第58話 辺境伯と聖剣

 短剣を口で咥え、手を叩く。

 近くで反射する音を無視して、上の方に意識を集中しながら右手で短剣を握った。

 軒下から出て顔を上に向けると、正面の宿上から声を上げて跳ぶ片手剣の男。

 後ろの奴は跳んできた男の後に攻撃をしかけるつもりだろう、静かに移動している。

 こいつらはこちらの状況を理解しているのだろうか。だとすればちょうどいいんだが。


 上からの攻撃をさらに前進して回避する。

 後ろから聞こえ続けている声で片手剣の男が薙ぎの体勢に移ったまま下りてくることが分かる。

 更に前に動いて薙ぎの範囲から逃れて、攻撃を待っていると、姿を把握しきれていなかったもう一人の男が、ビュッと何かを振った音が聞こえてきた。


「『土弾』」


 上を向くと、杖をこちらに向けた分厚いフードローブの敵とその後ろに王都監視員が見えた。

 どうにかなりそうだな。

 地面にめり込む土の弾を避けて、意識を片手剣の男に向ける。

 転移者達前の武装メイド達とにらみ合いをしていたが、すぐに移動してこちらを向いた。

 鈍く光る胸当てに、汚れ切った片手剣。よく見ると太腿や腕には切り傷がある。血が滲んで今までどうしてバレていなかったのか、不思議だ。


 こいつの顔も名前もしらない。ただ、キンブルが放った刺客の可能性はある。

 冒険者としての俺など狙う価値はない。暗部の仕事なら別だ。

 価値が無いものに価値を感じているのは現状、キンブルだけだ。

 俺とにらみ合いを始めた男に、戦闘態勢をやめ、重心を上げた状態で近づいていく。

 動揺して目が開き、剣先がぶれる。


 近距離で発揮するスキルを警戒する相手へ無防備に近づくのは、こちらも恐ろしい。

 だが、カウンター系のスキルかもしれない、そう思わせるだけで相手の動きは制限できる。

 後ろへ下がれば、短剣技のスキルによる一突きで終わらせる。

 段々近づいていく距離に、とうとう堪えきれなくなった男は重心を後ろにずらした。

 いける!


