第57話 合流と突入

「それは実行部隊の、フぅ、仕事です」


 相変わらず乱れた呼吸を繰り替えす情報部隊の女に言い、返事を待たずに屋根から跳んだ。

 彼女ら四人の近くに着地すると、周囲の冒険者達が武器に手を掛けた。それを見て町人は蜘蛛の子散らすように逃げ出している。

 もちろん、彼女達も武器を取れる者は武器を取り、こちらを睨みつけて来た。

 それにしても、サージェントはフードローブを着ておらず、黒い鎧がむき出しだ。


「ベンノ」


 思わず漏れたかのような囁きが、シンとしたこの場所ではよく通る。


「イトウ、あの伝言じゃどこにいるか分からないぞ。今度からは集合場所言っといてくれ」

「シュタインドルフ、どうして上から来た?」


 彼女らが話し出すと周囲の冒険者達は溜息を吐いて、こちらに興味を無くした。

 気になるのはイトウとサージェントの後ろにいる、ギルベルタと公爵令嬢の距離が近いことだ。

 近いというより接触している。ギルベルタの腕を取って楽しそうに話しかけている。二人がメイド服でなければ町人の日常風景だ。


「イトウを探して走り回ってたんだよ。道を通ってたらもっと遅かったぞ」

「そうか。私達は今、四つのグループに分かれてバウマンを追っていた者達を探している」


 だから鎧むき出しなのだろう。

 倉庫に騎士が入ったのも知っているだろうから、騎士を見て動揺すると考えたのか。


「それなら、大通りの方で似た服装の奴見かけたぞ」


 なんてことないように速度を一定に保って言う。

 俺の言葉に全員がハッとこちらを見て、目を見張る。


「おい、それならどうして追わなかった⁉」


 語気を強めるサージェントに変わらない口調で、肩をすくめながら返事する。


「仕方ないだろ。俺が解決しても探しまわってるミノル様達は納得しないだろうからな」

「確かに、そうかもしれませんね。サージェント様、大通りの方へ向かいましょう」


 ギルベルタの腕を抱く公爵令嬢が俺を援護してくれた。

 その状態になっていることが不思議なのだが、気にしても仕方がない。


「そうですね、向かいましょう。イトウ様を頼んだぞ、シュタインドルフ」

「ああ」


 歓楽区画に近いこの場所は、見た感じ冒険者が多い。

 大通りに近くなっていくほど、冒険者の恰好をした者が減り、身なりが少し良い商人風の者が増えていく。


「ねえ、ベンノ?」


 隣を歩いていたイトウがおずおずと声を掛けてきた。

 返事をせず、顔を向けて先を促す。


「えっと……」


 次の言葉を待っているのだが、続かない。

 それから少しの間待った。


「シュタインドルフさん、今は優しく尋ねてあげる時ですよ」


 公爵令嬢がイトウの手助けをしてきた。


「そうか。イトウ、言ってくれ。何でも」

「うん」


 返事をしたが、イトウはまた固まってしまった。

 大量の死体を見た時の事だと思うのだが、何を言いたいのかよく分からない。

 謝罪、糾弾、嫌悪、人格否定。どれかだと思うが、嫌悪だろうか。

 実際似たような事は何度か言われたことがある。死に際の人に。


「えっとね、ベンノ——」


 イトウが決心して話そうとした時、大通りを走って行く白い鎧が見えた。

 その後を見た顔が何人か続いていく。


「今のは近衛隊のカッターだ。追うぞ!」


 イトウの言葉は遮られ、俺もドキドキをカッターに持って行かれた。

 許すまじカッター。手際の良い実行部隊員も次に会ったら文句言ってやる。

 大通りに出ると、俺がどのように誘導しようかと悩んでいた交差路を左に曲がっていく勇者達が見えた。合流したようだ。


 こちらも急いで走って行くと、正面からタカハシ達が走ってきていた。

 全員集合だ。


「この宿か?」

「はい、怪しげな男がこの宿に逃げ込んで行きました」

「僕達は見失ったんだけど、こっちで合ってたみたいだね」

「俺達は宿に入るのを見たぞ」


 副隊長の問いにカッター、勇者、タカハシが返事をした。


「分かった。赤騎士を呼びに行きたいところだが、今奴らは逃げ帰ったばかりだ。すぐに突入する」


 そう言って副隊長は剣を抜いて、地面を突き柄頭に両手をのせる。

 全員の顔を見ていき、指示を出した。


「突入はミノル様、私、サージェント、カッター。宿屋の裏をタカハシ様、レヴィンズ、ラナマン。他は表で待機だ。行くぞ」


 言うだけ言うと副隊長達突入班は宿に入って行った。

 目まぐるしく進む状況に付いていけてない転移者達。俺もだ。


「イトウ様、スズキ様、ワタナベ様、サトウ様、リリーホワイト様、あとレイも。この建物の壁を背にしてください」


 そう言いながら軒下に六人を下がらせる、ジンデル。その手にはいつの間にか棍棒が握られていた。

 エナハートも彼らの前に出ていて、手には長い杖。キンブルとギルベルタは手にナイフを持っている。

 ナイフは分かるが、棍棒と杖はどこから出て来たのか見当がつかない。

 俺は刀を鞘毎外して、下げ緒を柄で結び外れないようにした。それをイトウに差し出す。


「もしもの時ってやつだ」

「大丈夫、かな?」

「落ち着け、このメイド達を抜けてくる奴なんていないだろ。な?」


 イトウを落ち着かせる為に声を掛けたのだが、メイド達からはピリついた視線を頂いた。

 持ち場を離れて近づいてくるのはキンブル。両手で一本ずつ持っていたナイフを左手の指に二本挟み、俺の胸倉を掴んでくる。


「冒険者、遊んでいる場合ではないんですよ。それに敵を最初に迎えるのはあなたです」


 腰に付けている鞘から短剣を抜く。その時、いつもより厚みがある所為で手が短剣を探して彷徨った。メイドや転移者からこらえようとしている笑い声が聞こえて、少し心がいたい。

『柔軟』『加速』『身体把握』『聴覚把握』

 体は発光したが、転移者達はそのことについて聞こうとしてこない。騎士達から聞いて知っているのかもしれない。

 聴覚把握で心音を捉える。


 イトウは俺が言った面白はずの冗談の甲斐なく心臓がバクバクしている状態だ。

 周囲も少し緊張しているようで、メイド達も体がこわばっているように感じる。

 気負うほどでもないだろうと思うのだが、メイド達には何かが違っているのだろう。


 勇者達が突入していった宿から物音が聞こえてくる。

 どうやら宿屋は奥に広い建物のようで、入り口付近に騎士一人を待機させて、三人で部屋を回っている。

 より詳細な状況を把握する為に目を閉じると、宿屋の上と今いる建物の上から呼吸が聞こえてきた。

 長く吸って短く吐く、緊張を感じている呼吸のリズムだ。


「メイド達、臨戦態勢だ」

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