第4話 全てを自分の話に変える人
「よ、よろしくお願いします。フーチェです」
剣を床に置き、ドカッと椅子に座る。ランクAの勇者で、普段は北方でパーティーを組んで難度の高い討伐ミッションをクリアしているらしい。プロフィールシートにはその功績がびっくりするほど事細かに書かれていた。
ただ、フーチェが彼を選んだのは、その戦果に惹かれたのではない。ランクAの勇者とはどんな人なのか、という人間的興味が強かったから。もっと言えば、リアミーの言っていた「ランクA以上で問題があるかも」という注意に対する好奇心もあった。
「お二人とも、今日はお越しくださりありがとうございます」
ノワーグが背もたれに背中を預けたのを見て、すかさずリアミーがテーブルの前、フーチェと彼の間に立つ。
「そんなに長い時間ではないですが、自由に話してください。私は向こうの席に座っているので、必要になったら参加しますね」
一言だけ告げて去っていくリアミーを、フーチェは縋るような目で追ってしまう。急に話せと言われても、どう切り出して良いのか分からない。と、渦巻く不安を掻き消すように、ノワーグが呼びかけた。
「フーチェさん、お仕事は何やってるんだっけ?」
「あ、えっと、服の仕立てをやってます」
おそるおそる答えると、彼は「そうか!」と四角い顔でニカッを歯を見せた。
「勇者の鎧みたいなのも作れるのか?」
「いえ、布の服が専門なので鎧とかはちょっと……」
「そうか、残念。といっても俺が使うのは全身用じゃなくて簡易なものなんだけどね。ランクAにもなると討伐する敵も強くなるんだけど、俺くらいのランクになると、逆に鎧を付けないでどこまでやれるかって縛りプレイみたいな形で楽しんだりしちゃうんだよね。この前、レッドドラゴンの子どもがいるって言われてクレマ島に行った時も……」
ノワーグは、臨場感溢れる討伐のエピソードを話しだす。周囲にパーティーに入るようなメンバーがいないフーチェにとっては、新鮮で面白かった。
しかし。
「フーチェさん、お酒は飲めるの? ってプロフィールシートに書いてあったかな?」
「はい。二、三杯なら飲めますけど、結構すぐに酔っちゃいますね」
「じゃあ、北のボーカ村にすごくいい酒場があるから、いつか案内してあげたいよ。そこはダンジョンのミッションで行ったんだけど、この冒険がまたよくもまあ俺ともう一人だけでクリアできたなって感じでさ……」
フーチェはノワーグに気付かれないようにちらりとリアミーを見る。彼女は苦笑を見せながら首を横に振り、フーチェにはそのサインの意味がなんとなく分かった。
まずノワーグは、私のプロフィールを読んでいない。今まで訊かれていることは、全部シートに書いてある。日々忙しいのかもしれないけど、ちゃんと目を通しているようには思えない。
そして全部の会話が彼の話に繋がっていく。自分の自慢をしたいがために質問を振っているような気さえする。私への質問を広げることもなく、自分が如何に素晴らしい勇者か、ランクの高い勇者かというエピソードを披露することに終始している。逆に言えば、私に興味を持ってくれている印象は受けなかった。
「あとは、西の方に怪鳥レイビスを倒しに行ったときは——」
「ノワーグさん、私も話を聞いていたいですが、そろそろお時間です」
リアミーが止めると、ノワーグは残念そうに眉を下げた。
「おっと、もうそんな時間か。じゃあフーチェさん、次はレイビスの続きを話すよ」
ドシンドシンと大きな足音で階段を下りて行った後、リアミーは会員である彼をなるべく悪く言わない形で感想を口にした。
「……まあ、ああいう自分に自信がある人もいるってことで」
「ですね」
なるほど、全員が彼のようではないだろうけど、高ランクだからといって当たりというわけではなさそうだ。
「じゃあ、少ししたら二人目呼んでくるわね」
二人目は宿屋の住み込みでベッドメイキング皿洗いをしているリクター。彼はプロフィールを読み込んでフーチェのことは理解していてくれたものの、無口な性質もあって話が全く長続きせず、予定時間を大幅に短縮して面会終了となった。
そして三人目。
「フーチェさん、こんにちは。鍛冶屋のビドルです」
グレーに近い黒の短髪に、優しそうな顔立ち。身長は男性の中でも高い方の彼が、テーブルに座る前にフーチェの前に来て一礼した。
「よろしく、お願いします」
立って挨拶し返すフーチェに、ビドルは柔らかい笑顔で返し、面会がスタートする。
「僕、鍛冶場でずっと男だけの職場にいるので女性慣れしてなくて……だからうまく話せなかったらすみません」
「いえいえ、私も職場は女性ばっかりですから」
「服の仕立てですよね。僕もモノ作りしてなので、興味あったんですよ。服ってそもそもどうやって作るんですか? 大きな布から切っていくとか?」
手でハサミのジェスチャーをするビドルに、フーチェは思わずくすりと笑う。
「そうですね。私のところでは、布に線を引いてから、切って縫い合わせていくんです。細かい装飾も同じ布から切っていくんですけど、作るの上手い人だと一枚からうまく切るから、無駄になる布が少ないんです」
「へえ! そうか、始めから布をどう使うか考えておけばムダが減る……なんか僕の作業にも活かせそうだな……あ、ごめんなさい、急に仕事の話で……んっと、そういえば僕もスタップ村なんですよ。仕立ての店もスタップにあるんですか?」
「はい、村の奥にヒュットさんの宿屋がありますよね? その二つ隣にある赤い屋根の家です。お客さんに直接販売する店じゃないので、目立たないところにあるんですよね」
「あそこですね、今度探してみます。あとは……そう、お酒飲むんですよね!」
フーチェにとって、ビドルは割と話しやすい相手だった。話し慣れてないというのはおそらく本当で、話題もポンポン色んな方向に飛んでいくし、質問も事前に考えてきているのだろう。でも、そうやって自分のために色々準備してくれていることが嬉しかった。
「ビドルさん、お時間ですのでそろそろ」
「あ、はい。フーチェさん、また機会があればぜひお願いします」
帰りもしっかりと一礼して帰っていくビドル。彼を見送ったリアミーは、いそいそと二階に戻ってきた。朝からこの場所にいるが、影を見るに、太陽はもう空のてっぺんを過ぎているようだ。緊張が解けたからか、少しお腹も空いてきた。
「フーチェさん、お疲れさまでした。さて、デートに進みたい人は……」
「えっと……ビドルさんでお願いします」
彼女の回答に、リアミーは予想通りと言わんばかりにニッと口角を上げる。
「一番、フーチェさんのこと知ろうとしてくれてたもんね」
「はい、 色々質問もしてくれたので」
自分も、ビドルさんのことを知りたい。フーチェはそう考えていた。
「じゃあ、まずはビドルさんに連絡取りますね。三人とも、この村に残って待機してもらっているので、すぐに向こうの返事も聞けると思います。ビドルさんもオッケーだったら貴女の住所宛に手紙が来るから……」
その後の段取りを決め、フーチェの婚活は一歩前進した。
曇天の夜。流れる雲の合間を縫って、時折ご褒美のように月が光を村に投げかける。フーチェは自室で横になりながらそれを眺めていた。
「デート、かあ」
こんなにきちんと男性と出かけるのはいつ以来だろう。想像するだけで胸がトクンと脈を早める。しかし、寝返ったときに、彼女の目にトルソーが飛び込んできた。
「あ……」
彼女の心が、今日の空のように曇る。そして、布団にかけるように微かな溜息を漏らした。
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