 意識をさらに相手へ傾けようとした時、音が移動しているのを感知した。

 俺の真横の軒下、走っている音だ。

 移動しようとしている男の斜め前方にイトウがいた。

 今、まさに刀を振り上げようとしている。

 加速した意識で、イトウの一撃では相手を気絶させることもできないと理解した。

 相手もイトウが見えているはずだ。受けても問題ない場所で受けるだろう。

 意識の加速に限定していたスキルを身体に回す。

 身体強化と相まって速くなるが、イトウの攻撃よりもギリギリ早いくらいだ。

 短剣の間合いを諦め、足を使う。

 疲れ切っているのか反応していない男は、俺に視点があっていないようだった。

 左足を軸足として、右すねを相手の股関節にねじ込む。


『身体強化術』

 短剣技の『身体強化』と魔力制御の『身体強化術』を重ね掛けして、男の体を足一本で宿の二階に蹴り入れた。

 加速していた意識と体が速度を落として周囲の動きが戻る。イトウは空振りし、男は開いている窓へ吸い込まれていった。


「イトウ、何してる?」


 屋根上でフードローブの敵を捕らえている王都監視員を見ながら聞いた。

 安全が確認できたため、イトウを見るとバツ悪そうに俯いている。


「イトウ?」

「ベンノ、私さ、倉庫の時、酷い顔してたよね?」


 顔色伺うような話し方と聞き方に、はっきりと答えるべきか迷ってしまう。


「まあ、な」


 濁して伝えようとしたのに、はっきりと伝えてしまい、イトウは自嘲的な笑みを浮かべた。


「それでね。ベンノに、怖いと思ったこと、嫌な事、全部任せちゃったんだ」

 言葉が続くほど尻すぼみになる声量が、俯きそうになる顔が、真摯に向き合ってくれた証拠のような気がして、心が温かくなる。


「でもね。ん? ベンノ、何で笑ってるの?」


 思わず口元を押さえ、真面目に答えるべきか悩んだが。


「む、娘の、成長が、ううっ、嬉しくて……」


 悩みと関係なく急いた心がはぐらかすことを選択した。

 大袈裟に演技をして、笑っていたという事から関心を逸らす。


「もう、茶化さないで! 私は、ベンノだけに任せないから」

「そうだな、カッター、ヴィクター。あいつらも手伝わせないとな!」

「違うって分かってるでしょ。私も、いつかは魔族と戦うわけだし、人相手にできないと戦えないって聞いてるから」


 誰か知らないけど、面倒なことを教えてくれたものだ。

 必要に迫られればすぐに教えるが、そうでないなら俺の育成方針で情報を与えるか決めるのに。


「へー。それでぇ、あの男をぶっ叩こうとしたと?」

「そうだけど。ベンノはうれしいと思わない?」

「思わん」

「はぁ!? じゃあ、なんだったのあの笑顔は?」


 話逸らしたくらいじゃ忘れないか。


「む、娘の、成長が」

「もういいから」

「はあ、イトウ。王国は転移者達が人を殺せるように鍛え上げるぞ。だからそう気負うな、リラックスしろ」

「そうなんだ。じゃあ、関係なかったね」

「でも、感謝だ」


 どうにか、お礼を言い終えた直後、男を蹴り入れた二階の部屋が爆発した。


「うわぁ!」

「キャッ、なに!?」

 驚くワタナベと叫ぶスズキ。

 スズキ、お前もあれくらいの爆発は楽に起こせるようになるんだぞ。

 お礼を言うのに意識が取られすぎて、周囲の状況を把握できていなかった。

 爆発と共に、体の一部がグシャっと落ちてきた。

 周囲で叫び声が響き、宿の中で何が起こったの分からない。


「な、なに?」

「イトウ。キンブルの所、行ってろ」


 イトウが走るのを見送って、手を叩く。

 広がっていく音が壁に反射し、宿の二階の状況を教えてくれる。

 窓の近くに生きている二人、部屋の真ん中から広がる大量の肉片、入り口には大剣を振り切った状態のサージェント。爆発をどう凌いだのだろうか。

 窓近くの二人が、窓枠に足を掛けて跳んだ。

 下りてくるのは俺の左側。間合い二つ分、離れている。

 二人の男の内、一人はフードローブで体を隠していて人相が分からない。ただ、随分とガタイがいい。もう一人は品の良さが見え隠れしている妙な男だ。わざと平民が着るような服を着ているのに、髪が整っており、腰に提げている剣も装飾がある。

