第59話 後日
○
「じゃあ、ベンノ。いくよ」
「遠慮しなくていいからな、当たらないわけだし」
辺境伯の娘、イザドラ・カーヴェルを助けて一週間が経った。
あの後、勇者達からどういうスキルを持っているのか、質問攻めにあったが冒険者は手の内を晒せない、と言って逃げることが出来た。
助けたカーヴェルだが、自分が辺境伯の娘とは知らなかったらしい。だから実際に娘かどうかは最上級の鑑定を受けなければ分からない。本人は特にそのことを気にしていないようで、今はバウマンとチェンバレンのメイドとして勇者の近くにいる。
「真剣だからって、緊張しすぎだ。手から飛んで行っても、今なら人には当たらないだろ」
「いくよ!」
辺境伯が出てきた違法奴隷売買の事件だが、王都監視員が連れて帰ったフードローブの男を尋問して分かったことがある。彼らはイルガリの黒組織から奴隷を買っている事、他にも買っているグループがある事、移送手段はザカリー商会と貴族だった事、次の売買予定が二週間後、今から一週間後という事だ。
ザカリー商会は証拠がない為、どうにもできない。移送手段の貴族も分かっていない。
ただ、売買場所は特定できたようで宰相が作戦の日程調整をするらしい。
その話を聞いたのが、昨日の夜。寝ていたら王族警護監視員と共に部屋に入ってきて、結界を展開、話をされた。
しかし、この作戦、最初から上手くいくはずがないとも言われた。そもそも暗部内で裏切り者がいて、今回の情報は暗部全体に伝わっている。他にも勇者の聖剣技が注目されたとこともあって、黒騎士と白騎士にも情報共有がされている。
上手くいくはずがない作戦を上手く運ぶ方法。もったいぶった部長が言うには王都への出入りを禁止したとの事だった。
出入り可能なのは勇者達だけ。出入りさせない理由として王族の暗殺未遂をでっち上げたとの事だ。犯人を逃さない為に王都を封鎖したという風にするそうだ。勇者達やその世話係にはそれを理由としているらしい。
情報まで封鎖できるかは分からないが、出来ればよし。出来なければそれだけの手段を持つ者達だという収穫がある、というポジティブ思考だ。
「こっちみろぉ!」
「どうした、イトウ?」
振り下ろされる刀を逸らして、目を向ける。
持ったばかりと思えないくらい、良い振りをしている。躊躇なく人に振れているところから上達が早くなりそうだ。
「緊張してた私バカみたい」
「たしかに」
「というか。この刀、薄板の比じゃないくらい振りやすい」
「当たり前だろ。腹側に振れるものが振りやすいわけない」
「そっか。それよりも早く練習しないと明日は魔物狩るんでしょ」
そう、明日は魔物狩り。もう少し先の予定だったのだ、俺の中では。
それなのに、黒組織の売買所潰しに指名されたのが勇者達だ。異世界転移者達の戦闘能力とその経験以外は間違いなく信じることが出来る。
裏切りに関係のない強力なスキル持ち、特に勇者はバウマンの事があり、この問題に関して自分で解決したいと思いを口にしたくらいだ。
五日前の食堂で副隊長が転移者達に依頼をしていたのを真っ先に引き受け、他の転移者達を乗り気にしたのも勇者だ。
まあ、魔物狩りで出来る奴とできない奴は分かれるだろう。
勇者パーティーは吐きそうな程に心がかき乱されるものを見たから大丈夫だろうが、他の転移者達は未だに町の中で食事したり、娯楽を楽しんだりがほとんどだ。上手くいくだろうか。
そう勇者の心情を慮るようなことを少し考えて、溜息が止まらない。
「ちょっと、ベンノ。何で私見て溜息?」
「イトウじゃないって」
「ははーん。ミノルだ」
「もー、やめてくれぇ」
「どういうスキルだったかなぁ?」
言われなくても分かってるだろうに、あのスキルの所為で副隊長にグチグチと文句を言われ、ネチネチと絡まれた。
「知らん」
「あれだったじゃん。『選定者の仲間』」
勇者の新たなスキル発現がこのスキルだった。勇者側には俺の名前と仲間の上限人数。こちら側には同名のスキルが生えていた。
効果は魔力使用時の消費量低下と勇者が必要とするときは目的に合わせた行動をおこすらしい。それでスキルが大量に使われて、カーヴェルを救うことになった。
どのような条件でスキルが生えるか分からないが、共にいるはずの副隊長はどうして自分じゃないのかとイライラしていた。
恐らく、条件に見合った働きの出来る者が自動的に選ばれるだけだと思う。
カーヴェルを救う為に速く動ける奴が必要だったのだろう。
「よし、イトウ。動くなよ、動けば当たるぞ」
「え?」
アダマンタイト製の刀を納めて、イトウの持つ刀と同じ刀を抜く。
安心させる為にゆっくりと振り下ろしを見せる。
顔の近くを通る刀に動きが止まるイトウ。
「動くなよ」
再度注意して突き以外、八つの振りがイトウの近くを速度を上げて通る。
振り終えると、緊張が解けたように大きな息を吐く。
「俺の間合いはこんな感じだ。踏み込めばそれだけ伸びるし、片手で振ればもっと伸びる。柄のどこを握っているかで少し変わりもする」
「たしか、魔物狩りに行く場所には、ゴブリンとコボルドがいるんだっけ?」
「そうだ。間合いを考えれば相手の隙を楽に、安全に突ける」
「シュタインドルフさん。終わりましたか?」
「もう少し訓練する」
「分かりました」
今、イトウの手から刀が飛んで行っても大丈夫な理由は、周囲が公爵令嬢の土魔法によって覆われているからだ。イトウ二人分よりも少し高く、上は空いていて光が入っている。
「イトウ、いくぞ」
ラッドが作った普通の刀を納め、アダマンタイト製の刀を抜き、地面に置く。鞘だけ持ってイトウへ向けた。
「絶対一撃当てるから」
「おい、当たったら死ぬだろう」
好戦的な顔で言ってくるイトウに言葉が勝手に出ていく。
「そこは当ててみろでしょッ!」
イトウの成長に微笑ましくなるのだが、これが魔王討伐の為に行われていると思うと、元々あった決意がより強固になった。
どうにか、仕事辞めよう。
異世界転移者の世話係 アキ AYAKA @kongetu-choushiwarui
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