裁判


馬車でゆられること半日。東の村から西へ連行され続けた俺は、この地域で2番目に大きいトルンという町にいた。南東の山々から北西にかけて、クラクフ公国の北部を斜めに突っ切るように流れるビスワ川の北部に建つこの都市の人口は約4000人。

この周辺の経済の中心地である、ここからさら北西にビスワ川を沿うようにあるビドゴシュチという大都市の衛星都市だ。


戦乱の影響なのか街を囲むように5メートルほどの外壁が張り巡らされていた。


俺はこの町に来たことはない。本当はせっかく世界に来たのだし、情報収集とビジネスという名のもとにヨーロッパ風文化を観光しようと思っていたのだが、タタール人の俺がこんな大人数の前に現れたら、絶対に問題になるとヤロスワフに止められていたからだ。その時はまぁ今は急がなくてもいいかと、納得したが、今思えば悪手だった。


なにが俺は油断しないぞ…だよ。本当に。糞バカじゃん。いや大馬鹿だわ。

そもそも現地住民との衝突は想定の内だったのに……こんなことになるなら、この街の領主に飛び込み営業の傍ら、売り上げの一部献上を条件に商売の承認と保護を認めさせれば良かった。いわゆる重商主義だ。


でも現状はこのありさま、そして目隠しを外された俺の前には豪勢な椅子に座る恰幅のいいオッサン。なんだこれ?この国の女性もそうだが、あれだ、いつになったら俺の中のステレオタイプは壊されるんだ?。こんな絵にかいたようなザ・うざったらしい貴族だとは……。


手足を縛られ床に膝をつける形の俺に、この街の領主は重々しく口を開いた。


「神聖なる神の土地を荒らす蛮族よ……言いたいことはあるか?」


よかった「最後に」じゃなくて。

俺はあのねずみ男に言ったように、ただ真実だけを口にしていく。


「既にそこのネズ……異端審問官さまに説明しました通りのことです。この街の行商人シモンは私と交わした契約を破り、私が貸した軍馬を他の商人に無断で、それも法外な値段で貸し付けようとしていました。私が召喚する軍馬は知能が高いので、私は契約を破った人間や危害を加えようとする人間には抵抗しろと命令しておりました。決して殺せとは言っておりません。あくまで抵抗しろと言っただけです。意図して殺したわけではありません。従魔の行為の責任が召喚主に及ぶのでしたら、これはあくまで正当防衛のはずです。そして契約書には貸した軍馬が起こした問題は借りた側が全ての責任を負うと明記してあります。シモンもそれに同意してサインしました。これはシモンの自己責任です」


言ってやった…言ってやったぜ!

てめぇらなんて所詮、短小の大馬鹿小馬鹿なんだよ!!

死ね!仮性包茎が!!


「そうか…ただの詭弁だな。このものに処罰を言い渡す。慣習法ならびに、隣人愛と世界平和を解く神の教えに背き、無実の民を不当に殺した挙句、自身の責任を逃れようとする不道徳の姿勢。極刑に値する!!この場で即刻処刑せよ!!」



あっ……「最後に」だったわ……。

なるほど、俺は殺されるらしい。

え?なんでそんなに冷静かって?。

自分の両胸に槍が突き立てられようとしてるのに?ていうか今突き立てられたのに?

そして今まさに俺の首が切り離されようとしてるのに?


血を吹き出す自分の首から下をよこから眺めているのに?

え?痛くないのって?痛いが?普通に。ていうか熱いわなんか。

あとなんで意識あるのって?……そりゃあ俺が一片の細胞でもあれば再生するホモンクルスだからだよ!!


「魔力の高い人間は死後アンデットのドラキュラに生まれ変わることがある。すぐに心臓に銀の杭を打ち込み、司祭は祈祷しろ。その後は跡形もなく燃やし尽くせ」


と、領主の命令を受けた衛兵は俺の胸に長さ30センチほどの銀の杭を打ち込んでいく。そして司祭はなにやら呪文のようなものを発動し始めた。


「神にして精霊よ、どうか主の聖なる光によってこの罪深み者に、永遠の祝福と眠りをお与えください」


すると俺の首から下はかすかな光を帯び始めた。

へぇ……聞くに炎を出して敵を燃やしたりするのは知っていたけど、あんな魔法もあるんだ。ていうかアンデットとかドラキュラいるんだね……キンモ。


「よし、ではその死体は街の外で燃やすように」


「ありきたりだけど、見せしめとかで街中に晒すのはしないの?」


頭だけとなった俺は自分の『死体』を横から眺めながら、後ろに座っている領主もとい、ヤン・クレメンス・ブラニツキに話しかける。


「いやほっとくとドラキュラになる可能性があるから念には念をいれよ」


「へぇ流石貴族様、用心深いね」


「そんなことよりはやく……うん?お前たちどうした?


