第56話 探すベンノ

 ○


 急いで帰った第二区の食堂には誰もいなかった。

 食堂の奥の扉を開けてメイドを探す。

 扉から中に入ると大量の盆が置かれた部屋だった。奥からは小気味いいリズムで食材を刻む音が聞こえてくる。

 奥の観音扉を開けると、二人のメイドと一緒に食材を切っている料理長の姿があった。


「シュタインドルフさん?」

「ああ」


 俺に気付いた料理長は、手を止めてこちらに歩いてくる。


「伝言を預かっています、キョウカ・イトウ様からです」

「内容は?」

「宿屋区画にいるみたい、との事です。それでは」


 言うだけ言うと仕事に戻っていく料理長。

 それよりも宿屋区画に勇者達は向かったんだよな。どこから情報を得たんだ?

 暗部が情報をまとめて報告しているはずだから、宰相からだろう。

 食堂を出ると、第二区と第三区を急いで出て行く。


 第三区を南出入り口から出ると『身体強化』『柔軟』『身体把握』『加速』のスキルを使って、屋根を移動する。

 走りながら魔力を手に集めて七回連続で叩く。

 移動し続けていると、貴族街を囲む低い壁に来た。

 いつもであれば、壁を足場にして走って行くのだが、今回は急ぎだから別の方法を使う。

 壁手前の建物から壁を挟んだ屋根を目標に跳ぶ。

 そのまま、目標の建物よりも高い位置に来たら、スキルを発動。

『霧散』

 体が砂よりも細かくなって、意識が曖昧になりかけるが目標の足場に着地して、スキルを解除した。

 体が重さと形を取り戻し、意識と視界がはっきりする。


 宿屋区画の周りを赤騎士が囲んでいる。道に一人はいるようだ。ギルベルタには赤騎士を動員させる方法はないから、宰相が暗部からの情報を使ったのだろう。

 目標としていた建物の屋根から次の屋根へ。宿屋区画の中心へ移動していく。

 大体中心にたどり着いて、再度七回連続で魔力を集めた手を叩く。


 屋根の上で腰を下ろし、来るのを待っていると黒いロングコートに革製のフードケープを着た三人が向かってきた。

 やって来た三人は俺を囲んで、直立している。


「合言葉」


 右前に位置する女が言うと、左前の女が続けた。


「力で事を」


 そこまで言うと次は後ろの女が続ける。


「為す者は愚者」


 続きを俺が言うのだが、俺の時は毎回答えが一緒だ。


「愚者は実行部隊」

「実行部隊隊長、どうしましたか?」


 後ろにいる女が俺の頭を鷲掴みしながら、聞いてくる。

 情報部隊を呼ぶと、偶に頭を鷲掴みする奴らがいる。何をしているのか聞くのだが、誰も教えてくれない。

 魔術か魔法でも使っているんだろう。


「勇者達の居場所と報告あがっていると思うが、バウマンを追っていた者達の居場所を頼む」

「了解。少々お待ちを」


 左前の女がそう言うと、ひらり手をフードの中、左耳に当てた。

 魔道具で会話する物があるらしいからそれだろう。実行部隊には導入されていないし、情報部隊でもごく限られた者にしか与えられていないと聞いている。

 ギルベルタは与えられていないようだ。

 話をする女を無視して、魔力を集めて手を叩く。今度は実行部隊の王都監視員を呼ぶための合図だ。


「実行部隊隊長、獣人を追っていた者は九人。大部屋を借りているようです。勇者様達は分かれて九人を探しているようです」


 俺の所には大部屋の情報がある。でも勇者達に大部屋の情報は来ていないようだ。

 だから赤騎士を動員したのか。詳細な場所が分からないから、しらみつぶしに探すわけだ。

 情報があれば、待ち伏せしたり一人ずつ捕らえたりどうとでもできるからな。


「九人の居場所は?」

「七人は宿で確認できていますが、二人は不明です」

「探して」

「はい」


 左前の女は返事をすると、左手を耳に当てて動かない。

 探す事の相談でもしてるのだろう。

 どういう返事が返ってくるのか、待っていると屋根を走って黒いフードケープを被った男達がやって来た。王都監視員だ。

 いや、一人だけ見覚えのある体格をしている。


「合言葉を、隊長」

「ああ。今日の夕飯は、なに?」

「伝承のカレー」


 実行部隊の合言葉を大体こんな感じだ。

 情報部隊の実行部隊を執拗に貶めてくる合言葉と同じくらい、くだらない。


「どういう御用でしょうか、隊長」

「用の前に。あの黄色い粉、何だったんだ?」

「まだ、判明しておりません。ただ、死刑囚に微量を吸引させたところ、反応速度が上がっていたようです」


 どうやって、反応速度が上がったことを判断したのか分からないが、微量で判断が付くくらいだ。小瓶分使ったらどうなるんだ?


「体に害は?」

「微量でしたから、確認できていません」


 それもそうか。

 話が終わり、左前の女が動かない為、こちらも動けない。

 しばらく待っていると、ようやく左手を耳から離して、こちらを向いた。


「実行部隊隊長、お待たせしました。二人の位置を特定できたようです」

「分かった。監視員の二人は情報部隊員の指示に従って、特定した二人を七人がいる宿まで追い立てて、転移者達の前を通ってくれ」

「隊長、俺はどうしましょうか?」


 座っている俺の前に出てきたカイゼルは、ピシッと手を挙げて聞いてくる。

 命の危険が薄い仕事だからやる気があるのだろうか。


「カイゼルは装備一式を外して、勇者達の前で挙動不審な演技をして、七人のいる宿まで逃げるてもらうんだが、捜索は何組に分かれているんだ?」

「四組です。三組の誘導は今の話で出来ましたが、もう一組はどうしますか?」

「俺が誘導する」

「分かりました。二人は東西に向かった転移者達を、行きがけにカイゼルを勇者達の近くへ。実行部隊隊長は私に付いてきてください」


 情報部隊員の言葉で皆が一斉に動き出した。

 俺も立ち上がり、情報部隊内で序列が高いと思われる左前の女に付いていった。

 向かっているのは貴族街とは反対方向、町を囲む壁に近い歓楽区画の方だった。


「ギルベルタは良いパートナーですか?」

「? なんだ。落ちこぼれを虐める情報部隊員が仲間の心配か?」

「そういうものです」


 何を聞きたいのかよく分からない女の速度に合わせて、屋根を走っている。速度が遅い。


「上手くやってるぞ。お前達に何話してるのか知らないがな」


 そう言うと速度が少し上がった。

 聞きたいことだったかは別として、動揺することだったらしい。


「あなたが行った任務の話くらいですよ」

「おいおい、カマかけただけだぞ。体がこわばってる、嘘なんて吐くものじゃない」

「これだから実行部隊は嫌いです」

「せめて、バレてても嘘を吐き通せよ。白状するような返事しちゃダメだろう」


 そうして情報部隊員をおちょくっていると、さらに速度が上がった。

 歓楽区画との境を少し移動すると、女は足を止めた。

 何度か深呼吸をする女を見て、屋根から下を見ると俺が誘導しなくちゃならない奴らが見えた。


 イトウ、サージェント、公爵令嬢、ギルベルタ。こいつらを俺は誘導しなくてはならないわけか。


「九人が借りている宿屋の場所は?」

「道を、貴族街の方へ進んで。ハぁ、大通りに出て右。フぅ、二つ目の交差路を、ハぁ、左に曲がって右手三つ目の宿です。フぅ」

「おい、もしもの時は囮頼むから近くで待機しとけよ」

「それは実行部隊の、フぅ、仕事です」

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