デート

第5話 博打が趣味かを確認しておこう

「いらっしゃいませ。先にお店に入ってますか?」

「いえ、待って入ります」


 ビドルから正式にデートの返事をもらって三日後の夜。彼から時間と場所を指定する手紙が届き、フーチェはカタスイ村にあるビストロに来ていた。シックな茶色の屋根に、濃淡様々な赤銅色が鮮やかなレンガ造りの建物。カタスイは入り口のところが一番栄えているけど、こんな奥まった場所に良い店があるとは知らなかった。


 それにしても、こういうタイプの店で良かった、とフーチェは安堵して肩の力を抜く。無意識のうちに彼女は、三人と会った日、ビドルからデートしたいと返事をもらえた後にリアミーと話したことを思い出した。



 ■◇■


「リアミーさん、初デートってどこに行くものなんですか? 昔は酒場とか連れていってもらいましたけど……」


 その言葉を聞いた瞬間、リアミーは凶暴なモンスターと対峙したかのように顔を引きらせた。


「もちろん色んな意見があるけど……個人的には初デートで酒場は絶対ナシね!」

「えっ、そうなんですか!」


 リアミーは激しく首を上下させる。その目つきに、断固たる決意を感じさせた。


「何回目かのデートならいいと思うけど、初めてのデートっていう大事な場面に安い酒場に行くのは、『その程度の相手』だと見てるって取られても仕方ないしね」

「ううん……でも、金銭的に大変な人もいるんじゃないですか? それに実際にそんな風に思ってるかは分からないですし。自分の金銭感覚だとこれくらいが妥当、って感じで予約する人もいるんじゃないかなって」


「まずお金については、そういうケースもあるけど、少なくともうちの会員については月の会費を払うだけの余裕はあるから、一回分のビストロくらいはなんとかなると思うわ」

 確かに、それはそうだ。リアミーは続ける。


「後者については……実際はどっちでもいいの。フーチェさんの言うように、本人が相手のことをすごく大事にしているケースもあるかもしれない。でも、そう取らない人もいる。『安いところに連れていかれた』と思う人がいるの。問題なのは、そんな風に受け取られる可能性がある場所を選んだ、ってこと」

「あ……」


「服装も、奇抜な格好で行くより、きっちりした格好で行くことが好まれるのは、その方が減点される可能性が低いから。店も同じなの。そういうことを考えずに一発目に酒場を選んでしまう、そこがちょっと残念ということね」


 一番初め、肝心なデートで印象を下げるリスクがあることをしてしまう。そこをリアミーは指摘しているのだろう。


「ということで、ちゃんとしたコースの出てくるレストランや、コースじゃないけどしっかりした料理とお酒が出てくるビストロみたいなところが私はオススメかな。でも、これはビドルさんには伝えないつもり。本人がどういう価値観かを見られるチャンスだしね」


 そう言ってリアミーは「健闘を祈るわ」と力強く握手した。


 ■◇■



 店の壁に寄りかかり、フーチェは相手が来るのを待つ。やがて、遠くからビドルが走ってくるのが見えた。


「ごめんなさい、フーチェさん! 仕事が予想以上に長引いちゃって」


 濃紺のシャツに、ベージュのパンツ。少しシャツにススがついているのは、鍛冶仕事で汚れたからだろう。


「いえ、ワタシが早く来ただけなので、大丈夫ですよ」

「じゃあ入りましょう」


 店の中に入り、二人は奥のテーブル席に通される。窓から夜の家々の灯が見える、良い席だった。


「この店、俺初めて来たんです。体に良い食事ができるって聞いて。あ、すみません!」


 紙のメニューを見ながら、ビドルは店員を呼ぶ。遅刻したこともあり、遅れを取り戻すように慌てているようだった。


「えっと……薬草と食用スライムの煮込みと……毒消し草のパープルサラダ……あと川魚の聖水しゃぶしゃぶをください。あと飲み物は……フーチェさん、エールでもいいですか?」

「はい、大丈夫です」


 注文すると、すぐにジョッキのエールが運ばれてくる。綺麗な黄金色は、混ぜ物をしていない証だ。泡もしっかり立っていて、フーチェは小さく喉を鳴らした。


「それではフーチェさん、乾杯! 今日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします、ビドルさん。乾杯!」


 ガチンとグラスを合わせて二人で一気に呷る。フーチェは全身が一気に熱くなるのが分かり、少し開いている窓からの風を心地良く感じた。


 ちょうどそのタイミングで、薬草と食用スライムの煮込みが出てくる。食用スライムは緑色なので薬草との色の調和も良く、食欲が失せるほどではないものの、フーチェは目をキュッと瞑った。


「フーチェさん、どのくらい食べます?」

「あの、すみません。ワタシ実は食用スライムが苦手で……」

「え、本当ですか! あー、しまった、食べ物のこと聞かないで頼んじゃいましたもんね。すみません、いつも職場の人と行くと、みんな何でも食べるんで……」

「ふふっ、そうなんですね。ワタシも、甘い焼き菓子なら何でも食べるんですけど」


 確認がなかったのはちょっと残念だったけど、その返事が面白かったので彼女はくすりと笑みを零す。


 今回は、自分がビドルの話を聞きたいと思っていた。リアミーからも、アドバイスを幾つかもらっていたのだ。




【アドバイス① 職場の規模を聞いて、安定しているか確認しよう】


「鍛冶の職場、何人くらいいるんですか?」

「えっと、二十人くらいですね」


 ふむふむ、この辺りだとかなり大きい方だ。




【アドバイス② さりげなく職場仲間との交流が多いか聞こう。交流が少ないと出世が心配だけど、多すぎると家に遊びに来る人も増える】


「同僚や先輩と飲んだりすることあるんですか?」

「十日に一回くらいかなあ。結構酒好きの先輩がいてね。よく幼馴染の同僚と連れ回されてるんです」


 うん、まあうまくやれているように思う。幼馴染がいるのも、友人を大事にしている証拠だ。

 あと、敬語が少しずつ外れているのが嬉しい。




【アドバイス③ 博打が趣味かを知ろう。これがあると家計的には厄介】


「行くのはお酒だけですか? カジノとかも行ったり?」

「いやいや、そんなに高い店には行けないよ。というか、そもそも僕は博才がないから基本ああいうところには行かないようにしてる」


 これは良かった。他に高価なものを買う趣味がある感じでもないし、浪費は心配しないで良いだろう。





「あ、川魚来た! 俺、魚が大好きで、毎日食べてもいいくらいですね!」

「私も魚好きで、よく自分で料理してますよ。ビドルさんも料理作るんですか?」

「はい、釣りが好きな友達がいるので、たまに貰ってさばいてます」


 会話をしながら相手のことを知っていく。ただの雑談とは少し違う、不思議なドキドキと面白さがあった。



 ***



「なるほど、なるほど。じゃあ結構ビドルさんのことは聞けたわけね」

「そうなんです。表面的な部分かもしれないですけど、人となりは分かったかなと思います」


 デートの翌日、フーチェはリアミーのもとを訪れていた。デートの報告をしつつ、次のデートをどうするか決めるためだ。


「それで、食事の後はどうしたの?」

「川沿いを散歩しました。『滅多に出ないけど、モンスターが出てきたらちゃんと守ります』って言ってもらって。で、そこでお別れです」


「なるほど、食事からの散歩、気をてらわない、良いコースね……それでフーチェさん、どうする? 次もデートする?」

「そうですね。今度はもう少し打ち解けられるように頑張ります」


 それを聞いたリアミーはニッと破顔した。


「実は、ビドルさんからもまたデートお願いしたいって要望が来てるわよ」

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