第47話 明日の予定


 ○


 俺が帰ってくると兵舎には誰もいなかった。

 急いで食堂に向かうと、半数以上が食事を終えてゆっくりした時間を過ごしているようだった。


「ベンノ、遅い」

「すまん」


 食堂に入った所でイトウに呼ばれ、いつもの席に歩いていくとキンブルから訝し気な視線を感じる。

 俺は面倒くさそうに問いかける視線を送り、何を言ってくるのかドキドキしながら隣に座った。


「最近、どこへ出かけているんですか?」

「なんだ、気になるのか?」


 机に夕食が配膳されるのを見ながら、問いに問いで答える。


「言いづらいようなところですか?」

「そうだな、場所は言えないがしてたことは仕事だ。友人からの頼まれごとでな」

「冒険者、友人がいたのですね?」

「キンブルと違って友人がいるんだ、すまんな」

「ベンノとマリオン、口喧嘩多くない?」


 食事を始めた時、イトウがこちらまで移動してきて話しかけてきた。その言葉にキンブルはしみじみと頷く。


「冒険者、イトウ様が心配しているではないですか?」

「安心しろ、イトウ。挨拶みたいなもんだからな」

「なるほど、冒険者。確かにそうかもしれませんね」

「ほんと⁉ 二人とも。仲が悪いのかと思ってたから」

「冒険者に精神的ダメージを与えるという挨拶をしなければ、眠りが悪くなりました」

「そうか、相手を下げるようなこと言わないと、自分は一生下だからなー」


 いつも以上に機嫌が悪そうなキンブル。

 いつもはもう少し優しく言ってくれるのだが、今は周りをあまり気にしていないような感じだ。


「ベンノ、言いすぎ、後から謝りなよ。それと食事前に話しできなかったから、他の人達が出て行ってから明日の予定話すって」


 後半は小声で話し、席に戻っていくイトウ。

 隣のキンブルに視線を移し、気になっていたことを聞く。


「おいキンブル、何かあったのか?」

「いえ、なにも」


 返事をして食事を再開したキンブルは、やはり何かにイライラしているようだった。

 ま、教えてくれないのなら気にしないでいいのだろう。

 結局、食事を終えたのは、他の転移者や世話係が去ってすぐだった。


「皆様、明日の予定をお話しします」


 副隊長がそう言って席を立った。

 自然と視線は集まるのだが、視線を向けていないのは俺とチェンバレンだった。


「先週、バウマンが話していた場所の目星がつきましたので、襲撃します。現在出入りを黒騎士他が監視中です。明日の襲撃までには赤騎士を多数巡回させます」

「ガブリエラ、赤騎士は大丈夫なのか?」

「はい、今まで馬車を通らせていた者達は、バウマンが逃げた日から行方が分かっていません」

「じゃあ、明日は早く起きて襲撃した方がいいの?」

「いえ、人通りも特にない場所ですので食事して、少し体を動かしてから行きましょう」


 それから明日の用意だとか、心構えだとか話していたが、話が長くて特に聞いていない。役職が付いて華のある仕事をする人は無駄に話が長い。ちなみに部長は短い。


 それから風呂に入り、ベッドに入って寝ようとしていたのだが、隣の部屋からの話が聞こえてきて眠りづらい。内容を聞き取れる程、声が大きいわけではないが話し合いをしているようだ。

