第55話 その頃、ウルフは…… ③

 公爵令嬢の部屋にノックをすると、彼女はすぐに出てきた。


「さあ、入ってください」

「はい、失礼します」


 中に入ると、私が先程まで座っていた椅子に白い鎧、長い金髪の女性が座っていた。

 ガブリエラ・オハラ。近衛隊副隊長だ。

 思わず振り返り、公爵令嬢を睨んでしまう。


「安心してください、ウルフ。サルディネロ様の承諾はまだですが、権力のあるガブリエラが仲間になれば出来ることも増えます」

「私はお前達の仲間になるなどと一度も言っていないぞ、セルマ」

「ガブリエラ、よく考えた方がいいと思います。常日頃からあなたを守る」


 急いで両手を合わせる。


「遮音結界」

「ごめんなさい、ウルフ。ガブリエラ、あなたを守る影の中にも裏切り者がいるかもしれないんですよ」


 余裕の笑みで謝罪してくる公爵令嬢は、私が結界を張ることは分かっていたのだろう。

 私にできることを副隊長に見せるのが目的か、口裏を合わせて私が使える者か判断しているのか。


「ウルフ、お前には私が殺せるのか?」


 副隊長は座っていて視線は低いはずだが、随分と見下ろされている気分がする。

 睨みではなく、王族としての振る舞いの結果だろう。


「私では不可能です」

「だろう。なら——」

「しかし、王族警護監視員の内、七人。実行部隊隊長、暗殺部隊隊長の九人には可能です」

 戦力調査をしてはいないが、九人ならば確実だ。

 確実でないが可能性の高い者を含めれば、大体十五人になる。


「言ってよかったのか?」

「はい。あなたには警護監視員が付いていますし、問題になれば暗部が口封じに来ますから」


 その言葉を聞いた副隊長は王族の顔をしていなかった。


「ふっ、舐められたものだな」


 圧倒的強者のプライドを私は傷つけてしまったようだ。

 滑らかな動作で腰の剣を抜き、切っ先を突き付けてくる。


「おい、ウルフ。王族を殺すなどとよくも言ってくれるな」

「失礼しました。しかし、必要な状況になった場合はそうなると思います」

「そうね、ウルフ。国に暗部は必要ですし、他国に内情が漏れた場合は暗部どころか国が裁くわ、王族でもね」


 公爵令嬢の言葉を理解しようと副隊長は渋面で目を閉じている。


「分かった。私が仲間になる。ただし、信頼できる奴らに会わせてくれ」

「無理です」

「そうか。なら、これを渡しておいてくれないか?」


 私が断ることを最初から考えて、話を進めていた副隊長が輝く石の付いたアクセサリーを渡してくる。

 髪留めが三つ、ペンダントトップが二つ。銀色の台座で赤色に輝く石がとても目立つ。

「それは、念話石を加工したアクセサリーです。純度の高い魔石を砕いて作ったもので、魔力を流せば魔石の共鳴により、他四つの持ち主とどこにいても会話が可能です。とても高額ですので、暗部には導入していませんが便利なものです」


 ペンダントトップ二つと髪留めを取って、ポケットに入れた。


「ウルフ、髪留めはしないんですか?」

「御二方と同じものを着けることはできません。メイドですから」

「それもそうですね。では、本題に入りましょう。ウルフ、バウマンを追っていた者達はどこにいるんですか?」

「宿屋区画で目撃されています。人数は九人、人相は分かっていません」


 私の答えに呆れたと顔で心情を教えてくれる副隊長。その隣に移動していた公爵令嬢は俯いて拳を額に当て、考え込んでいる。


「ガブリエラ、早速あなたの力を使う時が来たようです」

「ほぉ。どうするんだ?」

「食堂で話します」

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