の光に反射する──バイクのミラーへ、その中へと飛び込んだ!


 鏡の中、そこはアナザー・ワールドと呼ばれ、現実世界とは鏡写しにの世界。

 しかし人は居ない。

 ただ建造物のみが丸々現実世界から切り離されたかのように佇む世界だ。


「ギチギチギチギチ」


 現れたのはゴギブリが人の形を取ったかのような見た目の怪物。

 このアナザー・ワールドにおいて、何故か現れる異形の生命体。


【コンボー】


 デッキから鬼人専用の装備カード、コンボーを読み取り部にスライドさせると鈍く光る鋼鉄の槌が空から降ってきてアスファルトに差さる。

 無骨な造りだがしっかりとした重量を感じさせるコンボーを無造作に引き抜いた俺は肩に担ぐようにして怪物へ──踏み込みはアスファルトを砕くような跳躍で飛び込んだ!


「どらあああ!」


 ブォォォン!と唸りを上げ、担いだコンボーは怪物の頭部に振り下ろせば、その頭をザクロのように粉々に粉砕した。


「ふん……」


 俺はコンボーに付着した怪物の脳漿を振り払うと同時に、怪物は塵へと消える。

 再び赤い光に包まれた俺は元の高校一年生に戻ると腕時計を見る。

 現国は完全にアウトだった。


「はぁ…………」


 深いため息を吐き、手近な鏡に飛び込んだ。


 俺がオーガへと変身し、異形の魔物と戦うようになったのはつい最近のことだ。

 流行りのOCG、ディメンションウォーズを購入した事が全ての始まりだった。

 俺はカードゲームが大好きで、色々なOCGを遊んできた。

 そんな俺が新作のOCGが出ると知れば購入するのは当たり前で、予約は勿論ディメンションウォーズは発売当日に手に入れた。


 発売されたのはストラクチャーと呼ばれる構築済みデッキとブースターパックだ。

 ストラクチャーは【オーガ】と【ソルジャー】【ウィザード】の三種類。

 ブースターパックはその三種類のデッキを強化するためのカードが入っている。

 俺が購入したのは【オーガ】のストラクチャーだ。


 フィールドへアクセスする【アクテベィト】

 プレイヤーをマスターとしてゲームにアクセスする各種シンボルカード【チェンジ・○○】

 装備カード、バフカード、スキルカードがそれぞれ数枚ずつ。

 HP、MPの回復カードが数枚ずつ。

 あとは下級、上級モンスターカードといった具合だ。

 モンスターカードは各シンボルのモンスターで俺の場合は下級ゴブリンから始まり、各種ジョブ持ちゴブリン、上級は各種ジョブ持ちのオーガ達だ。


 このカードデッキを手に入れてから俺の生活は一変した。

 手に入れて直ぐにオンラインで対戦をしていた中、突然キィィィィィン!というガラスを削るような耳鳴りが聞こえてきた。


 不快感に耳を押さえる中、俺のカードデッキが鈍く赤く輝いているのを目撃してしまう。

 気付けば手に取ってしまっていた。

 すると頭の中に直接声が聞こえてくる。


『変身してください……』

「な……んだ……」

『変身してください……』

「へん……しん……?」


 耳鳴りで痛む頭の中に響く女の声。

 ゲームのやりすぎで頭がおかしくなったのか?と思いつつも俺は女の声に疑問を投げかける。


「……変身って?」

『あなたを映し出す何かに向かってデッキをかざしてアクテベイトカードを読み込ませてください』

「ッ……こうか?」


 俺は指示に従うように鏡の前に立ち手に持ったデッキをかざしてカードをスライドさせる。


【アクティベイト】

「おわ!?」


 突然カードデッキから渋い男の声が聞こえてきた。

 室内に響いたイケボに驚く俺に次の指示がくる。


『続けてシンボルカードを読み込ませるのです』

「こうか?」


【チェンジ・オーガ】


 赤い光が左右から迫り、俺を球状に包み込む。

 部屋着が溶けるように消滅したと思えば俺の腕が、脚が、胸が……そして全ての筋肉が膨張する。


 俺を包む赤い光が弾け、俺の全身が鏡に映し出される。

 

 そこに映し出されていたのはおとぎ話にでも出てくるような一体の赤鬼と化した俺。


 ミチッ、ミチッと肉体に未知のエネルギーが満ち、俺の全身は赤銅色に染め上げられ、額からは禍々しい一本の角が生えていた。


「なんじゃこりゃあぁぁぁ!ってか俺の部屋がめちゃくちゃになっとる!」


 どうやら光が弾けた時、その衝撃で俺の部屋は暴風が暴れたかのように本やゴミが散乱し、親に見られたら間違いなく怒られるような汚部屋になってしまっていた。

 思わずゴミを拾おうと身を屈め、手を伸ばすと


「指が太い!手がデカい!」

『鏡に手を伸ばすのです』

「ええ!?くそっ部屋がこんなになってもう!」


 俺は悪態をつきながら鏡に手を伸ばすと、腕がそのまま鏡に吸い込まれる。


「ちょっ!?」


 慌てて腕を引けばトプンと水面に波紋が起こるような音を立て、あっさりと引き抜けた。

 俺が異常に膨張した腕に問題がないか見回していると


『次はそのまま鏡に飛び込むのです』

「飛び込む?そうするとどうなる?」

『あなたはこの世界と鏡合わせの世界、アナザー・ワールドへ転移されます』

「へぇ……」


 いわゆる異世界転移?とでも言うやつなのだろう。

 既に非現実的な状況に俺はワクワクを抑えられる訳が無い。

 舌舐めずりを一つ、俺は鏡の中へと飛び込んだ!


 デカい図体にも関わらず、手鏡程度の大きさの鏡はスルリと俺を飲み込むと、次の瞬間には俺を鏡の世界へと吐き出した。



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