 こちらと一瞬にらみ合いをすると、無視して駆け出す。

 上から勇者達が下りてくるだろうし、止めなかったら副隊長は文句を言ってくるだろう。

 駆け出した二人組を追う為、体を加速させた。

 意識が追い付かぬ間に回り込み、進路をふさぐ。


「どおけぇっ‼」


 品の良さ気な男が、品の悪い言葉と共に切りかかってくるが、荒事は苦手なのか動きが悪い。

 視界の端と音の世界で捉えているフードローブの男に動きはない。ただ、フードの中まで届いた波が、顔を映し出した。


「辺境伯」


 動きの悪い男に前蹴りを当て、辺境伯の隣まで下がらせる。

 言葉が聞こえたのか、フードを上げ顔を見せてくる。


「何者だ、お前は?」

「冒険者ですよ、辺境伯サマ」


 フードローブを脱いで、剣を抜き突きつけてくる辺境伯。


「白騎士と共に私を追い詰めてきたか?」

「違いますよ。奴隷売買を行っている者達がいると聞いたので、捕まえようときたのです。辺境伯サマが奴隷売買に関わっているとは、驚きです」


 いつになったら勇者達は追い付いてくるのか、話が上手い方ではないから時間稼ぎができない。


「まあいい、話は終いだ」


 辺境伯が片手半剣を構えると、三度、体が発光した。

 こちらも短剣を抜き、順手で握る。

 ジリジリと互いに動き、隙を見出す。

 しかし、いつ来るのか。副隊長だけでも早く来てほしい。裏口側で待っている奴らも音に気付いて動いているだろうから、すぐ来ると思ったのだが。

 気がそれたと思ったのか、間合いに俺を捉えた辺境伯は片手剣技を使用した。

 右手を引き絞るような構え。

 俺が使い続けても得られなかった片手剣技スキル。羨ましい。

 この構えから出る技は刺突系。様子見だと思うから連撃ではないだろう。

 順手から逆手に短剣を持ち替え、心臓を狙う突きを弾きながら避け、順手に持ち換え、刺突をする。

 こちらの行動を見て、仲間の所まで下がった辺境伯。


「そこそこ、やるようだな冒険者。だが」


 話ながら、もう一度、右手を引き絞り、左手を前に出す辺境伯。


「これで、終いだ‼」


 間合いへの侵入を許し攻撃を待っていると、引き絞っている片手半剣が輝き始めた。

 高音が鳴り響き、片手半剣から熱気が伝わってくる。避ける一択だな。

 速度が遅く狙いも同じ突きを横に避けると、その動きを待っていたのか左手で柄頭を握り、強引に軌道を変えて来るのを避ける。

 それからフェイントを交えて、繰り出される攻撃を土でどろどろになりながら、避け続けた。辺境伯の仲間は、やはり荒事が苦手なようで参戦してこない。


 それにしても、勇者達は来ない。来てくれるのをずっと待っているんだ避けながら。

 辺境伯は攻撃し続け、熱気を近くで浴び続け、汗でびっしょり濡れている。年を経た臭いがして、非常に不快だ。

 しかし、汗をかいても動きは鈍らず、無駄な力が抜けて避けづらくなっている。さすがは辺境伯だ。

 ただ、動き続けていれば隙は生まれる。避け続けるのも苦痛だし、辺境伯も辛そうだからにらみ合いに戻ってくれるはずだ。


 突きから薙ぎに移行する時、勢いをつける為に刃よりも手が前に出てくる。その手を目掛けて前蹴りを打ち込んだ。

 攻撃の出を封じられ、こちらの攻撃を警戒した辺境伯は思い通りに距離を取って、様子見をしている。


