第42話 商会の護衛達②

「よし、お前ら。攻撃はゆっくりだ、東側に向かうぞ」


 俺はそう言って、王都東門付近、煙が上がっている場所を目指して移動を始めた。

 もしかしたら、アイツらは逃げられていないかもしれない。

 移動しながら飛んでくる攻撃。火魔法、土の球、両手剣で切りかかってくる男。

 俺の意思に反発していた男も頼んだ通りにゆっくりと攻撃してくれている。

 なんだかんだで、可能性に賭けてみたいのだろう。


 誰も強化系のスキルを使わないのか、俺との距離は一定だ。

 屋根の上を移動し続けて、煙が上がっている場所に近づいていると聴覚が呼吸の乱れた攻撃者を把握した。


 両手で慣れない武器を振り下ろそうとするのが、鮮明に把握できる。

 鞘に入ったまま、攻撃してくるのは慣れとは関係ないと思うが。

 振り返りながら、右手に持つ魔銃で攻撃を受ける。

 思っていたよりも質の良い鞘。赤色の鞘は随分と目立つから最初に見つけたんだろう。


「そいつ使って、追ってこい」


 右手を魔銃から離し、両手で柄を上下から挟み込む。

 オレンジ髪の胸に向かって肘を振り下ろして、刀を奪った。

 短剣でも戦闘は可能だし、今までそうして来たが、魔法や魔術を迎撃するのは刀の方が簡単だ。


『身体把握』

『反応強化』

『身体強化』

 『身体強化術』をやめて、魔力消費が少ない刀技スキルを発動する。

 今までよりも動きが良くなった体に思考がついていかないが、感覚はすぐに適応した。


 煙が上る場所まで来ると、部下達は戦闘していた。

 赤ローブが魔法を放つと、それの迎撃に土魔法を使い、支援魔法を使える二人が土魔法を使える二人を背負って移動している。

 四人は周囲への被害を考えて、ここに留まっているのだろう。


 俺が来るとは考えていないようだが、赤ローブの魔力を削って魔力切れを狙っているのだろう。

『精密操作』

 屋根の上で全く動かない赤ローブに向けて、俺は大きく一歩踏み込んだ。

 踏み込みの音により、いつもより鮮明に周囲を把握できる。


 倉庫が多い東門付近には人が少ないみたいだ。ここにも俺達以外には人がいないようだが、遠くから赤騎士は向かってきているだろう。

『波切』

 目を閉じて更に周囲を把握できるようになる。

 俺の接近を察知した赤ローブがこっちに向けて短杖を向けた。


「『業火抱』」


 俺の知らない火魔法。もしかしたら魔術かもしれない。

 ジリジリとした熱さが俺の体を正面から覆うように近づいている。

 右足を強く踏み込み、正面の絶えず音を出す魔力の塊を斬った。

 熱さが消えると同時に、背後から別の熱の塊が迫ってくる。

 赤ローブにさらに近づいて避けながら、右手で短剣を取る。同時に赤ローブは二度発光した。


「『瞬動』」


 後数歩、という所で赤ローブは一瞬で屋根上を移動して俺と距離を取った。

 聴覚が部下四人の離脱を確認した。


「お前達、何してるさね? はよ、攻撃し」


 顔は見えていないが確かに声はババアだ。聴覚で顔を把握しようとしているのだが、フードの中に到達する前で何かに拒まれている。魔術か魔法だろう。

 俺の後ろには追い付いた五人。

 赤ローブは俺に短杖を向けて、五人が動き出すのを待っている。

 聴覚は最初に金属の当たる音を把握した。両手剣持ちの男だろう。

 それからその場で金属を動かす音が複数、女三人の魔銃だろう。後ろに下がる音、青ローブだ。

 すべてに対応する気はあるが、赤ローブを倒せば対応しなくていい。

 俺は赤ローブに向かって走り出す。


「こっちでいいのかい?」


 そう言った赤ローブは一度発光した。

 罠か!?

