第39話 辺境伯の屋敷
倉庫を出て、各々が持ち場に向かって行く。全員が屋根伝いだ。
俺も顔がスライムマスクの所為で出せない為、屋根伝いに貴族街へ向かう。
今は無手の状態の為、使えるスキルには限りがある。
『身体強化術』
スキルになるまで覚えこませた『身体強化術』が魔力操作により発動する。
もう一つ。
『誤認』
スキル、隠密の一つ目のスキル。
発動者を認識しづらくするスキルで、実際に誤認するわけではなく、見えづらくしているだけだ。
常時発動のスキルである『軽業』と『身体強化術』で落差のある着地でも難なくこなすことが出来る。
貴族街と町を隔てる低い壁を中継して近くの建物に飛び移り、走り続ける。
目標の辺境伯屋敷を誰かの家の屋根から見る。
部長の言っていたように屋敷の周りに広大な庭、高い塀に巡回兵、この屋敷を中心に道がある。
人通りが特別多いわけではないが、数人は歩いていたり立ち話をしている。
国境を任せられる辺境伯だけあって、他とは屋敷の規模が違う。
どこから侵入しようかと見ていると、五人は配置につくため移動していた。
身なりで周囲から浮くかと思ったが、着替えているから、そういう事もなさそうだ。
今いる場所から辺境伯の屋敷の庭まで、跳んで入ることができそうだ。
巡回している衛兵が近くからいなくなったことを確認して、屋根から助走をつけて跳んだ。
目標は屋敷裏の庭だ。窓は少なく裏口も無い。
跳んでいる最中、視界の端に移動していく部下の一人が俺を見上げている。バレるからやめてほしい。
転がりながら着地し、近くの窓から中を覗く。
覗いた場所は使用人の部屋のようだった。
机に椅子、ベッド、それ以外の物は特にない。窓に手を掛け、上にスライドさせると問題なく開いた。
静かに迅速に入り、扉へ近づいて耳を澄ます。
バタバタと忙しく動き回る人が一人。それだけだと思う。
扉の近くには来ずに、広い空間を動き回っているようだ。
扉を少し開けて見てみると、くすんだ紫色の髪を丁寧に編んだメイドがあたふたしながら動き回っていた。
この場所はメイドが動き回っている広間から奥に入った所のようだ。
玄関からは、広間と俺がいる大量の部屋がある廊下まで、遮るものが何もない。反対側にも同じような廊下と大量の部屋があるようだ。
メイドが動き回っている場所に二階への階段が見える。玄関から入って壁沿いだ。
メイドが動きを止めるのを待つか、悩んでいるとメイドは玄関近くで転倒した。
そして両手を顔にやり、声を上げて泣き始めた。
「うわあぁぁぁぁぁー。仕事終わんないよぉー!」
泣いている今がチャンスだ。一階の捜索から終わらせてしまおう。
使用人の部屋を出て、近くの部屋に入って行く。
しかし、玄関から見て右側のこちらの部屋は使用人用なのか、どの部屋も変わらないものしかなかった。
俺が捜索している間、泣いていたメイドは静かになり、玄関を見てボーっとしていた。
壁から玄関を見つめるメイドの様子を見る。
広間から視界が通る絵画の掛かった壁を抜け、反対側まで行きたい。
メイドは見ていない為、動ける。
『誤認』
スキルを発動し直し、足音を出さないように急いで通り過ぎた。
壁から顔を出し、様子を伺うと玄関ではなく天井を見上げていた。
人生に諦めを持ち始めるとそういう風になる。いや、メイドの場合は仕事か。
反対側は厨房と食料保保管庫、洗濯場、武器庫があった。
二階に行く必要がある。
捜索は五分もかからなかった為、壁からメイドの様子を見ても、天井を見上げたままだった。
仕方ない。
メイドが頭脳明晰でないことに賭けて動くことにしよう。
外に出て部下に協力を仰げばいいのだが、あとの仕事で命を掛けさせるのだから、今は俺が賭ける時だ。
『変化』
スキル、隠密。三つ目のスキル。
このスキルは俺がよく知っているものに変化できる。しかし、変化中は他のスキルを使用できない。
俺の体から煙が出て体が縮んだ。
体は白塗り、鼻は赤く、目は黄色と紫色、緑色のボリュームのある髪に赤と白の縦縞柄の奇抜な服を着ている。
その昔、金を稼ぐために呼び込みをしていた格好だ。
部長曰く、ピエロというらしい。
「ねぇねぇ君、どうしたの?」
久々の変化して昔を思い出したのだろう、異常に高い声が出た。声変わり前のようだ。
「へっ?」
顔だけ出ている俺を見て、顔が固まるメイド。
