第四章 波乱の調査
翌朝、クライヴは身支度を調えると、隣にあるガウェインの部屋をノックした。
返事はない。
「ガウェイン・ブラックバーン。起きろ」
続けざまに数度ドアを数度叩く。
相変わらず返事がない。
ドアノブに手をかけると、鍵がかかっていた。
――まさか。
逃亡された可能性を考え、瞬時に携帯していた銃で鍵を打ち抜く。
「んあ!?」
銃声が響いたのと同時に、中から寝ぼけ半分の間抜けな悲鳴が聞こえてきた。
どうやら単に熟睡していただけらしい。
呆れながら鍵が用済みとなったドアを開けると、目を丸くしたガウェインがベッドの上で身を起こして壁際に張り付くようにしていた。
上裸で眠っていたらしく、シャツはベッドの下で可哀想なほどにしわくちゃになっている。
ガウェインは唇をわななかせると、寝癖だらけの頭の中から獣の耳を覗かせた。
「お、お……お前、警官がそんな気軽に一般市民の部屋のドア撃っていいと思ってんのか!?」
「お前は一般市民の枠には入ってない。嫌なら自分の立場を自覚してすぐに返事をしろ。行くぞ」
クライヴは無情にもそう言い捨てると、ガウェインの返事を待たずに部屋を出て行った。
◆
アパートメントから出て、爽やかな朝日が降り注ぐ通りを歩く。
今日は珍しく霧のない日だった。行き交う人々の顔も晴れ晴れとしている。
連日この町を襲っている惨劇など嘘のようだと考えながら、クライヴは目的地へと歩みを進めた。
昔、吸血鬼は日光が苦手だという憶測が飛び交ったこともあるが、現在の吸血鬼たちは陽の光に適応できている。
先祖返りをしたごく一部の者たちや、命の危険があるほどに弱った状態にある場合は元々持っていた特性のせいで灰になってしまうこともあるが、吸血鬼たちが定期的に人間の血を輸血するようになってからその特性は急速に薄まっていた。
ちなみに『輸血』というのは人間に配慮した呼び方であり、実際は経口投与だ。
つまり、グラスやコップに満たした血を飲む。
けれど食人のようなイメージが付くのは偏見を助長する恐れがあるということで、今は『輸血』という言い方に統一されている。
ガウェインはというと、クライヴの後ろを歩きながら、さりげなく首輪を引っ張って取れないかどうか試しているようだ。
クライヴがさりげなくジャケットのポケットから首輪のスイッチを覗かせる。
ガウェインはげっと声を上げて首輪から手を離した。
「お前なんか嫌いだ」
「そうだろうな」
素行の悪い男に好かれたいとは思わないし、凶暴な獣に好かれたいとも思わない。
猟奇事件の犯人の可能性があるならなおさらだ。
よってこの男に対する自分の態度は、いささか冷たいものだと自覚してはいる。
けれど一方で気楽でもあった。
人間といると、どうしても怯えさせないようにと気を遣ってしまう。
「で、今日はどこに行くんだよ」
「事件の被害者のもとだ」
「もう死んでるんだろ?」
クライヴは足を止めると、懐から今朝の新聞の切り抜きを取り出してガウェインの眼前に広げる。
「昨夜裏通りで娼婦が襲われた。彼女は命からがら逃げ延びて、今は町医者の元に居る。彼女に話を聞きに行こう」
「へえ。なんだよ、犯人を見た奴がいるならもう解決したも同然じゃねえか」
「そうだといいが」
被害者が手当されている場所は、ライアン・パウエル医師が勤める小さな医院だ。
パウエルは穏やかな物腰をした笑顔を絶やさない人物で、町の人々からもよく慕われている。
三十代という若さで独立したのは、大きな病院では診てもらえない人々を自分の責任を持って受け入れるためだ。
クライヴは、パウエル医師がそう語るインタビュー記事を目にしたことがある。
仕事中の怪我でかかったことがあるクライヴも、その志を好ましく思っていた。
開業当初からろくに休みもせず町の人々を救い続け、まとまって医院を閉めたのは、唯一年の離れた妹を不慮の事故で亡くした時だけだった。
働き者の人格者だ。
「お前もパウエル医師を見習うといい」
これから訪ねる医院について説明した後、クライヴはそう話を締めくくった。
目の前にいるガラの悪い男とパウエルは正反対の存在のように思えたからだ。
「けっ。良い奴に見えたって、本当に良い奴からはわからねえだろ」
それはそうだ。
クライヴも事件を通して色んな人間を見てきたし、色んな人ならざる者たちを見てきた。
だからこそ、人を信じ敬意を払うことの大切さも、また骨身に染みて知っていた。
パウエルの医院は、大通りからひとつそれたところにあった。
小ぶりな建物は、1階が医院、2階が患者たちのベッド兼ライアンの住居となっているようだ。
ドアを開けると待合室があり、数人の子供が怯えた様子で診察に呼ばれるのを待っていた。
3人は人間の子ども。
もう1人の少女は、どうやらクライヴと同じく吸血鬼らしい。
擦りむき血が滲んだ膝をかかえて涙目でうつむいている。
同胞の血の匂いは人間のものとは違うから、すぐにわかった。
書類の整理に夢中になっている受付に要件を告げるよりも先に、奥の診察室から爽やかな容貌の青年が出てきた。
パウエル医師だ。
クライヴを一瞥して、久しぶりだね、と笑う。
「この子たちを診てからでも構わないかい?」
「はい。協力感謝します」
相変わらずの淡々とした表情でありながら、礼儀正しくクライヴがそう返す。
パウエルは安心感のある笑みであっという間に吸血鬼の少女を泣き止ませると、一緒に診察室へと入っていった。
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