第53話 その頃、ウルフは……

 ○


 ガタガタと揺れる馬車の中は陰鬱な空気が漂っていた。

 走り始めてずっとだ。


 サトウ様以外の転移者は俯いて動かない。サトウ様は特に気にした風もなく、しがみついてくるワタナベ様の手に手を重ねて目を閉じていた。

 オハラ様は倉庫から帰ってきて以降、動きが鈍い。一点を見つめているし、ミノル様の心配もしていない。


 一体何があったのか?

 話を聞けるような雰囲気じゃないのが、もどかしい。

 ソワソワしながら、第二区に着くのを待っていると馬車が減速して御者席から幌があげられる。


「皆様、到着しました」


 そう言いながらメイドは馬車の後方まで移動して、幌を上げた。

 外に近い私が先に出ると、騎士はいたが隊長の姿が見えない。

 見回しながら乗っている全員が出てくるのを待っていると、白い鎧、腰にヘルム、金髪で無精ひげの男が走ってきた。

 タイミングよく出てきたオハラ様の前まで行き、右手を胸の中心で握り、左手はへそくらいで握る。近衛隊と特務隊でしか見ない敬礼だ。


「近衛隊、サイモン・ハイト。副隊長がお帰りになられたということは、倉庫には何もなかったという事ですか?」

「いいえ、ハイト。倉庫内に敵は確認されませんでした。しかし大量の死体があり、現在、ベンノ・シュタインドルフという世話係がその片付けをしています。交代してきてください」

「了解しました」


 隊長の名前を出したとき、イトウ様の肩がはねていた。それに気づいたエデオムの諜報員が心配そうにイトウ様の手をとった。

 隊長はなにをしたのか?

 再度、敬礼をしてハイト様は帰って行った。

 部下との会話で少しは気が紛れたのか、オハラ様はほぼいつもの状態に戻っている。


「皆様、一先ず食堂に移動しましょう」


 それからオハラ様が先導して、食堂まで向かい、自然と食事する時の席に皆が座った。

 全員が座るとオハラ様はすぐに話を始める。


「皆様、今回の事は国に任せてもらいます。あの状況に直面してショックが大きいようですから、今日はゆっくりお休みになってください」


 オハラ様はそう言って立ち上がった。

 何が、ショックが大きいようですから、だ。自分も隠せていないのが騎士達にバレているクセに。


「ガブリエラ、待ってくれ」


 悪態をついていると、俯き、震えながら立ち上がったのはミノル様。


「どうしましたか、ミノル様?」


 食堂から出ようとしていた所から振り返ってミノル様に問うオハラ様。その顔は引き攣っている。

 何を言われるのか考えついているのだ。

「僕は。僕は、許せない!」


 そう言って顔を上げるミノル様。

 目に溜めた涙、頬には乾いた跡がある。

 お優しい勇者様。まさしく選ばれるべくして選ばれたと言える。

 茶番に、思わず目が細くなったのは仕方ない。

 なるほど、隊長はもしかしたら、こういう感覚を面倒くさいと思っているのかもしれない。


「もちろん、私も、国も相手の事を許してやるつもりなどありません」

「そうじゃない、そうじゃないんだよ、ガブリエラ!」


 違うちがう、そう言いたいミノル様に首を傾げて応じるオハラ様。

 でも分かっている、オハラ様も。


「僕が勇者である限り、人を殺して自分達だけ逃げられるなんて許しちゃ、許しちゃ駄目なんだ‼」


 思わず目を閉じて溜息を吐きそうになったが、出そうになる息を抑え込む。

 結局どうしたいのか、全く伝えていない。

 許さない事だけがはっきりしている。


「僕が、僕が敵を止める。皆、手を貸してくれ!」


 ミノル様はすっきりとした顔で席に着く仲間達を見ていく。

 そこには残念ながら、私も含まれる。


「そ、そうだよね。ベンノに怖いからって押し付けて、見ないふりするのはダメだよね。知っちゃったから、怖くてもやることやらないと、ね」


 隊長は彼女の決意を喜ぶだろうか?

 震えの止まらない彼女を見て、また悲し気な笑みを浮かべる気がする。

 最後の念押しでマリオン・キンブルを見て、笑いかけていたのは安心させる為だろうか。


「あぁークソっ! キョウカに先越されたけど、俺もやる。俺達は世界を救うんだろ、こんなことで足踏みしてらんねぇよ!」

「そうよね、俯いてばっかりじゃいられない。今、何が出来るか考えよう」

「私は、回復魔法をがんばる」

「うん。皆、やっといつもの調子を取り戻して来たね」


 相変わらずサトウ様は平常心だ。だが、転移者の中でそういう者がいてくれるのはありがたい。


「とはいえミノル様、相手の居場所が分からない状態で、どうするのですか?」


 オハラ様はミノル様に手を引いてほしいのだろう。まあ、この感じでは無理そうだ。

 立ち上がったミノル様は席を離れて歩き始める。


「うーん、人探しってどうすればいいんだ?」


 それから少しの間、歩き続けたミノル様が出した結論は。


「ガブリエラ、セルマ、何か方法はあるかな?」


 結論は人に聞くことだった。

 勇者にもできないことはある。


「バウマンを探しまわっていた連中の似顔絵を作って、騎士や冒険者達に探してもらうのはどうでしょう?」

「ガブリエラ、規模が大きくなれば王都から逃げられてしまうかもしれないでしょう。私の友人達に居場所の心当たりがあると思いますから、今から聞いてきます」


 周囲の視線を集めて、公爵令嬢は立ち上がった。

 私と同じ側に座っていた為、席を立つと通っていく場所は私の後ろ。

 他の人達と同じように、歩いていく公爵令嬢を見つめていると私の真後ろに来た時、頭をつつかれた。

 周囲も気付いていたが、何をしたのかは分からないようだった。

 私も、そうだったが、食堂から公爵令嬢が出たのを見送った後、何をされたのか分かった。


『ウルフ、聞こえているでしょう』


 頭に響くのは公爵令嬢の声。


『ギルベルタ・ウルフ。あなたの素性はサルディネロ様から聞いていますよ』

『何でしょうか、リリーホワイト様』


 魔力糸を使った会話技術、糸念話。

 私も隊長も魔力操作は上手い方だが、人に気付かれないように魔力糸を作れない為、公爵令嬢のような芸当はできない。

 人前で魔力糸を作り、魔法や魔術系のスキルを多く持つスズキ様に全く悟らせないとは、技量が異常だ。


『兵舎入り口まで、来てもらえますか?』

『分かりました』

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