 考えた時には遅く、足元には突然発光した魔法陣。橙色に輝き、一気に光度を上げる。

『身体強化術』

 咄嗟に発動して、刀を握りしめる。

 屋根から空へ俺の体は恐らく飛んだ。背中が少し痛い。

 踏みしめる場所がなく、何もない音の世界が感覚を狂わせる。


『思考加速』

 ゆっくりと瞼が開いていき、速くなった思考を周囲の把握に使っていく。

 視界は空だけ、薄青一色だ。背中が地面と平行になっているのだろう。

 段々と視界が移り変わっている為、回転しているようだ。

 ゆっくりとした体を動かして、着地に備えていく。


 屋根を視界が捉えて、体がボロボロになったオレンジ髪の女が見えた。

 俺が刀を取りに行かせた女だ。背中の痛みは女が与えた痛みだろう。それで俺にババアの攻撃が当たっていないのか。

 半分よりも先に瞼が開かない。


『不情』

 感情が刀技スキル、九つ目のスキルを発動させた。


 オレンジ髪の女は生きているようだ。それなら気にしなくていい。

 赤ローブを視界に入れて、最も速く近づける、無駄のない方法を考える。

『一途瞬辿』

 気が付けば、間合いに赤ローブがいる。

 ただ真っ直ぐ、スキルによって体が移動させられる。思考は次のスキルを選択する。


『重化』

『剛化』

 思考過程を覚えていないが、最適解がこれだと分かる。

「ハッ。『密閉爆破』」

 俺の視界には、いつの間にか展開された魔術陣。

 爆破は魔術だ、魔法ではない。

 俺の体に触れるくらいの所では立体の魔術陣がいくつも展開され、今、四方を別の魔術陣が囲った。結界術だ。


 音の世界が閉ざされ、視界も異常な発光で閉じた為、把握できない。

 ただ、体は無傷で、屋根に足がついている。

 俺の死を早く確認する為に屋根まで結界術を使ったのだろう。

『斬撃効果拡大』

 刀技スキル、十五個目。

『圧し切り』

 刀技派生スキル、剛重刀技。三つ目のスキル。

 刀技が十五個目を習得すると同時に出現した二つのスキルの内の一つ。


 閉じていた目を開き、刀を上段に構え、赤ローブがいると思われる場所に大きく一歩踏み出す。

 煙を抜けると、赤ローブが驚きからか一歩下がった。そして杖を構え、多数の結界を俺の前に展開していく。

 間合いに捉えた。

 踏み込みと同時に刀を振り下ろす。


 強さと硬さ、重さを増した刀は多数の結界を切り裂いていく。

 いくつあったのか分からないが、結界を切り裂き、赤ローブに迫る刀は短杖で止められる。

「ハッ。『瞬——』」

 何かを言おうとしたみたいだが、力の均衡が崩れた為、先は言えなかったようだ。

 剛重刀技、『圧し切り』は鍔迫り合いや止められた場合に、力と重さで切るスキルだ。

 短杖は材質がいいのだろう、刀を止めたがスキルに対抗できるものではなかった。

 杖を切り、赤ローブの体に止められることなく刀は動き続ける。

 『斬撃効果拡大』が『圧し切り』の効果をさらに上げ、強引に切り続けることが出来る。

 刀は右肩から右腿まで止まることなく動き続け、赤ローブは倒れた。


 『不情』スキルを止める。

 感情の波が襲ってきて、思考がまとまらない。


「イネスんとこの坊……だったのかい」


 赤ローブが囁いた。

 未だ『不情』以外、スキルの効果が切れていない為、その小さな声を聴覚が捉えた。


「婆さん、今じゃこんな仕事もやってんのか?」


 顔に手をやり、スライムマスクがなくなったのを確認した。

 爆破魔術には耐えられなかったのだろう。


「仕方なくだよ」


 呼吸は浅く、声はより小さくなっていく。

 後ろの奴らへ、静かにしろと身振りで示し、婆さんに近づいていく。


「黒組織で最も恐ろしかった婆さんが、商会長の護衛なんてな」

「ハぁ、長生きすれば……するだけ何か背負ってるさね。……足元、掬われる。しがらみ……さね」


 赤いローブのフードに手を掛け、顔を見るとただ眠っているようだった。

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