第6話 吟遊詩人のコンサートに行こう

 二回目のデートは昼間だった。フーチェもなかなか行かないマドン村。彼女は知らなかったが、マドンは喫茶店が有名らしく、建物の造りや内装に趣向を凝らした喫茶店を巡っていく。コーヒーが美味しいのはもちろんだが、クッキーやマドレーヌなどの自家製お菓子が美味しい店が多い。

 甘いものが好きなフーチェはどこの店のものも楽しめたし、何よりビドルが、自分が焼き菓子が好きだと話したのを覚えておいてくれていたのが嬉しかった。


 帰り際、少しだけ服屋のウィンドウショッピングをする。マドンの服はスタップ村とは流行りの色合いが違っていて面白かった。ビドルはあまり興味がないようだったけど、それでもフーチェの話を楽しそうに聞いてくれた。


 そして、リアミーに次のデートの相談に行く。次がいよいよ三回目、交際を決める最後のデートだ。そう思うと、急に結婚というものが現実味を帯びてくる。


「どう、次に進む?」

「うん、まあ……進、みます」


 曖昧な返事。それは、登録したときに理想のタイプを聞かれたときのリアクションによく似ていた。


「分かった、じゃあ三回目オッケーってビドルさんに伝えるわね」

「あの、リアミーさん」


 フーチェは目の前のアドバイザーに、ずっと尋ねたかった質問をぶつけた。


「結婚って、良いものですか?」


 その問いに、リアミーは一瞬目を丸くした後、曲げた人差し指をアゴにつけてゆっくり頷いた。


「そうね……長寿草みたいなものよ」

「あの健康に効くっていう苦い薬草ですか?」

「そう。合う人にとってはすごく良いものだと思う。でも、別になくても困らずに普通に生きていける人もいる」

「なるほど……」


 万人に良いものではなく、人によりけり。それが分かっただけでも、彼女にとっては十分な収穫だった。





「あっ、先生の服!」


 カタスイからスタップに戻る前に服の店を巡ったフーチェは小さな叫び声を上げる。自分の仕立て屋の先生が作った服が、オススメ商品として飾られていた。


 明るい、それでいて目に痛くない、染色用のレッドスライムで着色した赤色のワンピース。袖がキュッと締まるようになっている一方、裾には綺麗にウェーブしたヒダがついていて、機能性とオシャレを両立させている。


「すごいなあ!」


 感嘆の溜息を漏らす。自分もこんな風に飾られる服を作ってみたい。そのためにはもっともっと修行が必要だし、北の方にある服飾で有名なリップス村も訪れてみたい。叶うことなら、一流と呼ばれるリップスで住み込みで働きながら技術を盗みたい。


「すごいなあ……」


 フーチェはもう一度同じ言葉を繰り返し、さっきとは異なるトーンの溜息をついて、家への帰路をゆっくりと歩いた。






「フーチェ、次のデートどうすることにしたの?」

 夜、父母と三人で食卓を囲んでいると、フーチェの母親が話題を投げかける。


「ん……行くつもりだよ」

「そっか、良かったわね! ねえ、父さん!」

「ああ、だな」


 父親はさほど興味なさそうにスープを飲んでいたが、その表情には幾何いくばくかの安堵が見て取れた。


「やっぱりライナの結婚相談所ってすごいのね! こんなに早く相手が見つかるなんて!」

 母親はと言えば、まるで恋バナを聞く同世代のようにはしゃいでいる。


「お母さん、結婚って良い?」


 フーチェは確かめるようにリアミーにもした質問を母にも訊く。良いと言われる、と分かっているのに。


「すごく良いわよ。お母さん、この家で落ち着いて暮らせてるし、アナタも育てることができたし。やっぱりね、なんだかんだ女の人は結婚するのが一番だと思うなあ」


 若い時から母親が一貫して言っていることだ。それは、ある種擦り込みのようにフーチェの脳内に刻まれていたので、彼女もいつも通り、微笑をたたえた。





 夜、ベッドに入って横を向く。何も着ていないトルソーが、彼女の脳内では色とりどりの服を着たファッションショーに変換される。自分は、新しい服を作りたい。これまではパタンナーとしてデザイナーが描いた画を服にしてきたけど、自分でデザインしてみたい。

