市場調査とビジネス①
第16話「名君の下に名将あり」での召喚馬に関する契約内容を改めました。
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警備隊本館から出た俺たちはクラクフの北門から走る大通りをゆったりと歩いて行く。途中、ふざけた顔をしたアジア人を見つめる視線を無視しながら、俺たちは通りの町並みを観光していた。
「トルン時もそうでしたが、聞いていた話よりもきれいですね」
マリアは自分たちが歩く大通りを見つめながら感心したようにつぶやいている。
まぁ人が何千人も集まる都市となると、排せつ物の処理は大変になる。地球の歴史でもイギリスのロンドンやフランスのパリはひどい悪臭を放っていたらしい。中世フランスでイメージされるようなハイヒールや傘、ドレス、香水はこういった都市での汚物から身を守るために生まれたというぐらい、衛生状態は悪かったようだ。
それはこの世界の都市でも大差ない。トルン城やクラクフ城も、ホールや客間はまだきれいだったが、廊下や階段には汚物が散見していたしな。
ただ少しだけ違うのは魔法の存在だ。
実は都市の多くには下水道が完備されている。これは魔石から魔力を消費し、水を生み出す魔道具によって、水洗式トイレが使われているのが理由だ。といっても魔道具は大層高価らしいので、裕福な貴族や商人が個人用のトイレをもっているだけなので、今だお目にかかったことはない。
「官僚のオッサンから聞いたんだが、都市の糞を銀貨と交換して集めてるらしい。なんでも慢性的な肥料不足らしいから、それで都市周辺の農地に還元してんだとよ」
「前アキラ様が言っていた地産地消というやつですか」
「まぁそんなもんかな」
「だから通りがきれいなのね」
マリアの相槌に俺は眉間にしわを寄せながら、反射的に横を歩くマリアの方を向いた。
「だからって通りから離れた道は行かないぞ?大通りより汚いし、なにより犯罪に巻き込まれるかもしれない。ここならスリぐらいだしな」
「それだったらアキラ様のアイテムボックスがありますからな」
ヤロスワフの言葉に俺は黙ってうなずいた。そうこうしている内に俺たちは街の中でも中央の教会からみて西、クラクフ城周辺の区域に来ていた。ここは主に城内で働く宮廷貴族や高級武官の邸宅がならぶ住宅街だ。兵営が一番巡回している地域で、街の中では一番安全なところになる。俺たちはこの区域で唯一の宿屋に来ていた。
宿の名前は『サン・ペテロの泉』というらしい。この宿の場所はさきほどの文官のおっさんに教えてもらった。
「ここで2週間分の予約をしよう。そしたら少し休憩してから遅めの昼食としようか」
「そうね、少し歩くの疲れたし」
「この宿屋で食事はしないのですか?」
空の真上からサンサンと石畳を照らす太陽を眺める俺とマリアに、ヤロスワフは不思議そうに聞いてきた。
「この宿に通うのは領外や外国からの商人が主だ。面白い話を聞くなら彼らでも良いが、まずこの街について知るためにも、現地の貴族が通う酒場に行こうかなと」
「なるほど」
「それに俺みたいな目的で酒場に来る商人も多くいるらしいしね。知り合った宮廷貴族のおっさんからお勧めの酒場教えてもらったから、そこにいこう」
この時代に情報を集めるのなら、18世紀のコーヒーハウスならぬ、13世紀のビールハウスってわけよ。てか各地の戦争や経済に関係する時事をあつめた新聞でも作って、酒場の貴族や商人に売れば儲かりそうだな。軍馬による情報伝達速度が有れば、現代と殆どそん色ないスピードで最新情報を収集できるのでは?それをネイサン・ロスチャイルドみたく独占して荒稼ぎするよりも、それを広く公開して、重要な金の話しを卸してくれる存在になったほうが、敵を作らず金儲けも出来る。新聞が広まれば、変な噂よりもこっちの記事を信用するだろうから、自分に不都合な情報はもみ消せれる。少数民族の俺にとって情報はなによりも大切な気がする。
そんなことを一人で考えながらも、宿で予約を取った俺たちは文官のおっさんに教えてもらった「貴人の邸宅」という酒場に来ていた。
「うちでは一見様はお断り……」
店の扉を開けてそうそう、酒場の店主らしきオッサンがそう言いながら俺の顔を見て固まる。先程まで上品乍ら、騒がしかった客の声もピタリとやんで、いくつもの視線が俺のイエローフェイスに突き刺さる。
「どうも噂?のタタール人、明金昭です」
「……さっきから話題は貴方のことばかりですよ、なんでも殿下の騎士になったとか」
「ええ、さすがお耳が早いですね。あ、これパブログさんからの紹介状です」
「パグログさん?あぁ…あの飲んだくれの……」
店主の心無い言葉に俺はかるく笑ってしまった。
「そこはお得意様でしょ、それより私はこう見えてかなりの大食漢でして、お腹が減ってしょうがないんですよ。パグログさんからはここの店が一番おいしくて品数も豊富だと聞いて来たんです」
「あぁそうですか。騎士様にそうお褒め頂けるとは嬉しい限りです。こちらのテーブルでかまいませんか?」
俺たちはうなずきながら店主に指定された席に座った。
メニューを開き、見つめる俺に店主はにこやかな笑みを浮かべながら、いつも通りの接客対応を始めた。
「それではご注文はどういたしましょうか?」
店主の笑顔に俺も満面の笑みで答える。
「全メニュー三人前で」
ここから二週間、店主の笑顔と日常が崩壊した瞬間であった。
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