第2話 ダンジョン結婚式に行くと結婚したくなる

「フーチェさん、いい? 三回目のデートで決まらないようじゃ何回やっても決まらないの。付き合うかどうか分からないまま、ただご飯だけ食べにいく。そういう人、今までいなかった?」

「確かに、いましたね……」


 親友の友達と気が合って、何回も酒場にだけ行った気がする。結局、何事もないまま疎遠になってしまった。


「友達なら良いかもしれないけど、今回の目的は結婚相手を見つけることよね? ならしっかり見極めていかないと。だからこそ、むしろ三回目で見極められるようにしっかり考えてデートしていく必要があるの!」

「考えて、デートする……」


 立て板に水で話すリアミー。多分、これまでに何十回と説明しているのだろう。全く噛むこともなく、堂に入った話しっぷりだ。


「一回目のデートは、お互いが緊張しているから気を遣って、素が出せない状態よね? だから身なりとか言動とか、基本的なマナーが大丈夫かとか、そういうチェックをするの。

 二回目のデートだと、少し打ち解けてお互いに話しやすくなるから、会話の中で人柄や価値観を知っていって、相手のことを理解するチャンスね。

 そして、三回目のデートにもなれば、緊張せずに素で会話できるし、緊張が緩むから本性も出てくるはず。少しずつ相性が分かるようになってるから、交際したいかどうか真剣に考えるって感じね」


「なるほど、しっかり練られてますね……」

「そうよ、婚活は戦略も大事だから」


 期限がないといつまでもだらだら続いてしまうから、あえて上限を決めることで強制的にでも考える機会をつくる。うまいやり方だ。


「それで、リアミーさん、付き合うことになったら……」

「うん、そこで交際期間に入るの。期間中は、私からフーチェさんを他の男性に紹介するのはストップしておくから、結婚するかどうかしっかり検討してね。で、結婚が決まったら、晴れてうちの相談所を夫婦そろって退会してもらう、って流れね」


 たくさんの中から探して、デートは三回以内。付き合った後に結婚。うん、シンプルなルールだ。こんな風にかいつまんで聞くと、自分にもできそうな気がしてくる。   


 フーチェが得心したように頷いていると、「最後にお金の話ね」とリアミーは別の紙を取り出した。


「入会金が五百ゴールド、毎月の費用が八十ゴールド。そして成婚料、つまり結婚して退会するときのお金が五百ゴールドです」

「結婚するときもお金を取るんですね」

「成婚料を払ってまで退会するってことは、それだけ結婚を強く望んでいるってことだから。遊び半分の人や詐欺の人を防止する意味でも大事なのよ」


 なるほど、と思いながらフーチェはざっと計算する。一年間活動して結婚したとしたら、年間二千ゴールド、自分の収入の丸二ヶ月分という感じだ。実家暮らしできちんと蓄えてきたから、払えなくはない。


「特に質問がなければ、入会頂くか決めてもらうことになるわ。もちろん、今すぐに返事じゃなくてもいいけど」

「あ、いえ、入ります! お願いします!」


 フーチェは反射的に答え、急に前屈みになったので金髪の房がウェーブを描いて揺れる。こういうときは勢いも大事だと、なんとなく理解していた。


「ありがとう。じゃあこれが埋めてもらうプロフィールシートね。顔の欄は自分で描いてもいいけど、本気の方だと絵描きさんに頼むのが一般的ね」


 しっかりと自画像を描ける広い枠を目にし、フーチェはためらいを息に混ぜて吐き出した。誰もが振り返る美人ではないものの穏やかそうな顔立ちをしていて、それを気に入ってくれる男性も過去に何人かいた。それでも、誇って絵にするほどの自信はなくて、思わず尋ねてしまう。


「やっぱり描いた方がいいんですよね?」

「どうしても第一印象はこれで決まるし、見た方が想像しやすいから描くのをオススメするわ。でも、変に美しく描きすぎるといざ会ってみて相手が驚いちゃうから要注意ね! たまにいるのよ、絵を盛る人が!」


 リアミーは、別人のような顔を描いてきたお客さんのエピソードを話す。抑揚や間の取り方が上手いからか、フーチェは聞きながらクスクス笑みを零した。


「さて、あとは好みのタイプを聞かせてもらおうかな。相性の合いそうな人を探すのに使わせてもらうの」

「え、好みですか」


 これには参ってしまう。そんなこと、考えていなかった。


「んっと……職業はちゃんとした仕事であれば……年齢は若くても上でも……いや、上の方がいいかな……」

「あまり決まってないんですか?」

「ですね」


 怒られるかな、と思ったものの、リアミーは真面目な顔で聞いたままを紙にメモしている。そして、フーチェに向き直った。


「ちなみに……なんで婚活しようと思ったの? 二十代前半の登録は多いけど、一九歳って結構少ないから」

「ん……職場が女性ばっかりで出会いがなくて。で、親が心配して勧めてくれたんです。うちの両親も結構若いときに結婚してるんで」


「まあ貴女の親世代だと十代で結婚は当たり前だったけど……貴女は結婚したいの?」


 直球の質問にフーチェは一瞬動じるが、すぐに頷いた。


「はい、周りも結婚しはじめましたし。この前ダンジョン結婚式行って、会場かなり暗かったけど感動しました!」

「面白いわよね、あれ! 一生お金に困りませんようにって夫婦初の共同作業で宝箱解錠するの、斬新だなって思って見てたわ」


 言いながら、リアミーは書類とトントンとまとめた。


「じゃあ二、三日後を目処にプロフィールシートを埋めて、入会金と一緒に持って来て。そのタイミングで、良さそうな男性がいればご紹介するわ」

「分かりました、また来ますね」


 フーチェは挨拶して建物を出る。すっかり昼を過ぎ、陽光がガラスに当たって強い輝きを放っていた。


 お金も払う、曖昧だけど希望も伝えた。もう私の「婚活」は始まった。そう思うと、不安の中にほんの少しだけ、どんな出会いがあるんだろうとワクワクする気持ちがこみ上げてくる。彼女は早足で村を周り、お昼ご飯を食べられる場所を探した。

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