第40話 ザカリー商会

「誰か一人に帰ってもらう必要がある」


 俺がそう言うと五人が互いに見合って、牽制している。

 誰が先に声を上げて帰る権利を獲得するのか。

 俺も「じゃあ、俺!」と言えればいいのだが、直接戦闘が得意じゃない五人に任せても不安しかないから無理だ。


「皆、いいか?」


 そう声を上げたのは、五人の中では最年長の二十八歳、土魔法を使う男だ。任務中の名前は『カイゼル』だ。蓄えられた髭から部長に決められた。


「カイゼル、お前か?」

「いえ、隊長。我々、誰一人としてこの任務から逃げません」


 俺は一応満足そうにうなずいて、隊長らしくしておく。


「よく言った。だが、これを届けてもらう必要があるんだ」


 そう言って黄色い粉が見えるように紙を広げる。


「これ、何か知ってるか?」

「いえ、薬ですか?」

「それすら分からないから、持って帰ってもらう。誰が適任だ?」


 また互いに顔を見て、カイゼルが代表して返事をする。

 決死の覚悟で返事をしたさっきよりも随分と気楽に返事をした。


「俺が行きます。土魔法使う奴は俺含めて三人なので」

「分かった。これ、頼んだぞ」

「はい」


 返事をすると急いで屋根を走って行くカイゼル。

 その姿を見て残る四人の方に向くと、唖然としていた。


「おい、急いで帰ってたぞ」

「そう……ですね」


 残念な最年長だ。


「さ、仕事だ。まずは商会本店から入る。探り終えたら屋根上に出るから、囮を頼むぞ」

「「「「はい」」」」


『誤認』

 来た時同様に貴族街を囲む壁を足場にして、近くの家の屋根に上がる。

 人の往来があり、まだまだ活気がある。人に見られないように急いで移動して、貴族街東口近くの商会本店まで来た。


 大きな敷地にあり、三階建ての広々とした建物だ。

 中に侵入する為、三階の窓を開けようとしたが動かない。

 角度を変えて見ていくと両開きする窓の真ん中に鍵がかかっていた。


 窓枠に付いている輪っかの持ち手に、上から円が欠けたような金属を通して鍵としていた。

 力を入れて少し押し、金属を広げていく。

 金属が広がれば、短剣を隙間に入れて鍵を外した。

 落とさないようにそのまま窓を開き、静かに侵入して窓を閉じ、鍵をする。


 どうにか侵入したが、ここは三階。広い建物の為、部屋数も多い。それに少し遠くからの生活音が聞こえてきて、緊張する。

『誤認』

 スキルを発動し直して、近くの部屋に入る。


 最初に入った部屋は建物の広さから考えると、最も広い部屋だと思われた。

 広い部屋には戦場を描いた絵が五つ壁に掛けられ、入り口近くには植物がある。客の為の椅子と部屋の主人用の机と椅子。さらに奥の部屋の端に一つずつ植物が置いてある。


 周囲を確認しながら、質のいい大きな机に近づくと、並べられた書類、手の届く場所に置かれた筆記類、灰皿がある。

 おそらくここが会長の店での部屋ではないだろうか。

 机の引き出しは左側の三つだけ、上から紙束、湿度管理している煙草、酒瓶とグラス。

 遅くまで仕事をするのか、昼間から飲むのか。俺は酒が飲めないから、どちらの楽しみ方もよく分からない。


 その後、植物の鉢、絵画を確認したが何もなかった為、部屋を出た。

 三階は仕事部屋だったのか、大きさの違いはあれど似たようなものだった。

 二階に下りていくと、どこからか話声が聞こえてきて、進んでいくと階段の右からだった。


 角から覗くと誰もおらず、扉が五つ並んでいた。

 一先ず右側を無視して左側の部屋から入って行く。左側は四つと突き当りに一つ扉がある。

 四つの部屋は従業員用なのか個人の部屋だった。ベッドに机、荷物が多数あり、どの部屋も整頓されていた。


 突き当りの扉を開けるとそこは、トイレだった。

 ヨー式と呼ばれる椅子型のトイレで背もたれの後ろには大きな魔道具が付いている。

 異常に高い魔道具だが、王族も利用していると聞くヨー式脱臭分解魔道具トイレがあるならすることは一つ、用を足すのだ。

 一分とかからず用を足し、右側の部屋を探っていく。


 静かに耳を澄ませて部屋に入って捜索をするが、左側と同じように個人の部屋になっているようだ。

 話声が聞こえる部屋以外は入ったのだが、どの部屋も収穫なし。

 最後の部屋を探る為、話声に耳を澄ませる。

 声の主は二人、女性で扉から遠い場所で話していて、聞き取りづらい。


『一昨日、昼頃に来たおっさんいたじゃん?』

『ああー。あの——。だっけ?』


 俺はすぐに聞くのをやめて、扉から離れた。

 女性二人の愚痴だったようだ。おっさんに酷いあだ名を付けているのを聞き、心臓がキュッと苦しくなった。俺も歳を取ればそんな風に言われるのだろうか。


 気を取り直して階段を下りていく。

 二階の踊り場で下を見ると、壁が見えた。一階にある店からは見えないようになっているようだ。

 安心して一階に下りると、右側はトイレと店に出られる所で、左側は従業員の休憩室のようだった。


 店の方を覗いてみると一階の休憩室以外は、ほぼ店のスペースだった。

 休憩室に特に何もなかった為、来た道を戻り三階から屋根上に上がる。

 二階の従業員は休みだったのだろう、店は特に客が来てる様子もなく、いたのはカウンターに一人。


 上がって周囲を確認していると、王都東門付近の遠くから手を振っている四人が見える。

 そっちからだと屋敷は見えないぞ。

 そう言いたいが、商会を攻撃した方が狙いはバレずらいかもしれない。

 そして四人の内、土魔法を使う二人が片手を挙げた。

 待つこと十秒。

 挙げた手の上に岩が出来上がった。岩はここから見る限り、二人分くらいの大きさがある。


 それから、二人は手をこちらに向けた。

 俺は急いで屋根を移動し、離れた場所から見届ける。

 移動してすぐに岩が勢いよく放たれた。

 岩は案外避けられそうな速度で真っ直ぐ飛び、商会を半壊させた。

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