第七章 妖精の密売人

 アパートに帰ると、ガーランドがウィスキーを片手に迎えてくれた。


「クライヴ、部屋に客人を通してあるぞ」

「客……?」


 一体誰のことだろうか。

 ガウェインが隣の部屋に入ったことを見届けてから、クライヴも自室のドアを開く。


「おかえりなさい、クライヴさん」


 部屋の中にいたのは、花のように可憐な雰囲気を持つ少年だった。

 薄いペールブルーの髪は、明らかに純粋な人間ではありえない。


「……アル」


 アル・ミーリック。

 実家に住んでいたころ父親に紹介された彼は、ピクシーと呼ばれる妖精の血を引く商人だ。


 可愛らしい風貌をしているが、まっとうな品物を扱っているところを見たことがない。

 ほとんどは違法か、法の抜け穴を掻い潜るようなグレーな商品だった。

 人を欺くことに長けたその性質はクライヴが好意的に受け入れられるものではなかったが、アルとは切っても切れない腐れ縁だった。


「なぜわざわざここに来た」

「そろそろ薬がなくなる頃かと思いまして」

「ガーランドさんに接触するな。不審がられたらどうする」


 かたくなな態度で言ってテーブルの前に腰掛けると、アルが舞うような足取りでついてきた。


「つれないですね。僕、最近彼とお友達になったんですよ。今日も良いお酒が入ったからプレゼントして、クライヴさんを部屋で待ちたいと言ったら通してくれました」


 妖精はこういうところがある。

 いつの間にかその愛嬌に魅入られて、信用してしまう。

 大抵は些細ないたずらで済むせいか、あまり人間に警戒されることもない。


 だが、見た目にだまされてはいけない。

 見た目は花のような少年であっても、アルは100歳を超えている。

 吸血鬼も人間よりよほど長く生きるが、ここまでの若作りはしない。


「ミーリック商店はゆりかごから墓場まで末ながーくお客様をサポートします。……どんなお客様の秘密も守りますので、ご安心を。というわけで、あなたのお父様から頼まれた今月分のお薬です」


 アルは唄うように言うと、手品じみた手つきでどこからともなく小さな紙袋を取り出した。


「はい、どうぞ」

「……ああ。ごくろうだったな」


 うんざりしながら紙袋を受け取る。

 中に入っているものへの嫌悪が見える態度に、アルは微笑んで軽く首を傾げた。


「ちゃんと飲まないと、苦しむのはあなたですよ」

「わかってる」

「では、僕はこれで。またご贔屓に。……ああ、そうだ。帰る前にガーランドさんと一緒におやつを食べることになっているので、もしお品物のことで何かあったら1階に来てくださいね」


 アルがウインクをひとつ残して部屋を出て行く。

 どうやらガーランドにはまるきり子供として扱われているらしい。

 無邪気を装う手管を恐ろしく思いながら、一人残されたクライヴはテーブルに紙袋の中身を開けた。


 錠剤だ。

 爪の先ほどの大きさの白いそれを一粒手に取って、唾液と共に飲み込む。

 これは、クライヴが持つ先天性の病気を抑え込むためのものだった。


 『ルムナウ病』


 それはごく希に吸血鬼が発症する病気だった。

 吸血鬼と人間が結ばれ子を為すと、人間もしくは吸血鬼の子供どちらかが生まれる。

 他の人ならざるものも同様だ。

 たいていはどちらか片方の特性を強く持ち、人ならざるものとして、あるいは人間としてそれぞれ完璧な状態で生まれてくる。


 しかし、吸血鬼は長く人間との混血を繰り返してきたがゆえに、時折予期せぬ特徴を持つ子供が生まれることがある。

 その中でも特に深刻なものが、このルムナウ病だった。

 吸血鬼と人間、どちらの特性も強く受け継ぎ、折り合いがつかなかったがために、血を求める衝動の強さに相反して血を栄養として取り込む働きが弱い。

 一度発症して悪化すれば、正気をなくして人に襲いかかることさえあると言われていた。


 クライヴは両親共に吸血鬼だが、数代前に人間がいる。ある種の先祖返りだった。

 この先天性の病気にかかっている吸血鬼は、一族の恥として疎外される。


 薬があれば抑えられるものであっても、生来プライドの高い吸血鬼たちにとって、理性を凌駕する本能に翻弄されることは浅ましいこととされていた。

 人間との関係を悪化させ、化物と見なされる可能性を孕んでいるのならなおさらだ。

 だから地位ある立場にいる父親は誰にも知らせず、医者にもかからせずにこうしてアルに薬の調達を頼んでいた。

 

 正常な吸血鬼にとって、この錠剤は猛毒だ。

 もちろん、人間にとっても。

 これを飲み下すたびに、クライヴは自分の居場所などどこにもないような気分にさせられた。


 だが、今は感傷に浸っている時間などない。

 クライブは紙袋にまた薬を突っ込むと、それをどかし、手帳を広げた。

 制服のポケットから万年筆を取りだし、今日得た情報をまとめ始める。

 被害者の共通点。

 一見何もないように見える。

 交友関係を洗っても何も出てこない。


 ――いや。

 もしあえて交友関係の共通点を探すとすれば、双方、周囲に人ならざるものたちが多い環境にいた。

 一件目の被害者であるアンナ・ファーカーは針子だったが、雇い主はケット・シーと呼ばれる種族の血を引いた、テーラーの女主人だ。

 となれば当然、同僚も人間より人ならざるものたちが多いのだろう。


 二件目の被害者である娼婦――リオノーラ・アシュクロフトは、人も人ならざるものも平等に客として扱ったという。権力への警戒心は強いが、それを除けば気さくな性格で、ただ喋りに来る者も多いと聞いている。

 これは比較的珍しい方だった。


 人間も人ならざるものたちも、おおっぴらに互いを差別することはないが、コミュニティは自然と別れる。

 その複雑な関係は、世の中にすっかり浸透した『人ならざるもの』という呼び方にも現われていた。


 この呼び名が定着した理由は2つある。


 1つ目は、人間側から見た理由。

 いくら表面上友好的な関係を築いていても、やはり自分たちとは異質なものという意識は、何世紀経とうと消えない。

 それが偏見であれ畏怖の感情であれ、こういったよそよそしい呼び名として表出した。

 単純に、人ならざるものたちの生態が多岐に渡りすぎていて、他に呼び名が付けづらいという理由もあるにはあるが。


 2つ目は、人ならざるものたちから見た理由。

 主に人間の間で使われるこの呼び名が偏見や差別の感情から来るものだとしても、人ならざるものたちの大部分は少しも気にしなかった。

 なぜなら、基本的に人間は自分たちよりもか弱い存在だからだ。

 自分たちを怯え恐れるのも無理はないし、実際に害を加えられようものならいかようにもやり返せる。

 人間と人ならざるものの社会が完全に隔てられていた時ならまだしも、上流階級にも人ならざるものたちが入り込んでいる今、細かなことを気にする必要もなかった。

 

 ともあれ。

 クライヴは改めて書き出した情報を眺めた。

 当然ながら、被害者やその友人たちが住んでいる場所も事件現場であるこの町に近い。

 となれば、もう一度パウエル医師のもとを訪ねよう。

 クライヴはそう決めた。

 この辺りで人と人ならざるものたちが両者ともに気軽にかかれる町医者はあそこくらいだ。

 被害者の周囲で他にも不審な事件に巻き込まれて怪我を負った人物がいないか、調べる必要がある。


 ――もう少し。

 あと少しの情報があれば、真実に手が届きそうだった。

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