第54話 その頃、ウルフは…… ②

 ミノル様達は公爵令嬢の友人が相手の居場所を知らなかった時に、どう探すか話し合っている。


「サージェント様、少し出てきます」

「分かった」


 隣に座る黒騎士のサージェント様にそう告げて、食堂から出た。

 食堂から兵舎までの道では誰とも出会うことなく、見かけもしなかった。

 他の転移者達は昼近い今も街にいるようだ。

 私達の昼食はどうなるのだろう。

 ミノル様達は食事が喉を通らないだろうけど、私は少しお腹が空いている。


「付いてきてください」


 入り口で待っていた公爵令嬢に従い、ついていき三階の階段傍にある彼女の部屋へ到着した。

 部屋に入ると椅子に座らされ、対面に公爵令嬢が座った。


「ウルフ、貴方はバウマンを追っていた者達の居場所を知っていますか?」

「いえ」

「知っている者に連絡を取ることは可能ですか?」

「はい、可能です。ただ、質問があるのですが」

「なんでしょう?」


 どういう質問をされるか理解している余裕の顔だ。

 実際、質問したいことは一つだ。


「サルディネロ様は、どうして貴方に私の事を教えたのでしょうか?」

「信頼できる者が少ないからですよ、ウルフ。私に貴方、もう一人、頭の回転が悪い下っ端しか現状は信用できないと言っておりました」


 下っ端というのは恐らく隊長の事だろう。確かに頭の回転が鈍い時はある。

 冒険者の知り合いが結婚したとき、合コンで惨敗したとき、結婚していないだろうと思っていた人が結婚して、なおかつ子供までいた時。

 女性関係の話で頭の回転が鈍くなる為、実行部隊で戦闘訓練する時は相手にその話をされるというのを聞いた。動揺を誘って攻撃してくるんだそうだ。

 それより暗部隊長は、信頼できる者が少ないからといって外部に手を借りたのか。


「あら、信用してくださらないの、ギルベルタ・ウルフ?」


 今の所、信用したいのだが、公爵令嬢がどこまで知っているのか不明だ。

 暗部としての私を知っているのか、それともイネス・サルディネロの知り合いとして私を知っているのか。

 暗部隊長がどの情報を渡しているか。いや、実際は情報を別の場所から得たのかもしれない。

 そうして答えあぐねていると、公爵令嬢は腕と足を組んだ。


「そうですね。ウルフ、遮音結界を」

「分かりました。遮音結界」


 両手を合わせて遮音結界を発動すると、我慢していたことが苦痛だったように間髪入れず話してくる。


「あなたの名前はギルベルタ・ウルフ。暗部、情報部隊では、左遷された年増、という蔑称がある。それが付いたのは実行部隊隊長の補佐に付き始めてから。実行部隊の仕事に直接関わる前は昼間に食堂で夜は酒場で情報収集していた」


 今のところ情報に間違いはない。

 ただ、私が情報部隊内で変な呼ばれ方をしているのは知らなかった。

 確かに情報部隊で年増だろう。いや、情報部隊で育成中の緑髪の方が年上だ。耳長だから。


「得意武器はナイフ。あなたが情報部隊で重宝される最大の理由は、幻惑の魔眼。サキュバスやインキュバスの血が濃い者に発現するという眼で誰よりも情報収集を上手く行える」


