第5話「美少年の苦労」

 フィオレンツァ家の夕食の宴は、最近は静かであった。第一令息は王政の政務官として宿舎で暮らしている。第二令息は地方大学院の寮に入ったばかりだ。当主とフィオレンツァ夫人、そして第三令息のシルヴェリオ。その妹の第一令嬢フィオレンツァ・マリアンジェラの四人で食卓を囲む。

「シルヴェリオ。学院がお休みなら、わたくしを描いて下さいな」

 母親のベニアミーナは言ってから白身魚のソテーを口に運んだ。

「もう三十枚は描いております」

 息子は応えてからパンの切れ端を口に運ぶ。シルヴェリオは母親似である。頭脳は両親の良いところ採りで、絵の才能は神からの贈り物だと思っていた。

「もう母親の絵描きは飽きたそうだ」

「あなた。余計な解説はしないでくださいな」

 ガンドルフォの突っ込みにベニアミーナは冷たく返す。夏休みならば一家六人そろって賑やかな宴となる予定であったが、一度家を出た息子たちは冷たいと母親は少々機嫌が悪い。

 現在シルヴェリオの通う王立学院は夏休み中である。妹は中等学院の一年生。シルヴェリオも中等の三年だ

「シルヴお兄様は、せっかくの夏休みなのにずっとお絵かきばかりですものね。少しは妹と遊ぼうという気にはならないのかしら」

「いや、マリアンジェラ。これは仕事なんだ。文句ならお父様に言ってくれ」

「まあ! シルヴお兄様は、お父様の部下なのですか? 言いなり?」

「いや……」

 男性四名、女性二名の食卓が男性二名、女性二名となり、最近は男性軍の劣勢が続いていた。

「私のお出かけには、騎士様の護衛が必要なんだからっ」

 とマリアンジェラは頬を膨らます。騎士の婚約者とのお出かけが昔から令嬢の流行であった。ただ現実の騎士は、休みの日は屋敷で寝ていることが多い。そんなものである。

(我が妹はマメな騎士が好みなのか?)

「僕は魔導士むきかなあ」

「ならナイト・マジシャン魔術の騎士ね!」

「また、レアな称号を……」

 神が人に与えた力が魔力だ。その特性は騎士、魔導士、その他神絵師など――多数おおまかに分かれる。その中に多数強弱の特性を複合的にかつ、合理的相乗効果をもたらし使う特殊な才能を持つ人間が現われた。それらの力には称号・・が与えられ他の騎士や魔導士とは別者として認識されている。

 ナイト・マジシャン魔術の騎士は並みの魔導士十人以上の魔力を行使しながら、遊ぶように剣技を炸裂させる騎士の呼び名だ。

 そんなレア人材は、普段はただの騎士として静かに暮らしている。世を忍んでいるのだ。

「シルヴ、少々話がある。あとで私の書斎へ来てくれ」

 父親が食事を平らげ皿を脇に寄せた。指を一本立ててワインのお代わりを要求する。

「分りました。僕もです」

「あら。革命のご相談ですか?」

「実はそうなんだ――、とも言えんな。お互い冗談でもそのようなことは言わんようにしようか」

「当家の当主は、最近ますますつまらなくなりましたわ。私の絵を描くように説得してくださいね」

「分かった、分かった」

 と言うが、この二人が寝室でどのような話をしているかは、フィオレンツァ家の最高機密なのだ。

「終わったら私の部屋にも来て下さる? 今読んでいる本で少し分からないことがあるの」

 すかさず妹もおねだりした。

「お父様の話は早く切り上げるから」

 メイドと執事がお茶とデザートの用意を始めた。女子たちの機嫌が上昇する時間がきて、男たちは少しホッとする。


  ◆


 ノックをして部屋に入ると、ガンドルフォは執務机から立ち上がりソファーに移動した。シルヴは向かい合って座る。

「どうだった?」

 シルヴェリオは少し考えた。

「厄介な案件だとは理解しました」

「記憶の中に入れたのなら結構」

「一体なぜあの依頼を?」

「見たまんまだよ。解決できるか?」

「まだ、さわりだけです」

「ヴァレーリア婦人の調子が良くない。もう高齢だしな。自身の力で殲滅しようとしてここまで来てしまった。シルヴェリオ。婚約者が自死した原因は分かるか?」

「……はい」

 悪魔に取りつかれ、自分でなんとかしようと思い、自らの死しか選択肢がなかったのだ。

 その悪魔は、今は婦人に取り憑いている。彼女はかなり力を持っているから、今は自らの内に封じ込めているが、もしその力が無くなれば悪魔は宿主を失い新たな宿主を探す。

「そう。次も住みやすい人間に取り付くはずだ。それも身近な」

 次に憑かれた人間もまた死を選ぶかもしれない。そしてその時、ヴァレーリア婦人はもういない。

「王宮魔導師に依頼すればことは簡単だ。しかし婚約者は病死と扱われている。自死であることがバレれば、その原因が悪魔あると知られれば少々厄介ではあるな」

 名門貴族に悪魔憑きがいたとなれば、最悪領地没収の上、閉門となりかねない。シルヴの脳裏にヴァレーリア嬢の笑顔がよぎる。

「僕がうまく処理すれば秘密は守られる」

「そういうことだ。しかしいざとなれば仕方あるまい。無理はするな」

「心得ました」

「だから騎士修練を勧めていたんだ」

「あれは王族への忠誠を誓う儀式のように思います。僕はもう十分に持っておりま――」

 シルヴェリオは自身を魔導士向きだと思っていた。

「――騎士など単なる権威の象徴ですよ」

「ふむ。そうか?」

 ニヤリと笑い、父親のガンドルフォ公はモゼッティ・ヴァレーリア婦人を巡る事情について話始めた。神絵師を目指していた養子に入るはずだった婚約者は、ある日突然自殺した。モゼッティ家はそれを病死と発表。悪魔に憑かれたあげく崇拝画を描いた果ての自死などと知られれば、名門の家名に傷が付く程度ではすまないかもしれない。そしてヴァレーリアは現当主を産んだ。そして今まで名門の家系を守り通してきた。

「やるだけやってみます」

「なあ。たまには本気を出せよ」

「はあ……。今回の件、報酬はいただくんですか?」

「あちらも体面があるからな。適切な額を支払ってもらおうと思っている」

「僕の取り分はいかほど……」

「そうだなあ。手数料を半分ほどいただく。構わないか?」

「高いですねえ。父上のご苦労もよく理解しているつもりですから、それで結構です。ただし条件が――」

「なんだ?」

「少々前借りしたいのですが。次のお出かけでマリアンジェラにプレゼントなどを買ってあげようかと」

「けっこう、けっこう。俺から前借りしたと付け加えてくれるか?」

「それは余計な情報でしょう……」


 その後、シルヴェリオは妹の部屋を訪ねた。流行らしい恋愛令嬢ロマンスフィクション小説の王太子の気持ちについての解説を求められ、かなり適当に答える。妹は激高してシルヴェリオは部屋を逃げ出した。

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