第49話 倉庫の中
「この臭い、オハラさんは知らないのか?」
「似たような臭いを嗅いだ気がするが、それが?」
「リリーホワイトさん、エナハートさん、ジンデルさんは?」
副隊長は特に知らないようだが、公爵令嬢だけがニヤリと口を歪めた。
「死体、ですね」
「なら早く行かないと」
「待てっ!」
公爵令嬢の言葉を聞き、俺の言葉は耳に入らなかったのだろう、副隊長は先ほどの入り口と同じように扉を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばした先は窓もない暗い場所で、今いる場所よりもずっと暗い。扉が壊されたことにより異臭が鼻を衝く。
勇者達はゲホゲホと咳が止まらない様だ。
その近くで副隊長は扉の先に手のひらを向ける。
「『光、あれ』」
魔術だろうか。
手のひらから出てきた光の塊が、扉の先へ移動していく。
高さが一定の光の塊は先の部屋で、何人もの襤褸を着た死体を照らし出した。
「いや……」
「な、なにが⁉ うぇ——」
副隊長の近くにいた勇者は無言で固まり、運悪く見てしまったイトウは想像していなかった光景に拒否反応を示した。
タカハシはイトウの反応に動揺し、覗いてしまい一瞬吐きそうだったようだが、こらえたようだ。
「キョウカ、何があ——」
「え、どうしたの? 二人とも。え?」
興味で中を覗いてしまったワタナベとスズキ。ワタナベの隣にはサトウがいて無言で中を見ている。
ワタナベとスズキは地面に膝を付き、あまりの光景に視線が離せず、固まっている。
「オハラさん、光を消せ」
「は、はい」
近衛隊だから戦争には向かったことないのかもしれない。大半の王族は戦争に一度は向かうと聞いている。王族警護監視員から。
これからの事だが、副隊長は動揺を隠せず、戦闘があったとしても役に立たない。公爵令嬢とジンデル、エナハートは問題なさそうだ。
「オハラさん、俺が中に入って安全か見てくる。だからミノル様達を連れて馬車まで戻れ」
「で、出来ません。これは、ミノル様の世話係である私の仕事です」
「リリーホワイトさん、頼めるか?」
「お任せを。ジンデルさん、エナハートさん、ミノル様達をお願いします。私はガブリエラを連れて行きます」
「わかりましたぁ」
「皆様、行きますよ」
ジンデルの手を両手で握るイトウ。勇者とタカハシは表面上、大丈夫に見えるのだが、どうなのか。スズキはエナハートの腕にしがみつき、ワタナベはサトウの腕は抱え込み震えている。
王国としては最悪な状況だろう。
死体を見て戦えなくなるようでは、魔族を相手にするのはきついだろうからな。
出て行く全員を見送り、隠密スキルを使う。
『暗視』
夜の暗がりから昼間のような明るさを取り戻す視界。
『反応強化』
『身体強化』
一応の対策をしてから扉の先に入った。
扉の先に光で照らされていた六人、扉の右は壁でそこに三人。大きな引き戸の近くと馬車と、その移動経路には死体はない。
ただ、それ以外は死体だ。
この部屋の奥にも同じように大きな引き戸と開き戸がある。
四つの扉の中二つを閉じて、この状況が明るみに出ないよう、結界魔道具を置いているのだろう。
死体の数は真ん中の馬車の経路を挟んで、こちらが三十。反対側が二十くらいだと思う。
一先ず、死体を無視して奥の扉を開ける。
奥で、まず目に付いたのは首が異常にねじ曲がった紐で吊られた死体達だった。
三人の男が倉庫の頑丈な梁から吊られていた。見たところ、服装は俺が今着ているそこそこのものと同等。奴隷売買に関わっている者達だと思うのだが、自殺だろうか。
彼らの下には乾いた糞があった。服も乾いている。換気の悪い閉め切った場所で、なおかつ結界魔道具が使われていた場所で乾いているというのは、結構な間、吊られたままだったのだろう。
死体が大量にある部屋へ戻って、これからの事を考える。
攻撃してくる者は、いや、生きている者はほぼいないらしい。
『聴覚把握』
短剣技スキルを使い、微かに聞こえてくる音へ耳を澄ます。
聞こえてくるのは馬車の経路を挟んだ側、浅い呼吸音がする。
よくよく聞くと、呼吸は複数あるようだ。ただ、どれも弱い。
こいつらを生かそうにも、知られれば殺しに来るかもしれない。勇者にバレた時も国が保護すると思うが、貴族の中に関わっている者がいるなら結局は似たようになる。
というよりも三人の男が死んだのは監視し始めた時だとしたら、裏切りは赤騎士五人だけではないという事だ。巡回強化しただけの赤騎士とは考えづらい。
黒騎士か暗部にいる。暗部はほぼ確実だろう。
暗部の誰かを呼んで、生きている奴らの回収をしてもらおうと思っていたのだが、下手にできない。
いや、部長を呼べば早いか。その後に部下達を呼べばいい。
その前に、副隊長に報告しないとな。
鍵もかかっていなかったのに蹴とばされた無残な扉を室内が見えないように立てかける。外に通じる扉も同じようにする為、外へ出る。
外へ出た瞬間、目に入るのは入り口近くで停められた馬車を背に、俯く副隊長、勇者、タカハシ。
イトウは涙をこらえながら、こらえきれない涙を袖で何度も拭っている。隣にはキンブルが馬車から出てきて心配そうに見つめている。
他の奴らを探すため視線を動かすと、カッターがこちらに歩いて来た。
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