「なぜ、攻撃しない?」


 複数の足音がこちらに向かってくるのと、話声が聞こえてくる。


『ガブリエラ、敵を一瞬見たんだろう?』

『はい、ミノル様。相手は辺境伯、コンラッド・ブル。近接戦闘に優れた貴族です』

「フン、答える気もないか。スキルを知っている動き、それを可能にする身体能力、ただの冒険者ではなかろう」

『あれです、ミノル様。シュタインドルフが応戦しているようです』

「それも今となっては関係ない。本気を出すのだからな。今度こそ、終いだぁッ‼」


 近づいてくる会話と辺境伯の一人語りが終わったかと思えば、今度こそ、本気を出すそうだ。

 今、俺と一直線上に辺境伯、勇者と副隊長がいる。俺の斜め右側の少し離れた建物にはメイドと転移者達、左斜め前には辺境伯の仲間。

『俺は! ベンノさんを、助ける! うおぉぉぉ‼『聖剣技』!』


 段々と声と足音が大きくなり始め、おそらく互いの表情が分かるくらいの距離になっているのだろう。辺境伯で見えない。

 ただ、勇者が何やらやる気になって、スキルを叫んだ。

 聖剣技。勇者にだけ与えらえるスキルで、状況に応じて使えるスキルが違うと伝承にはある。


『罪に応じた力を与えよ、介錯の聖剣!』


 恐らく勇者のいる場所から、空に光が上った。

 それに気づかず辺境伯は懐から小瓶を取り出して、こちらに見せてくる。


「この薬は使用者の視覚に作用して、すべてを見通す力を与えるのだ。クック、はっははははは!」


 笑いながら小瓶を開き、入っている粉を全て口に収めた。


『赤い文字、罪が見える⁉ ん? 重なってる。拉致、監禁、扇動、強盗、殺人、重なっている方が殺人。あれ? 青い文字、拉致』


 勇者には相手の罪が見えるようだ。俺の罪は殺人だろう。


「ンガアァア‼ うわぁぁあ!」


 黄色い粉を口に含んで少しすると、辺境伯は苦しみだした。顔を抑えて呻いている。

 呻き声が聞こえなくなると、また、空に光が上った。先ほどよりもずっと大きくて輝いている。

『なんだ? 罪が増えてる。え、これは』


 勇者の言葉が発せられる前に何が起こったかを理解した。

 顔を上げた辺境伯の額には目があった。絶えず動き回りキョロキョロというよりもギョロギョロしている目があった。


『魔物化』

「お前の動きが見えるぞ、冒険者」

『ミノル様、辺境伯を攻撃するのですか?』

『ベンノさんが危ない。それに、人の悪が切れないで、世界の悪を切れるわけがない! 僕はやるよ、ガブリエラ』


 辺境伯は右手で持っている片手半剣をこちらに向けた。

 キィィィンと不快な高音を発し始めた片手半剣を辺境伯は両手で構える。


「避けられるか、冒険者」

「罪を喰らえ聖剣! 僕に力を貸せぇぇっ‼」


 後ろからの声にようやく気付いた辺境伯は、なぜかゆっくりと動いた。

 振り返り、輝く剣を振り上げている勇者を見た。

 それから即死だけは避けるかのように動き、肉を切らせた。

 聖剣技が解除され、ただの訓練用片手半剣が薄くなっていく光の中から出てくる。魔力の使い過ぎで膝を付いていた勇者は、辺境伯を見て、せき込んだ。

 覚悟して、人を切った。しなければならないと思って動いた。どちらも気が急いて納得して出した結論ではないだろう。体が拒否して吐きかけていた勇者には悪いが、たぶん攻撃されても俺は問題なかった。