はっきりと見えた顔には極太フレームの眼鏡を掛けていた。レンズもフレーム同様に厚い。
「だっ、誰ですかッ⁉ 衛兵を呼びますよ‼」
「君がこまってたから、精霊様がここに僕を来させたんだよ」
「精霊様が?」
勇者を選ぶ女神、女神の代弁者である天使、天使の使い魔である精霊。精霊の幼体である幼精がいる。
勇者と契約を交わした精霊の話は『伝説の勇者の伝承』で有名だ。
猛き精霊と契約を交わした勇者は魔王に深手を与え、一時の安息を得る。伝承の中間くらいでこの話があった。
「それで、どうして困っているんだい?」
「じ、実は——」
困っている事というのは、明日、辺境伯が屋敷に着くという事だった。
その為、掃除と食料保管庫の補充をしなければならないのだが、手が足りないという。
「人に見られるのはダメだから、掃除なら手伝うよ」
掃除しながら部屋を探っていけばいいだろう。
「お願い、二階に掃除道具は出してあるから、私は食料を買いに行った執事の手伝いをしてくる」
「分かりました。お気をつけて」
そう言って見送りながら、面倒になるかも知れないことを悟る。
執事が異常だと気づくか、メイドが隠し通してくれるか。
急いで二階に上がると、掃除用具と鍵束が置いてある。
二階の部屋は六部屋あった。
扉に装飾が施された辺境伯の部屋。その隣に大きな寝室。
三部屋は客用部屋。
最も大きい部屋は長机に大きな椅子。食事室のようだった。
俺は食事室の掃除だけを行うことにした。
窓もない食事室は魔道具により明るさが保たれており、大きな肖像だけを飾っている質素な部屋だった。
埃を落とし、集めて、拭き掃除をするのに掛かった時間は二十分。部屋の大きさから考えると早い方だ。
掃除用具を戻し、辺境伯の部屋に入った。
随分と狭い部屋だった。
横幅が俺一人分よりも小さい机に重そうな椅子、壁の本棚は装丁の古いもので半分以上埋まっている。買い足していないようだ。
俺の世話係部屋よりも大きいが辺境伯の部屋だと言われれば、否定するくらいに狭い。
机には開きの悪い引き出しが左右四つずつある。
右の引き出しには上から羽ペンとインク、魔道具の羽ペン、紙束、雑な覚え書きをまとめた手帳だった。
手帳には、戦の時の兵士の様子、酒を覚えた領兵の二日酔いの様子、妊娠中の妻の様子、子供が生まれて父親になったときの心境が書かれてあった。
左側は上から、短剣とベル、魔銃、頑丈そうなガントレット、謎の瓶があった。
「一気に怪しくなったな」
頭で想定していた声とは違う声でスキルを使っていた事を思い出す。
短剣は鞘に王家と辺境伯の紋章が装飾されていた。刃はただの鉄だ。
魔銃は魔法や魔術を扱えない者が、簡単にそれらを扱えるように作られた物だ。
伝説の勇者が発案したとされていて、俺が生まれる前からあった。魔銃は物によって威力が違い、種類も豊富だ。
辺境伯が持っている魔銃は、一発の威力に特化したタイプで、銃身とグリップ、引き金だけのシンプルなものだ。
グリップの中に金属の板が差し込まれており、魔術式が書かれていたが読めない俺には何の魔法か、魔術か分からなかった。
ガントレットはただのガントレットだったが、問題は瓶だ。
手で包み込めるくらいの瓶。ガラスの瓶には黄色をした粒の細かい粉が入っている。
右の引き出しから紙を取り、その上に少しだけ粉をのせて包み、ポケットに突っ込んだ。
実行部隊の中にこれが何か知ってる奴はいるだろう。いなければ情報部隊か研究・開発部隊に任せよう。
周囲を確認して、最後に本棚を調べ始める。
どれを調べても、戦闘に関することしか書かれていなかった。どの本も歴代の辺境伯が書いているもののようだ。
技スキルで覚える動きをスキルなしに行う方法を、代々模索していたようで、現在の辺境伯は魔力を操作しての纏いに苦戦しているようだ。
一通り本棚と本を調べ終わり、寝室を探るが何もなかった。
この屋敷での収穫は謎の黄色い粉だけだった。
調べても時間はまだあった為、一通りの掃除はしておいた。
辺境伯の部屋にある時計は三時を指していて、想定以上に早く仕事と頼まれ事をこなすことが出来た。
入って来た使用人の部屋から外に出る。
巡回を監視中の部下を見て安全を確認し、すぐに移動する。
貴族街東口近くまで移動して、部下一人を呼び止め、五人を集合させた。
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