 結婚したら、あるいは子どもができたら、道半ばで職場を離れていった先輩たちのように家に入らなければならないだろう。

 夢と生活が両天秤に乗って揺れると、彼女の心も動揺してしまい、掻き消すように大きなタオルを被った。



 ***



「ビドルさん、お待たせしました」

「いえ、僕もちょうど今来たところなので」


 三回目のデートは、スタップ村にある大きな広場で夕方に集合。ビドルは、天に広がる夕焼けのような綺麗なオレンジの肩掛けカバンを持って、嬉しそうに手を振って迎えてくれる。


 今日はここで、有名な吟遊詩人であるトンソンがコンサートを開くということで、大勢が集まっていた。フーチェにとっては初めての経験だ。


「今日は僕の全国ツアー、『同じたみなら歌わにゃトンソン』に来てくれてありがとう。まずは早速、聞いてください。『願いよ、沈まぬよう』」


 竪琴を弾きながら歌い始める。その静かな、しかし情熱的な声に、フーチェは心を震わせた。


「ビドルさん、これ、すごく良い歌ですね」

「ですよね! 僕も以前、会社の仲間に連れられて一回だけ聞いたことあったんですけど、すごく引き込まれて。まあ心地良すぎてすぐに寝ちゃったんですけど……」

「ふふっ、寝ちゃったんですか」


 蘊蓄うんちくを披露するでもなく、正直に話すビドルに、彼女はプッと吹き出す。「ぐっすり眠れました」と言う彼も、一緒になって笑っていた。





「すっごく良かったです! またトンソンさん来たら見てみたいなあ」

「ですね、よくツアーやってるらしいので、すぐにきっと会えますよ」


 解散となった広場を後にし、ビドルを先頭に二人で村の奥に向かって歩いていく。そろそろ、夕飯の時間だ。


「この後はどうしますか?」

「えっと……そんなに高い店じゃないんですけど、良かったら僕がいつも行ってる酒場に行きませんか? 緊張しない方が喋りやすいので、フーチェさんとたくさん話せるなって」


 その言葉に、フーチェの胸はキュンと高鳴った。初回のデートじゃなく、打ち解けようして今回酒場を選んでくれたことが嬉しい。


「ありがとう、ございます」

「いえいえ、僕が連れてきたかっただけなので。あ、あそこですよ!」


 着いたのは、普通の酒場。しかし、壁や屋根が綺麗に色塗り・修繕してあって、かなり小奇麗な印象を受ける。中に入っても、カトラリーがピカピカに磨かれていて、清潔感があった。


「ここは何食べても美味いんで。おばちゃん、今日のオススメある?」

「クラーケンと麻痺キノコの痺れグラタンがあるよ。あとは毒抜き毒草サラダだね」

「じゃあそれとエールを二つ!」


 活き活きとしているビドルを見て、フーチェは自分まで楽しくなってしまう。すぐにエールが運ばれてきて「乾杯!」とグラスをぶつけた。


「んーっ、美味い! げっ、冷たい!」


 一気にグラスを傾けていたビドルが思いっきり太ももに零す。おばちゃんと呼ばれていた妙齢の女性の店員が、呆れながらタオルを持ってきた。


「ったく、気合いが空回りしてらあね」

「そりゃ緊張するって。三回目のデートなんだから。ねえ、フーチェさん?」


 彼も三回目を意識している。そんな当たり前のことに、ドキッとしてしまう。ちょっとだけからかってみたくなって、フーチェはわざと首を傾げてみせた。


「まあ緊張はしますけど、私は零したりしないですよ?」

「ちょっとフーチェさん、はしご外さないでくださいよ!」


 すかさず店員が加勢してくれる。


「お嬢ちゃん、ビドルったらこの前もね、二回目のデートの後に反省会だって行って泥酔してたんだよ」

「え、聞かせてください!」

「ダメダメ、フーチェさん聞かないで!」



 少し打ち解けた二人で一緒に笑い合う。真っ直ぐで正直な人なのだろう。こうして過ごす時間が、なんだか楽しい。それは一回目より、二回目より、ずっと。


 いつもより、お酒が美味しかった気がした。

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