お迎え
「明金昭だ。ヤロスワフとマリアを引き取りに来た」
そう言って目の前の衛士に騎士が身につける宝剣を見せた。小さな赤い宝石が柄の部分にはめ込まれたこの剣は、叙任式と共に殿下から貰ったものだ。
衛士はその剣を見て目を丸くする。
「なにをしている。君の上司は君に、騎士に対して無礼な態度を取るようにと教えているのか?」
俺は英国紳士をイメージしながらいやらしい貴族を演じてみた。え?いやらしいのは元からだろ?
じゃあ問題ないか。
「……少しお待ちを」
衛士は信じられないといった顔を浮かべながらも、自分が罰せられる可能性を恐れたのか、不承不承ながら頷いた。
ふふん!どうだ?すごいだろ!
これが貴族の力!
俺はお前ら農民が一生かけてもたどり着けない貴族になったのさ!!
みたいなこと内心言っちゃったけど、普通に農奴でも騎士になれます。西の神聖帝国では農民が騎士になることを禁じる金印勅書が最近出されたらしいけどね。一般的に条件はだいたいどこの国も同じで、まず武具と馬、従者を最低ひとり揃えること。そして騎士としての教養と技量を揃えてると先輩騎士や主人が判断したらなれる。だから完全な実力主義であると同時に、金が無いと騎士にはなれない。
軍馬だけで5000ペニーもするし、鎧も今の時代の全身鎖帷子に羊毛鎧のセットで2500ペニーほど。軽装の革鎧も全身となれば同じくらいの値段がする。この時代なんて産業革命による安価な綿服なんてないし、羊毛の服も作るのに手間がかかるから高い。となると民衆の多くは麻でできた服か、少し余裕のある人は革の服を着る。でも毛皮の供給は基本ハンターや冒険者の狩りによるものだから少ない。
だからよく小説で冒険者の主人公が初期に革の鎧を入手することなんぞ、自作を除いてできないのである。
と、話がだいぶそれたか、今俺は兵士の詰め所にて、平時では関所もして入門審査の役割を持つ北の門に来ていた。正確にはその門の左塔に付随するように建てられた警備隊の本館にだか。
門から流れる大通りを歩く住民は、俺の方に様々な視線を送ってくる。まあこれは仕方ないよね。
隣国を尽く地獄に叩き落としてるタタール人が馬の大群に率いてやってきたんだから。多分、向こうもこっちに敵意はないことはわかってると思うけど、
触らぬ神に祟りなしなんだろう。俺が通りの人の方に振り向いたら、みんなサーッと消えていったわ。俺が悪いん?俺が悪いよなぁ…。ちょっと傷つきマスた。
「確認が取れました、お二人のもとに案内いたしますので、ついてきてください」
「うん、そうしよう」
衛兵に案内された部屋に入ると、あの時の警備隊隊長が執務机に手をかけていた。その左脇にはヤロスワフとマリアが木製の長椅子に腰かけている。
「あなた!無事だったのね」
「ああ、なんとか賭けに勝ったよ」
「おめでとうございますアキラ様」
二人の顔を見ているとなぜか安心した。肩の力がふっと降りたような感じがする。
「本当におめでとう。私の為にも君が公爵殿下に会えたことを嬉しく思う」
警備隊長はにやりと口角を上げながら、上から目線で見つめてきた。
「これでアンタと同じ騎士様だ」
俺の言葉に警備隊長はにやけながら、首をガクッと下げる様に頷いた。
「ああ非常に喜ばしい事だ。だが忘れてはならないが君はどこまでいってもタタール人であるということだ。それはいつでも君の重荷になるだろう。痛い目を見たくなければ騎士としても、異邦人としても、これからの言動にはより一層気を付ける様に」
「それに関しては本当に忠告ありがとう。つい最近にそれでかなーり痛い目見たのでね。アンタの部下の仕事が増えない様に気をつけるよ」
「嫌味に聞こえるかもしれないが、これは本当に君を思ってのことだ。私は君の能力に期待している。君の力が有ればこの分裂した祖国を取り戻せるかもしれない」
警備隊長の言葉に俺はなんだか言葉に詰まってしまった。
だってこの時代って13世紀だよ?神聖ローマ帝国の正式名称なんかに「ドイツ人」ていう言葉が入っている通り、うっすい民族意識はあったんだろうけど、国家とかそいう広い概念が浸透したのってナポレオン革命以降だったような気がする。
「なんか……あれだ……宮廷貴族たちもそうだったけど、なんかもっとドロドロしてるかと思ってた」
「ん?どういうことだ?」
「普通さ国家とかそういうのなんて想像がつかないだろ?村の農奴や町人なんて自分の住んでいる村や都市のことで手一杯だし、あんたたちも自分の身近の利益とかばっかだと思ってたんだが…」
「はは、それは他の国ならそうかもしれない。だが我が国の奸臣たちは先代の公爵様によってあらかた粛清された。今の重役たちはその15年前の大粛清を生き残った者たちだ。そしてその者たちの多くが、統一まであと一歩のところで分裂してしまったこの国の将来を憂いている」
「つまり……あなた達は愛国主義者であると?」
警備隊長はその言葉に、ほう、と口を開けながら天井を見つめた。
「愛国主義者か、なかなか良い言葉だな。そうだ、私たちはきっとこの国を愛しているんだろう。だから君がこの国に貢献することを祈っているよ」
「……戦場に立てば私はこの国の騎士の鎧を身に着けることになる。だが下着は商人のものだ。この国の利益が私の利益に反しない限り善処するよ」
「はは、まぁ今はそれでいい。だが最後の忠告として、君と同じ考えを持っていた者たちは15年前に全員縛り首になった。彼らが貴族としての誇りもなく、糞尿を垂れ流しながら死んでいくのを私はこの目で見た。殿下も先代の意志をお継ぎなり、そのような者を必要としていない。二度と同じ光景を見る羽目になることだけは避けたいものだ」
「それに関しては問題ない」
俺の毅然とした態度に隊長は少しだけ不思議そうな顔を浮かべる。
だっておいらホモンクルスだもん。首チョンパされてもダイジョブだからさ。
「今いっても信じてもらえないかもしれないから言わないが、もうすぐこの街ににも私のある噂が流れてくるだろう」
「そうかい、ならそれを楽しみにしているよ。ところで殿下は何か、聡明な警備隊長に言ってなかったか?」
あっ…聞くの忘れてた。
「はっ……お勤めご苦労さん!これからも門番仕事頑張ってねだってよ!マリア!ヤロスワフ!そろそろ退屈してるだろ?公都でパーッと上手い飯と酒でも飲もうぜ!!」
あっけに取られている警備隊長をよそに、二人はうれしそうに立ち上がった。
「そうですな、堅苦しい話を聞くのにも飽きていたころです」
「ねぇ?ご飯食べたら服屋とか宝石店にも行ってくれるの?」
「あったりまえよ、殿下いわく、公都なら帝国産やアラブ諸国の珍しい産物があるって聞いたぞ。一週間かけて遊びつくそうぜ!」
「やったわ!楽しみね、あなた」
そして二人を連れて部屋を後にしようとしたとき、俺は警備隊長の男に聞いておかなくてはならない、重要な事を思い出した。
「そう言えばあんたの名前なに?俺は名乗ったけど」
俺のあっけらかんとした言葉に警備隊長の苦笑いはより深くなっていく。
「……ダリウス、ただのダリウスさ」
「そうかい、愛する王国のためにもよろしくなダリウスさん」
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