第48話 倉庫へ

 翌朝、食事を済ますまではいつも通りだったが、その後に体を動かすというのが入った。

 イトウは準備運動をしているだけで、武器を振ってはいない。

 他の騎士やメイド、勇者とタカハシは武器を持って体を動かしている。


 武器を持っていないイトウは彼らを見ているが、諦めたのか準備運動を再開した。

 他の騎士達も転移者に対人戦を経験させようとは思っていないだろう。もしもの時の為に備えているだけだと思う。


「ミノル、俺達で一発ぶちかましてやろうぜ!」


 少し離れているタカハシの声は思いの外、よく届いた。

 その言葉をイトウは聞いて、俺の方に顔を向けてくる。

 彼らの事を羨ましく思っているのだろう。武器を持って行きたいという催促する視線を感じたのは気のせいではない。


「ベンノ。ほんとうに、だめ?」


 ゆっくりとした足取りでこちらに近づいたイトウは、自らの持つ女という武器を駆使して攻略に来た。

 距離は拳二つ分、間合いに侵入されている。

 潤んだ瞳、近距離からの上目遣い、息多めの言葉が俺の耳を刺激する。


 しかし、イトウの武器は通用しない。

 婚期を逃し、合コンでは冒険者という職業により数多の女性から相手にされず、受付嬢に相談すると無視され勝手に高難度依頼を受けさせられる始末。


 そう、女性に夢を見る時期は終わったのだ。

 いつかはイトウも婚期を逃した冒険者をあざ笑う、空想の中の自分とだけ釣り合う高すぎる理想を相手に求める、鏡を持たない女になるのかもしれない。


 と、ありえないような、ありえなくないような事を考えていると、されたことを思い出しイライラして夢から覚めた。割と効いたらしい。


 手を伸ばせば触れられる距離のイトウは武器の効果あったとニヤニヤしていて、視界の端には首を異常に曲げてこちらを睨んでいるキンブルがいる。

 イトウの肩に左手を置き、掴む。

 そのまま、右手の中指を親指で押さえ力を込める。魔力を使わない純粋な力だ。


「べ、ベンノ⁉」

「俺を馬鹿にしたからだ、ぞっ!」


 イトウの額に中指を解放し、イライラが解消されたと思ったら、キンブルがナイフを抜いて俺の首元に突きつけていた。


「痛ったたー。ちょっとベンノ、ってマリオン何してんの⁉」

「訓練以外でイトウ様に攻撃したので、生死を決めようかと」

「別にいいから。私もふざけてたし、ベンノもふざけたの、わかってるから」


 キンブルに顔を向けられ、少し首を傾げてみせる。


「俺には何のことだか?」


 イトウはふざけていたという方向に話を持って行きたいようだが、俺は違う。婚期を逃した男を惑わせようとした罪は重いぞ。


「冒険者、意味もなくイトウ様に攻撃したのですか?」

「違う、しっかりとした理由はある。イトウが武器を持って行きたいってさ、キンブル」

「イトウ様、昨日話し合ったではないですか?」


 キンブルも少し思う所があるようで、語気が鋭い。


「そうだけど」


 イトウの声は段々小さくなっていき、最後は微かに聞こえる程度だった。罪悪感はあるようだ。


「イトウ。今回はやめておこう」


 俺も少し真剣そうな雰囲気を出して、イトウに頼む。


「私、武器ないんだからしっかり守ってよ」

「分かってる。頼んだぞキンブル」

「冒険者が主となって行う事でしょう。頼みましたよ」

「おう」


 それから俺も少しだけ体を動かしていると、副隊長が勇者パーティーを呼んだ。


「皆様、今から向かいます。よろしいですね?」


 副隊長の問いかけに黙ってうなずく勇者達。騎士やメイドも準備はできている。


「馬車で向かいます。行きましょう」


 第二区出入り口の一つ、南出入り口近くで見た目だけ普通の馬車が待っていた。ポーション製造工場や冒険者ギルドに向かった馬車だ。

 案の定、馬車に乗りこむこと叶わず、ゆっくりと進み始める馬車の後ろを歩く。

 馬車の右側を俺が歩いて、左側をレヴィンズ。俺の後ろのヴィクター、レヴィンズの後ろのカッターがいる。


 俺以外の三人は馬車へ乗り込む前にフードローブを渡されていた。

 俺だけ普通の格好していて恥ずかしい。

 第三区を出て貴族街に入ると視線を集め始めた。

 出来るだけ周囲の状況を無視して、無心で歩き続けていると、人通りのない所に来た。


 周囲には大きな建物だけで、どれもゴブリンキングでちょうど良さそうな大きさの引き戸だ。

 ここは倉庫区画、少し先には人がまばらな大量の店が見える。歓楽区画だ。

 目的の場所まであと少し。

 フードローブを着た三人は体を動かし、準備に余念がない。

 馬車の中も準備を始めたのか、幌が馬車の振動以外で動いている。

 想定通り数分で目的地にたどり着いた。


 近くにある他の倉庫よりも大きく、年季を感じさせる壁に反して、大きな引き戸は綺麗な木材で作られて金属で補強されていた。

 大きな引き戸の横、比べると小さいが人の出入りする開き戸も金属の補強が入った扉だった。

 開き戸の近くに馬車が停まり、幌が上がる。

 勇者達、メイド達に役職付き騎士二人が出てきて、副隊長は手早く伝える。


「カッター、レヴィンズ、ラナマン、サージェントは馬車の護衛。先ほど話したようにメイドは半数がその援護、もう半数はミノル様達、私、シュタインドルフと共に倉庫に入る。行くぞ」


 副隊長は開き戸の近くで全員が揃うのを待っている。

 副隊長の後ろに勇者達、公爵令嬢とエナハート、ジンデル。その後ろに俺が並んだ。

 副隊長が扉に手を掛け、何度か押し引きしたが開かない。諦めて少し下がり体が発光した副隊長は扉を蹴とばした。

 扉は外れ、何にも当たらずに飛んでいったようだった。


「ミノル様達の護衛を頼みましたよ」


 副隊長が倉庫に入ったのを見て、勇者達も入って行く。

 メイドに続き入った倉庫は少し臭かった。残念な事に、この臭いは覚えがある。


 入った場所は光もほぼない、薄暗く広いだけの部屋だった。

 薄暗い奥には外と同様に大きな引き戸と普通の開き戸があり、そこに近づくほど、臭いはきつくなっている。

 倉庫の外に臭いが出ていないのは魔道具のおかげだろう。この臭いが外でしていれば誰かが気付くはずだ。


「オハラさん。ミノル様達は外に出した方がいいんじゃないか?」


 奥にある扉の近くで立ち止まった副隊長へ進言する。


「ベンノ、言う事聞いて武器置いて来たのに、ここで帰れって?」

「シュタインドルフ、ミノル様が決心してなされている事だぞ。邪魔など出来る訳ない」


 そう。勇者が成すことは勇者の成長に必要な事で、邪魔してはならない。伝承では特に語られていないが誰もがそれを知っている。


「この臭い、オハラさんは知らないのか?」

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