第1章 初めて婚活してみます(19歳 女性 ドレスメーカー勤務)

入会

第1話 3回のデートで決めないと

 カタスイ村とほぼ隣接しているスタップ村。そこから、金髪の一人の女性が歩いてくる。空は見事な快晴だが、彼女の表情は微かな悩みを秘めているかのようにやや曇っていた。


 やがてカタスイ村に着くと、店が建ち並ぶ中央まで来てキョロキョロと辺りを眺める。そして、「ライナの結婚相談所」という看板を見つけて、周囲の目を気にしつつ店に入った。


 窓がたくさんあるため、店の中はかなり明るい。店員と会話するためのカウンターの他に、二人掛けや四人掛けのテーブルが何席か用意されていた。パッと見では店員らしき人は見当たらない。


「あの、すみません!」


 しばらくすると、「はーい」と返事がして、パタパタと階段を降りる音が聞こえてくる。

 やがて、真っ白い髪の一人の年上の女性がカウンターまで駆けてきた。


「いらっしゃいませ! 初めて……の方かな?」

「そう、です」

「ありがとうございます! じゃあ、入会について説明するわね」


 そう言って、白い髪の店員は何枚かの紙を持ち、カウンターの端に手を掛ける。下に板がないので腰を屈めて潜るのかと思いきや、天板の部分に蝶番ちょうつがいが付いているらしく、グッと持ち上げると人が一人通れるようになっていた。


「ここに座ってくれる?」


 促されるまま、金髪の彼女はテーブルに座る。店員も向い合わせに座り、姿勢を正して会釈した。


「改めまして、婚活アドバイザーのリアミーです」

「婚活、アドバイザー……?」

 首を傾げていると、リアミーがゆっくりと頷く。


「ええ、結婚活動、略して婚活のアドバイザー。貴女が結婚を目指すに当たって、精一杯アドバイスするわ。お名前、聞いてもいい?」

「あ、フーチェです。よろしくお願いします」


 少し窮屈な感じでお辞儀すると、リアミーは「よろしくね!」とくだけた返事でにっこり笑った。


「えっと、はじめに説明するのは、と……」


 フーチェは、持ってきた紙を捲っているリアミーを観察する。肩にばっちりついている髪は本当に真っ白で、絹の糸のよう。切れ長の目が印象的で顔立ちもかなり端正だけど、屈託のない笑顔は人懐っこさを感じさせる。気取っていないベージュ色のワンピースも、親しみやすい綺麗なお姉さん、という雰囲気を感じさせる理由だろう。


 身長は、さっき立っていたときに見た感じだと、女子の平均くらいの大きさであるフーチェより握り拳で一つ分くらい高かった。スレンダーだから色んな服装が似合いそうだ、とフーチェは仕事柄、つい考えてしまう。


 一方のフーチェ本人は、肩にギリギリつかない金髪。前髪を分けていておでこを出しており快活なタイプに見えるが、実際は若干控えめな性格で、今もこの慣れない場所と雰囲気に緊張していた。


「フーチェさん、カタスイ村の住人なの?」

「いいえ、ワタシはスタップ村に住んでます。両親から、このあたりならライナが良いって勧められて……」

 光栄です、と静かに笑みを浮かべるリアミー。


「前に比べて、スタップやマドンから来る方も多いのよ」

「そうなんですね。リアミーさんは最近始めたんですか?」


 フーチェが尋ねると、彼女は「一年前からね」と答える。しかしすぐに、経験が浅いと思われるとマズいと考えたのか、慌てて首を振って否定した。


「あ、でも結構やってたからベテランよ! 心配しないでね!」

「へ? 前世?」

「そうなの。私、この世界に転生してきてるのよ」


 ポカンとしているフーチェに、リアミーは説明を続ける。


「一昨年の二十五歳まで、普通に家政婦をやってたんだけど、仕事で掃除中に棚で頭打っちゃって、そのときに前世の記憶が蘇ったの! 私もともと莉愛りあって名前で、別の国で三十くらいまで婚活アドバイザーやってたってことを思い出したんだ。それで、ライナさんに頼み込んでここで働くようになったってわけ」

 えへへ、若返ったことが分かってラッキーだったな、とリアミーは笑みを漏らす。


「すごい! 転生なんてお話の中だけの世界かと思ってました。そっか、じゃあホントにベテランなんですね」

 珍しい話を聞いたフーチェが目を丸くすると、リアミーは「任せて」とピースサインで応えた。


「フーチェさん、先に年齢とお仕事、聞かせてくれる?」

「はい。一九歳で、服の仕立てをしているドレスメーカーで働いています」

「ステキね! 服が好きなの?」


 直球で質問され、フーチェはやや戸惑ってしまい、唇をむにむにと動かしながら言い淀む。


「はい、昔から好き、ですね。といっても、今の職場では高級なドレスは作らないのでもっぱら婦人服専門ですけど……」

「いやいや、それだって好きなことを仕事に出来ているのは幸運だと思うわ。じゃあ、これから結婚相談所の仕組みとお金について説明していくわね。全部聞いたうえで、入会しないってことでも大丈夫だから」


 リアミーは丁寧に色を塗られた紙を広げていく。少し折り目がついているのは、何度も使っている証だろう。


「まず入会したら、毎月こちらからピッタリだと思う方を数名紹介していくの。興味のある人がいたら、私にその旨を教えてもらって相手に連絡する。お互い会いたいということになれば、一度お話するお見合いみたいな機会を設けるわ。この建物の二階で、私がいる状態でやるから安心してね」


 急に変なことをされたり、いきなりデートで無理に飲まされたりすることがないということだろう。リアミーが見ている前で何かしたら、登録も抹消されてしまうかもしれない。確かに安心だ。


「これは、という方がいなかったら、直接こちらの店に来てもらえれば、登録者のプロフィールを見せることができるわ。職業別・年齢別に管理してるから、勇者しか興味ないとか、どうしても薬師が良いみたいなときにもちゃんと探せるわよ」


 前世では来てもらわなくてもみんな自由に登録者のプロフィール見ることができたんだけどね、とリアミーは口を尖らせる。随分便利な世界に住んでいたらしい。


「そこで目に留まった人がいたら、あとは会ってみるか相手に聞いてみるって感じで、さっきの流れと一緒ね」


「あの、リアミーさん。男性の方にもワタシをオススメの相手として紹介することもあるんですか?」

「そう! だから、その場合はフーチェさんが会ってみたい、って言ってくれたらすぐに交渉成立ね」


 紹介の流れの記載をペンの持ち手側でくるくる囲んでみせるリアミーに、フーチェはふむふむと頷く。少なくとも双方の同意がないと会うことはないということだ。うまく断れないままに流されてしまいそうだから、強引でないのは助かる。


「で、一度会って、手応えがあったらデートタイムに入るわ。デートは最大三回まで。そこで交際をするかどうか決めてもらうことになるの」

「三回か……ちょっと少ない気が——」

「そんなことないわ!」

「ほわっ!」


 急にずいっと近寄って顔をアップにしたリアミーに、思わずフーチェは素っ頓狂な声を出してしまう。


「むしろ三回のデートで決めなきゃダメなのよ!」

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