第50話 部長は輸送手段

「ベンノ、中はどんな様子だ?」

「五、六十は死んでたな、俺は死体の片付けするからミノル様達を帰らせろ、カッター」

「一人で片付けするのか?」

「ああ」


 というか一人で片付けさせてほしい。部長を呼ばせてくれ。


「負担が大きいだろう。俺とラナマンで手伝おう」

「いいや、ミノル様達についてやってくれ。そっちの方が重要だ。頼めるか?」

「分かったが、本当に大丈夫か一人で?」

「問題ない。それより、こんなところでミノル様達を長居させる方が危ないんじゃないか?」

「それもそうだな」


 納得ではなく諦めで俺の言い分を認め、男の騎士以外の全員をカッターは馬車に乗せる。

 イトウは馬車に乗りこむ時、涙を流しながら一瞬こちらを見た。

 恐ろしいものを、理解できないものを見て、慄いた目だった。

 去っていく馬車を見送っていると、無意識が耳に届いた。


「こわがられた」


 口を衝いて出た言葉に、自分でも分かるほどのぎこちない笑みがつくられる。

 多少、仲良くしたいんだと俺は思っていたようだ。

 しかし、死に対する感覚は相違が大きく、俺の感覚を納得はできずとも理解できなければ、これから仲良くしていくなど到底無理だ。


 イトウは昔の、残りかすの俺だ。

 人は死ぬと分かっている。ただ、その亡骸がどことなく恐ろしい。


 正義という重たい荷物を背負っているかと思いきや、守るべき者の亡骸を見て、容易く荷物を下ろす、偽善。

 吐いてもいいから、眠れなくなってもいいから、今できることをしようとすれば荷物を下ろさずに済むのに。


 一度下ろすと妥協だと偽る諦めが、優しさをくれる。

 そうした優しさがいつしか、環境によって甘さに変わる。

 そんな甘さによって、俺は残りかすになったんだ。


 立てかけた扉から中に入り、大量の死体がある部屋へ向かう。

 中が見えないように扉をしっかりと嵌めて、馬車の前まで移動する。

 残りかすの俺を救った部長を呼ぶ。


 部長を呼ぶ場合、いつもであれば黒い指輪の一つに魔力を流すのだが、ここ最近持っていない。

 だから両手を挙げ、空を突き破る円柱を想像しながら、魔力を断続的に放出する。

 魔力出てきた柱が断続的に空に放たれ、恐らく溶けるように消える。

 俺には見えないが、感じることはできる。だから王都監視員は、部長は分かっただろう。どちらも視覚として魔力を捉えることができるから。

 誰かが来る前に馬車の中を確認して、と考えていたのだが、ボロボロの扉を律義にノックしてサングラスをかけた幼女が入って来た。


「ベンノ。これは?」

「違法奴隷の死体ですね。生きている者が何人かいるようなので回収してもらえませんか?」

「部下に頼め」

「色々あったでしょう、部長。一から鍛えて信頼できる奴は安心感が違いますし、世話に関して面倒であれば、この前の五人に任せればいいと思いますけど、どうですか?」


 来て早々に本題を話した。部長はこういうの面倒がってしない。


「ふん、アイツらに任せる。他に報告は?」

「あの扉の奥で自殺しているのが三人、恐らく奴隷売買していた奴らの下っ端です」

「報告は聞いている。監視中の倉庫に入った者達が出てこないと、そいつらだろう。監視の目をごまかす為の捨て駒だろう。それより、私は忙しい。生きている奴らを近くに集めろ」

「はい」


 俺と部長は仕事中だからか、いつもみたいな軽口も無い。

 人に拒絶されたからか、信頼している人と、いつもの、がないと少し寂しい。

 音を頼りに生きている奴らを探す。

 数は四人。どれも女だ。

 男は体中が腫れあがった状態で見つかる事から、頑丈な人形として暴行を受けたようだ。

 どの女も体中が糞尿まみれで、それを気にしていないくらい死にかけだ。

 四人を部長の下に集め、空間魔法に備えて少し離れる。


「一応は生きているようだ」

「部長、頼みましたよ」

「ああ。言い忘れていたがベンノ。お前を狙ったであろう暗殺者が五人捕らえられた」

「ああ、心当たりはありますけど、転移者に手を出していないのなら無視してください」

「余裕だな」

「そこまで問題はないでしょう」


 キンブルの所為だろう。

 もしかして、イライラしていたのは俺が狙い通りに死なないから?


「分かった、任せる。辺境伯が王都に来ていると報告を受けている。気を付けろよ」


 赤黒い魔法陣が広がり、上下から挟み込む部長達は消えた。

 そう言えば、辺境伯の件、報告し忘れていた。

 俺はこれから新人冒険者よろしく死体の回収だ。

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