「あなたが、勇者様」


 体に大きな傷を負い、口から血を流しながら辺境伯は、辛そうにせき込む勇者に話しかける。

 思わず顔を上げた勇者から、悔しさに歯噛みしたような息が漏れ聞こえた。


「あなたに、娘を頼みたい」


 息が多く、どうにか音になった言葉を聞き、勇者は眉をひそめる。


「どういうことだ?」

「娘は拉致された……この区画の、どこかにいる。頼めるか?」

「任せてくれ、罪人の子供でも、子供に罪はないからね。特徴は?」

「分厚い眼鏡、紫の編んだ髪、メイド服」


 一度見たような気がする要素だ。


「それぐらいか?」

「人を信じやすい、優しい子だ。助けてくれ」


 またしても、聞いたことのある要素だ。

 メイドじゃなかったのか、辺境伯の娘なのか。辺境伯の事は他人としか思っていなさそうだったが。


「ブル辺境伯、誰に拉致されたんだ?」


 副隊長は勇者の隣に膝を付き、死にかけの辺境伯に問う。


「名前は言えない。どこにでも、奴らの仲間はいる。拉致されたから、私は、ここにいる」

「その娘は本当に殺されていないのか?」

「ああ、奴ら、約束は守るんだ。変な話だが、都合が、いい」


 力なく笑ったと思ったら、そのまま動かなくなった。

 地面に流れる血を見て、勇者は辺境伯の目を閉じた。

 膝から下を血で濡らした勇者に走り寄ったスズキ。後ろから抱き着いて勇者の名前を呼んだ。


「……ミノル、大丈夫?」

「大丈夫……じゃないけど、今はやることがある。手伝ってくれるか、イツキ?」

「あたりまえでしょ」


 腰へ回された手に手を添えて頼みごとをする勇者。

 俺は、一体いつになれば仕事を辞められるんだろうか。もう、結婚とか考えないから、森の中でひっそり過ごさせてほしい。

 英雄は色を好むと言うが、勇者は女が寄ってくるスキルでもあるのだろうか。助けた奴隷とその友人も、これから助ける予定のメイドも、女だ。

 異世界の勇者とこの世界の俺を比較してしまい、思わず顔を上げる。

 顔を上げた先の屋根には王都監視員。

 働かない頭で王都監視員が示している方を見ると、随分と遠い道の奥、五階建ての屋根に目隠しをされ両手と両足を縛られている、くすんだ紫色の髪をしたメイドが見えた。

 三角屋根の上に転がされ、下手に身動きすると滑り落ちそうだ。


「ミノル様。あれ」


 意識的にボーっとしている口の動きを作り、見ているものが理解できないような平坦な口調で指を差す。場所を示したから、この後は騎士達が頑張ってくれるだろう。


「クソッ、遠い。急ごう!」


 勇者が一歩目を踏みだしたとき、メイドが身じろぎして屋根の上から滑り始めた。


「誰かッ! だれか彼女を助けてくれぇっ‼」


 多少の喧騒を押しのけるように、勇者の声が響いた。

 勇者には数多くのスキルを内包した職業スキル『勇者』がある。

 『聖剣技』も内包された一つで他にも多種多様なスキルがあると言われている。どのスキルも発現しないと使えないが。


 残念な事に今、俺の体を襲っている謎の魔力はたぶん、それだ。

 自分の意識とは無関係に持っているスキルを使われる。魔力の消費は体を襲う謎の魔力が肩代わりしてくれているようだ。

 しかし、それが慰めにもならないくらいの問題が今、起こっている。

 加速する意識の中でイトウから刀を奪う。


「え?」


 加速していた思考が刀技、隠密、短剣技、身体強化術、軽業の移動に使えるスキルを片っ端から使っていく。

 跳んで、窓枠に手を掛け、体を押し上げて壁を蹴りつける。

 『霧散』を使って屋根まで移動して、解除。体を取り戻して、すぐに走り出しメイドとの距離を詰めた。

 この距離なら。そう考えた時には『一途瞬辿』により、メイドの傍にたどり着き、落ちそうになる彼女の体を支える。

 移動してきた距離を見て、こちらを指差している勇者達を見て、未来に自分へすべてを託した。


「おい、目かくし取るぞ」

「はい」


 怯えから掠れたような声を上げたメイドの目かくしを取る。

 分厚い眼鏡をしていないメイドは随分と目が光っている。彼女の青い目の中で光の粒の動く様が見えた。


「精霊様の使い!」


 あれ?

 変化してたと思うけど、体が小さいピエロになっていたはずなんだが。


「俺はそういうんじゃないよ。国に雇われた冒険者だ」

「いえ! あなたが使いの方です。掃除をしてくれました」

「俺じゃない俺じゃない」

「いいえ、あなたです。私の眼は誤魔化せませんよ」


 彼女がそう言うとまた、青い目の中で光の粒が動いている。


「分かった俺でいい。それなら俺でいいよ」

「それならって何ですか? あなたじゃないですか!?」


 俺の言い方も悪かったかもしれないけど、対抗してこないでくれ。

 多数の足音が大きくなっている。勇者達も来ているみたいだ。

 一先ず、この場を納めるにはどうするか。


「そうだ、俺だ! だから絶対誰にも言うなよ!」


 顔から必死さが出ているはずなのだが、メイドは得意げに笑っている。


「分かってますから、それより、これ」


 そう言って差し出してきた手を縛る紐を切り、足を縛る紐も切った。

 彼女は自由になった手をポケットに突っ込み、頑丈そうな木の箱から眼鏡を取り出して掛けた。


「私は、イザドラ・カーヴェル。よろしくお願いします、使いの方」

「俺は——」

「ベンノー。さっきのなにー?」

 上でも下でも、誤魔化しのきかない問題が俺を苦しめる。

 俺が自分の意思でしたわけじゃないのに、特に下は。

 はぁぁ。仕事辞めたい。

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