第10話「時を超える肖像」

 ほどなくして、王都の中央教会でモゼッティ・ヴァレーリア婦人の葬送儀が執り行われた。フィオレンツァ家からは当主ガンドルフォ公と第三令息のシルヴェリオが参加する。

 運ばれる棺に続くのは旧肖像を抱くモゼッティ卿だった。それは、自身の父親を送り出す意味合いもあったに違いない。

 続いて次期当主の息子がシルヴェリオの描いた肖像画を抱える。その後ろでは自身の肖像を抱くヴィオラが、悲しみにくれる表情を黒いヴェールで隠す。

(僕はまったくの役立たずだったか……)


 シルヴェリオが現実に戻った時、ヴァレーリア婦人の中の悪魔は消えていた。

 その数日後、老婦人は家族たちに見送られ息を引き取ったらしい。


 ◆


 シルヴェリオにはいつもの日常が戻り、ふたたび女神の神話画に取り組む日々が続く。今日も師匠のアトリエで筆を握った。

 絵に集中しようとするが、どうしても羊悪魔のわらいが頭から離れない。シルヴェリオは脅威と認識されないまま終わってしまったのだ。

(いや。まあ、あの肖像画をストークして喰らってパラディン聖騎士が来たのなら良しとするか)

 それもまた神の導きかもいれない。そんなことを思っていると、シルヴェリオの手が横に滑る。その線は鳥が羽ばたく姿のように見えた。

(これは女神の翼だ。翼を持ち青い空を自由に飛ぶ女神――)


 会議に出席していた巨匠が帰って来る。続いて王宮メイドが現れた。

「お主に書簡が来ておるぞ」

 メイドがシルヴェリオに歩み寄り、銀のトレーに乗ったその書簡を差し出す。

「ありがとう」

 立ち上がったシルヴェリオは礼を言って受け取り、なぜこのアトリエ宛なのか不思議に思う。

「ここで開けてもいいですか?」

「もちろんじゃよ」

 裏返して差出人の名を見る。

「王立絵画サロン【オリンポス】?」

 オリンポスは十二神の宮殿と呼ばれている場所だとは知っていた。そこが、人間程度が居住する地ではないことも。絵画サロンは王立アカデミー傘下の芸術絵画集団である。

「開けてみろ。若輩たちの集まりじゃよ」

「自分たちで名乗るなんて、かなり恥ずかしいですねよえ。ぷっ、もう十二人いるのかな?」

 オリヴィエラはクスクスと笑う。

「【おりゅんぽす】だね」

「あはは。才能がないからって、バカにしちゃいないわよ。しゅるべりお君」

「これは失礼。おりぶえら様」

「これだから男の子って子供なのよ。シルヴも入れてもらったら?」

「冗談じゃないよ。カンベンしてって」

 本物の【オリンポス】に招待されるのは神に選ばれた人間、神絵師だけなのだ。つまりこの【オリンポス】は絵画サロンの中で、特に若手だけが集まり自称している何か・・らしい。未成年者のサロンメンバー有志たちが勝手に名乗っているようである。

「差出人は別として、中はサロンの正式な招待状じゃよ」

「はあ……」

 本物の空中宮殿で神々たちの畏怖に触れたこともあるシルヴェリオからすれば、ただオリンポスを名乗るなど児戯に等しかった。

「チビッコたちのゴッコ遊びか。だけどなんで、今更僕に招待状なんて」

「モゼッティ卿があの絵をサロンに出展したのじゃ。周りから進めてられたらしい」

「なるほど……」

(その絵が絵画サロンメンバーの目にとまったのか……)

「儂はついでに、メンバーに推薦しておいた」

「う~ん……」

(師匠のやることに文句は言えないよなあ……)

「もういい加減なっちゃったら? 私だって二年前になってるんだし」

「【オリンポス】とは距離をとりたいけどね」

「私もよ。でもシルヴの絵を勝手に出展するなんてどうなのかな?」

「いいや。絵師は対価で絵を売る。どうするかは所有者しだいじゃな」

「うん。まあ、いいんじゃないかな」

(より大勢が鑑賞すれば、いつかあの絵をパラディン聖騎士が見るはずだ。そしてそれが母親を助ける。モゼッティ卿は知らずに最善を選んだ)

「これが神――」

「ん?」

「い、いや」

 シルヴェリオとしては本当に神の導きとしか思えない。

(これが神絵師の力か)

「ガンドルフォ叔父様の仕事ってシルヴのためになるのね。次の依頼は来てるの?」

「うん。療養院やら父の仕事関係とか色々ね」

「ガンバってね」

「まあね。描けば描くほど神絵師に近づける気分さ」

「うふふ。神絵師フィオレンツァ・シルヴェリオの誕生も近いわ」


【了】

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「神絵師は人の心を喰らう」/絵を描く少年は神と共に悪魔を狩る。 川嶋マサヒロ @EVNUS3905

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