ブラニツキは自身の方を信じられないとばかりに目をひんむきながら凝視する衛士たちに不思議な様子であった。すると衛士がブルブルと震える人差し指を俺の方に向ける。しかも隣の司祭は泡を吹き出しながら白目で気絶していた。


「………ぁ…領主さま」


衛士の震える人差し指の方をブラニツキは訝し気に目線をむけた。

そこには血を流しながら転がるアキラというタタール人の首があった。


「……顔」


まったく一体なんなのだ。はやく仕事を終わらせて宴を開きたいというのに……。

そんな風にブラニツキが思っていると、また別の衛士が顔面を蒼白させながら

「……その顔」とつぶやいた。


その者の視線はやはりタタール人の頭を凝視している。

その頭になにかあるのか、そう思った瞬間。



「ばあ!!恨めしや~!!」



突然タタール人の首がこちらのほうに振り向いたのだ。


「うひゃひょ⁉……ひっ…え?……ぬわぁ⁉あぁ⁉いやぁああああああああ⁉⁉」


そしてその口は突然喋り出し、目ん玉はぎょろりとブラニツキの方を睨みつけた。


「gyぁあああああ⁉アンデットォ⁉どらきゅRぁぴょ⁉⁉」




おいオッサン、さっきの威厳が台無しだぞ。

そりゃ普通は首切り落とされて生きてる人間はいないだろうけどさ、俺人造人間なんですわ。


よだれを巻き散らかし、尿で金の刺繍で飾られたズボンを汚しながら、椅子から転がるように衛士たちの方にオッサンは逃げ出していく。異端審問官もといネズミ男も逃げ出していく。衛士の方でなく、ホールの外へと。

衛士たちは恐怖で顔をゆがめながら、槍を俺の方に構えた。その矛先は震える手のせいで定まっていない。


「お前たち、わしを守れ!!おい司祭⁉なにをしている起きろ!!はやく浄化の呪文を……」


ホールの中の者たちが恐怖で慌てふためくなか、俺の首の断面はボコボコと沸騰するように新しい細胞が噴き出していく。そしてものの数十秒で俺の肉体は完全に再生した。そしてそれに合わせてか、さきほど銀の杭を打ち込まれた俺の『死体』は灰となっていく。


ホールのど真ん中ですっぽんぽんで立つ俺。

恐怖で体を硬直させる領主と衛士たち。



しばしの沈黙が走る。



そして破られた。



「俺はドラキュラじゃなくてホモンクルスという人造人間だ。現にここから差し込む日の光を浴びても俺は灰にならない」


俺は先程まで領主が立っていた椅子の後ろに張られたステンドグラスのほうを指さした。あと勢いで俺がホモンクルスってことばらしちゃったけど、この状況じゃ仕方ないでしょ。あんな敬虔な信者たちが住む国で、俺がアンデットのドラキュラみたいな風潮がたったら魔女狩りもとい、アンデット狩りにあいかねない。ならホモンクルスとして通った方がマシだ。


「この体はなんど切り伏せても再生し、死ぬことはない。お前たちが抵抗しても俺は何度も立ち上がり、お前たちを殺すまで地獄の果てまで追い詰める」


「ひっひぃ⁉」


「だが今すぐ俺に危害を加えたことへの謝罪と賠償金を払い、先程の裁判をやり直すのであれば目を瞑ろう」


「ひぃいい⁉ごめんなさいぃぃいい!!あなたは無罪です!!金も払います!どうか命だけは許してください!!」



俺の脅しに領主は命の危機に面子なんて関係ないとばかりに両手を祈るように突き出し、きれいな土下座を披露した。

三分もかからなかった俺の一審の判決は、二秒もかからなかった二審で覆り、

俺はみごと無罪を獲得した。

裁判ってこんなんでいいの?司法権の独立は?民主主義ってなんだ?


そしてその後、なんとか体裁を取り戻した領主との話し合いの結果、

10万ペニー(2億円)の賠償金の支払い。

領内での移動の自由と納税の免除。

馬レンタルの独占の承認と保護。

おまけに俺の住んでいる東の開拓村への不輸不入の特権を認めさせた。

代わりに俺と領主の間では不可侵条約と友好条約(領主の娘との婚約)が結ばれた。

まったく、こんなバケモノの人質に出されるなんて彼女も報われないだろうな。

まぁ俺の顔を見て怯える、その15歳の少女はめちゃくちゃ美人だったから俺は問題ないんだけど。


本人の意志とか年齢なんて関係ない。俺の物が立つか立たないかが問題なのだ。


しっかし流石貴族、やっぱ貯めこんでるねぇ……この時代の貧富の格差にかなり怒りを感じますよホントに。え?公認会計士…じゃなくて脱税者が言うな?墓荒らすぞ?それだけはやめようぜ?


「じゃあなあ!!また来るよ!!」


「はっはい!!この街に来た際はぜひこちらの方へお越しください!」


なんども頭を下げる領主に俺は手を振りながらホクホク顔で歩き出した。

なにせ俺のアイテムボックスの中には10万枚のペニー銀貨があるんだせ?

正確には10万と4400ペニーだが。そんな端数はどうでもいい。

1万ペニー未満は受け付けませんから!わたくし!


ちなみに殆ど空気だったアイテムボックスには銀貨の他に、護衛用の剣と丸盾。弓と矢。あともしものためにホモンクルス換算で1か月分の食料と、野営道具、そして二か月前から毎日のように無駄なく召喚していた30000体弱の馬が収納されている。

いやこいつら生殖能力も感情もないからもしやと思ったんだが、やっぱり生物判定じゃなかった。たぶんゴーレムとかみたいな疑似生物てきなものなんだろう。

ちなみに内訳は軍馬、亀甲馬、一角馬がキッチリ10000体ずつ。飛ぶ馬が1000体ほどだ。これは飛ぶ馬の性格上を考慮してこんな分配にした。


商業目的なら軍馬だけでいいんだが、タタールの存在やこの王国の分裂状態をみるに亀甲馬や一角馬の需要も高いと踏んでる。


そして俺は召喚した軍馬に乗り、気分よく東の村へと馬を走らせた。

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