 本当に知っているようだ。

 魔眼の話をしてきたという事は、情報は正確だと言いたいのだろう。


「もう十分です、リリーホワイト様。私の事を知っているのは理解しました。ですので、情報部隊員に連絡しますが、よろしいですか?」

「もちろんです。ご自分の部屋に戻ってから呼びだして下さい。話し終えたらここに戻ってください」

「分かりました」


 最初は連絡と言って、こちらもそれに合わせた。しかし今、呼び出しと言った。

 最初から知っていて私を試していたのだろう。

 私よりも頭が回るのは間違いない。ただ、手綱を握らせるつもりはない。握らせたと思わせておくだけだ。

 急いで部屋に戻り、情報部隊員を呼ぶために両手へ魔力を集めていると扉がノックされた。


「はい? 何か御用でしょうか?」


 名乗りもない、呼びかけても返事がない。


 スカートの左ポケットの奥、ポケットを貫通して内ももに手を伸ばす。

 ベルト鞘からナイフを一本握り、腕に隠しながら扉を開ける。


「ウルフ、私達を呼ぼうとしていたな?」

「だな?」

「はい」


 扉の前にいたのは、情報部隊で育成中の緑髪と赤髪。

 上下は革のインナーを着て、黒いロングコートを羽織って腰で縛り、肩まで黒い革のフードケープを被っている。異常に目立つ。


「用件はなんだ?」

「なんだ?」

「勇者様が現在追っている違法奴隷売買者達の居場所を聞こうかと」


 聞きながら部屋へ入ってきた二人に、私がそう言うと緑髪は少し顔をしかめていたが、すぐに戻った。赤髪の方は揺れていた尻尾が動きを止めている。


「実行部隊から情報が来ていたな。リア、聞いてきてくれ」

「まってる」


 赤髪は窓から出て行った。

 それを見送り、することのなくなった私はベッドに腰を下ろす。

 緑髪は近くの椅子に腰かけ、こちらを見ていた。


「あの、なんでしょう?」

「ウルフ。どうして敬語使うんだ?」


 緑髪も沈黙が苦しかったのか、どうでもいいことを聞いてくる。


「情報部隊隊長が育成中のお二人ですので、それ相応の礼儀が必要です」

「うん。確かに他の奴らも敬語だな」

「そういうことです」

「だが、それは他の奴らの場合だ。ウルフは情報部隊で二番に腕がいいと聞いている。それに魔眼持ちは貴重なんだ。立場を考えたらウルフの方が上だな」


 話をしていくと私に対して隔意はないのが分かる。

 だからと言って安心して何でも話せるわけではない。相手に話させる。


「そんなことを言われたのは初めてです。ですが情報部隊隊長はそのような扱いを私にはしないでしょう」

「確かにそうだな。あの人は何を考えているか分からんからな」

「え? そうなのですか? お二人は知っているものかと思っていました」

「そうか? 早いとこ実行部隊の隊長に挑みたいんだが、全く許しが出なくてな。伝令の仕事やら殺しの手伝い、掃除ばっかりだな」

「色々と苦労されてるんですね。えっと」

「カテジナだ。悪かったな今まで、態度悪かっただろ?」


 私が勝手に警戒して、話させようとしていたらカテジナはドンドン話してくれる。

 任務内容は言ってくれないが、何をしたか言ってくれた。

 それに今までの事も謝罪してくる。警戒していたのがバカらしく申し訳なく思う。


「悪くないと言えば嘘になります。謝罪を受け入れます」

「ありがとうな。まあ、なんだ。あれはあの人からお前を警戒するように言われてたんだ。でもウルフからの情報であの人も満足しているみたいだからな。普通に接しても文句は言われないだろう?」


 そうだと、いいんだけど。

 ある程度、仲も深まったわけだからこれからより話を聞いていこう。そう考えていると、目の前を何かが過ぎ去った。窓の方向からだ。

 なんだろうかと、壁を見るとそこには黒いナイフが刺さっていた。

「え?」

 窓の方を向くと窓枠に両手両足をのせて座っている赤髪がいた。私を睨みつけている。

 カテジナは溜息でも吐きたそうな、やれやれ顔だ。


「リア、何やってる?」

「アイツが、カテジナに探りを入れてたから、黙らせた」

「探りって、リア。問題になることは言ってないぞ。それより情報は?」


 睨みつけている視線をスッと外し、赤髪はカテジナに報告する。


「奴隷を追ってた奴らの内、九人は宿屋区画で目撃されてる。どこかに泊まってる?」

「そいつらの顔が分かるものは?」

「ない」

「どうやって探すんだろうな? リア?」

「さあ。勇者様はトラブルに愛されてるらしいから見つかるよ」


 テキトーな返答している姿を見て、隊長の顔が浮かんだ。仕事が絡まない時は似たようなものだ。

 勇者がトラブルに愛されているというのは、伝承の中でも出てくる話だ。

 勇者の前にトラブルがやってきてしまうと率先して関わる。それが勇者というものらしい。


「ウルフ、宿屋区画で九人が目撃されているという情報だけだが、どうにかなるか?」

「どうにかします。ありがとうございました、お二人とも」


 私は頭を下げた。


「ウルフ、これが私達の仕事だ。そっちもがんばれよ」

「ほら、カテジナ。問題ない」


 赤髪は少し心配していたようで、カテジナに向けて胸を張り、ふんぞり返っている。

 顔を上げた時にはカテジナがあきれ顔をしていた。


「リア、ウルフはどうにかすると言ったんだ。情報が足りないという事だからな」

「わかってる。ウルフはがんばる奴。私の失敗も帳消しにしてくれる」

「がんばります」


 カテジナは苦笑いして、赤髪を伴い窓から出て行った。

 部屋から出て、公爵令嬢の所まで向かう。

 歩いている途中にもしかすると、あの二人が帰ったと見せかけて監視している。とか想像したが、バレていても問題ないだろう。支援者にバレているだけだから大きな問題にはならないと思う。この任務は外されるかもしれないが。

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