 仰向けで目を閉じてボーっとしていると扉が開き、人がこちらに歩いてくる音がした。キンブルだ。


 部屋の扉が開けられて、キンブルは隣のベッドに置いてある薄板刀に手を掛けた。

 目を開けて何をするつもりか見ていると、俺の顔も見ず、体に振り下ろしてきた。

 薄い掛布団を足に巻き付け、手で絞って握り、張った状態で薄板刀を受けた。鞘に納めたままだった。


「やはり起きていましたか。イトウ様が呼んでいます」

「スキルで俺の心音でも聞いてたのか? 呼吸のリズムか?」

「っ! そう言うのはどうでもいいんです。来てください」

「はいはい」


 刀を持ち、隣の部屋に向かうと見た感じいつも通りのイトウがいた。

 扉近くの椅子に座り、キンブルに視線を送り話を促す。


「イトウ様は明日の事が不安なようです。冒険者、何かアドバイスはありますか?」

「早く寝ろ」

「寝ても解決しないでしょ、ベンノ」


 さっきまでとは打って変わって、俯いて足を抱え込み小さくなるイトウ。

 もう一度、キンブルに視線を送り、詳細な説明を求める。


「イトウ様は命の危険がより身近に感じて恐ろしいのです。明日は犯罪組織と相対するわけですから。それに対する心構え、緊張のほぐし方等を教えてほしいのです」

「なら、簡単だな。ミノル様と一緒にいるという事は魔王と対決するんだろ。犯罪組織よりも魔王の方が恐ろしい、倒せて当たり前、そう思えばいい」

「でも、明日、私、人を殺すかもしれないんだよね?」

「それはない」

「え? 武器は必要でしょ?」

「イトウには持たせない。必要になったら渡す。まあ、傍にキンブルがいるから大丈夫だろ」


 拍子抜けた表情をしているイトウは見ていて少し面白い。自然と口角が上がる。


「なにそれ、皆、模擬武器持って行くって言ってたよ」

「また、皆か? それがどうした、イトウはイトウ、皆は皆だ」

「私に恥かかせる気?」

「恥かいて生きるか、恥かかずに死ぬか、どっちがいい?」


 ちょっとキツく言い過ぎたと思いキンブルの様子を伺うが、怒っている様子はなかった。

 何かしら思う所はあるらしい。


「そういう問題じゃないでしょ!」

「怒るな。そういう問題だ。なあ、キンブル?」


 俺が言うから怒るんだろうと思い、キンブルに話の続きを頼む。


「いえ、違います。私が守りますので、そんなことにはなりません」

「違うらしいけど、ベンノ?」


 イトウは何を言われたか気付いていないらしい。寝不足だからわからないんだ。


「イトウ、キンブルは守るって言ったんだぞ。戦力としてそもそも数えられていないだろう?」


 武器を持って行くことを援護するつもりがあったのか分からないが、話の流れを戦力という考え方に切り替える。


「そうかもしれないけど。でも武器くらい持って行ってもいいよね?」


 イトウは俺よりも頭がいいのかもしれない。いや、いいのだろう。


「ダメだ。まだ、その段階じゃない」

「いいでしょ? そもそも段階ってなに?」

「訓練の段階だ。来週から真剣を使って訓練、次に魔物を殺す訓練、慣れれば人。あと、持って行かせないからな」

「一足飛びでもいいでしょ。それに使わないなら持って行っても問題ないよね?」


 イトウを説得するのは難しそうだ。

 キンブルに助けを求めようとみると、口元を手で押さえイトウには見えないように笑っていた。

 しっかりと俺には見えるようになっている。


「模擬武器じゃ、相手の攻撃を受け止められないかもしれない。そもそもスキルを使われたら、魔力の操作ができないイトウの防御なんて無駄だ。それに命がけで攻撃してくる相手を冷静に対処できないだろ?」

「想像つかないんだから当たり前でしょ?」

「なら、やめておいて方がいい。こればっかりはキンブルも同意するだろ?」

「そうですね。癪ですが冒険者の言う通りですイトウ様。想像できないのであれば、今回はやめておいた方がいいでしょう」


 キンブルからの言葉にイトウは口をぽかんと開けて、固まっていた。

 ずっと味方をしてくれていただけに意外だったのだろう。


「マリオンまで……」

「キンブルが拒否するんだから、今回は諦めろ。さっきも言ったようにもしもの時はこの刀、貸すから」

「分かった。おやすみ」

「おう、おやすみ」

「イトウ様、少しお掃除しますので」


 イトウに返事をし、部屋を出て扉を閉めていると、俺の座った椅子を拭いていたキンブルが見えて、心を抉られる感覚がした。

 ただ、口元がにぃっと弧を描いていたのを見ると、子供みたいな嫌がらせで何だか微笑ましかった。。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る