デート相手選び

第3話 低ランクの勇者は生活が安定しないので

 二日後、フーチェは再び「ライナの結婚相談所」を訪れた。先客がいたので、空いている椅子に座って自分の番を待つ。前回帰るときも、自分が出て行ってすぐ誰かが入っていったな。人気店というのは本当らしい。


 やがて自分の番が来たので、リアミーに声をかける。


「あら、フーチェさん、いらっしゃい! もう書いてくれたの?」

「はい、絵描きさんにも絵を描いてもらえたので」

「良かった! そこに座って待ってて!」


 二回目だからか、思ったより緊張せずに話せる。この前聞いた「デートは三回まで」というのも分かる気がした。


「プロフィールシートと、入会金です」

「はい、ではこれで無事に入会です!」


 向かいに座ったリアミーに、紙とお金と渡すフーチェ。給料日以外でこんな大金を一度に持つことはないので、払うときに手が震えてしまった。


「それじゃ、私からも。良さそうな人、見つけてきたわよ!」


 彼女はお金を金庫にしまった後、何枚かの紙をいそいそと持ってきた。「フーチェ様」と書かれたメモが貼ってあると、自分のために選んでくれたような気がして少し嬉しくなってしまう。


「フーチェさんは結構希望が幅広かったから、候補者多いわよ。三人くらいに絞って、会えたらいいわね」


 そう言って、自分も提出したばかりのプロフィールシートを十枚ほどずらっと並べられる。とはいえ、いきなりこれだけ見せられても、フーチェには選び方やチェックするポイントがさっぱり分からなかった。


「えっと……まずはどこを見ればいいですかね?」

「ううん、フーチェさんの場合、特に希望が少なそうだから……やっぱり職業かな。例えばほら、勇者も婚活してるのよ」


 彼女が指差した三枚の紙には、職業欄に「勇者」や「冒険者」と書かれていた。


「勇者と書いてる人は明確にパーティーのリーダーや攻撃の要を務めてるはず。冒険者って書いてる人は、勇者ではないけどパーティーには参加してる人ね」


 ユーデア国南部のこのあたりでは比較的少ないものの、中央部や北部ではモンスターやダンジョンも多いため、多くのパーティーが組まれている。子どもにとっては憧れの職業だ。


「やっぱり婚活でも人気ですか?」

「そうね……勇者は正直、パーティーで付けられてるランクによるわね。上位ランクなら稼ぎもいいしかなり人気よ。でも低ランクだとミッションだけじゃ食べていけなくて日雇いの仕事掛け持ちしてる人も多いから生活は安定しないかな。でも逆に、Aランク以上で未婚の男性にはちょっと気を付けて」

「気を付ける? 何をですか?」


 首を傾げるフーチェに、リアミーはスッと顔を近づける。その直前、視線をササッと左右に振り、周囲に人がいないかを確認した。


「絶対に女性人気が高いはずなのに結婚してない。ってことは何か結婚できない原因があるかもしれないってことよ」

「なるほど……」


 性格に難があったり、浪費癖があったりするのかもしれない。「前世では年齢で同じようなこと言ってたんだけどね」とリアミーはぼやく。


「あ、でも……命の危険のある仕事ですよね? 勇者も、勇者を狙う人も、それでも結婚したいって思うんですか?」


 フーチェの質問はなかなか鋭かったらしい。窓からの光に白い髪を魔法のように輝かせながら、リアミーはぺろりと唇を舐めた。


「まず狙う側は『危険な仕事に就いているこの人を支えたい』って人が結構いるかな。女勇者と結婚したいっていう男性は特にそんな感じ。勇者の方は、本人の価値観に拠るわね。帰るべき場所があった方が強くなるって人もいるし、いると命がけの行動ができなくなるって人の話も聞いたことあるしね」

「そっか、結婚することで強くなるって勇者もいるのか」


 結婚に対する考え方も様々。フーチェにとっては話を聞いているだけでも十分に興味深かった。


「それと職業では……やっぱり財務室とか衛生室とか、王国政府で働く人は人気ね。お金もいいけど、世間からの評判が良いから。あと、意外なところで鍛冶屋みたいな技術職の人も結構人気があるの」

「技術があるから、ってことですか?」

「そう、どこでもやっていけるから、食いっぱぐれにくいのよね。あ、でも、たまに自分の工房を持ちたいっていう独立志向が強い人がいるから、その場合はお金に困るケースもあるみたい。デートしてるときに聞いた方がいいわね」


 リアミーの話を聞きながら、フーチェはプロフィールシートをパラパラと捲る。身長、煙草を吸う吸わない、お酒の強さ、収入、趣味、どんな家庭を築きたいか……およそ結婚相手を決めるのに必要そうなことは全て書いてあって、それでもこれだけでは到底決められないように思える。やはり直接会わないと分からないことは多いのだろう。


 直感も大事だ、とフーチェは会ってみたいと感じた人のシートを三枚抜き出した。


「この人達でお願いします」

「三人ね、分かった。まず向こうに話聞いてみるわね」


 多分会ってくれると思うわ、と言ってリアミーは口元を緩める。その日の面会はそれで終わり、フーチェは彼女からの手紙を待つことになった。






「フーチェ、結婚相談所から貴女宛に来てるわよー!」


 母親からそう言われてフーチェが手紙を渡されたのは、そこから二日後の夜だった。ありがたいことに三人ともオッケーをもらえたらしい。リアミーがうまく調整して、一日で三人に順番に面会という名の実質的なお見合いをできることになった。


「よかったわね! 良い人見つかるといいんだけど。お父さんにも後で教えてあげなきゃ」


 後ろで手紙を読んでいた母親が嬉しげに話すと、フーチェは「そだね」と一言だけ返した。


 ちゃんとしたお見合いなどしたことがないので不安だが、あの結婚相談所で、しかもリアミーがいるところでできるなら緊張も少し和らぐ。ベテランだという彼女の包容力が、安心感を与えてくれるのだろう。どんな会になるのか、仄かに楽しみも覚えながら彼女は床に就いた。



  ***



「今日はよろしくお願いします、フーチェさん!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 朝からライナの結婚相談所に来たフーチェは、二階に通される。かなり広いスペースのあるその部屋には、大きなテーブルとゆったり座れる椅子が二脚用意されている。そこから少し離れたところにある一人用のテーブルは、リアミーが座るのだろう。本棚にはあらゆる職業に関する本に加えて、料理や裁縫の専門書も置いてあって、困った時にも本を開きながら話せば話題には事欠かなそうだった。


 下に降りていたリアミーが、バタバタと階段を上ってくる。


「一人目の方、もう来たわよ! 通すね!」

「は、はい!」


 慌てて椅子に座り、姿勢を正して膝に手を置く。どんな人が来るか分からないけど、第一印象で行儀が悪いとマイナスだろう。


 やがて、大柄な男性が入ってきた。服装こそ上は白、下は茶色の普通の布服であるものの、腰から提げた剣と絵に描かれていた通りの自信に満ち溢れた顔付き、口の周りの髭で、この人の職業を知らない人に当てろと言ってもすぐに想像が付くだろう。


「勇者のノワーグ、二九歳だ。よろしくな」

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